終章


「ジュリア、本当に綺麗だ」

 今までに何度も色んな男性に向けられた言葉だというのに、どうしてこの声だけは甘く心に響くのだろう。

 ジュリアが見つめる先に、愛しい人がいる。

 祭壇前に立つ彼は、本当に幸せそうにジュリアを見つめていた。

 そしてジュリアもまた、心からあふれる幸せをかみしめていた。

 ミセス・ローズビリアがデザインしてくれた、ダイヤの散りばめられた上品なウェディングドレスに身を包み、父の腕に添えていた手を離す。

 そして、繊細なレースが美しいヴェール越しに見えるライディスを見て微笑んだ。

 彼はジュリアと同じ純白のタキシードをすらりと着こなし、精悍な顔を綻ばせていた。

 ふわり、とジュリアはライディスの腕に手を添える。

 優しく触れたのに、ライディスは少しびくついていた。

 彼は〈運命の相手にしか触れられない運命〉のために、女性と触れ合うことに慣れていない。

 そんな彼を不覚にもかわいいと思いながら、その力強い腕にエスコートされて《運命の道》を歩く。

 ケースティン王国の結婚式では、夫婦は二人で同じ運命を歩むその一歩を踏み出すための道として、祭壇までの赤い道のりを《運命の道》というのだ。

《運命の道》の両脇に整然と並べられている百合の花が飾られた長椅子には、国王と王妃をはじめ、王侯貴族、ジュリアの両親、サーシャが座っている。

 そこに、ミラディアの姿は当然ない。

 先日の騒動に関わったとして、ミラディアは謹慎中となっている。父親であるコッセル侯爵にかなり絞られているらしい。

 ゆっくりと祭壇に辿り着き、司祭の言葉を聞く。


「ライディス・グリフェル。汝、健やかなる時も、病める時も、いかなる苦難に見舞われた時もジュリア・メイロードを愛し、運命を共にすると運命神ディラに誓いますか」

「誓います」

 ライディスの耳に心地良い声が、すぐ隣で聞こえる。

 胸があたたかくなり、目に涙が浮かぶ。

「ジュリア・メイロード、運命神ディラに誓いますか」

「誓います」

 今まで、運命神ディラに誓うことなど復讐ぐらいだと思っていたが、ジュリアは心から誓いの言葉を口にした。

「それでは、二人の運命を結びつける証として、指輪の交換を」

 司祭の言葉で、サーシャが宝石箱をかたどったリングピローを持ってくる。

 今日のサーシャは誰が見ても気品あふれる伯爵令嬢だ。

 ピンク色のドレスは華美な装飾はなく、身体のラインが美しく見えるシンプルなデザイン。

「ジュリア、ライディス殿下と末永くお幸せに」

「ありがとう、サーシャ」

 友からの祝福の言葉に、ジュリアはまた泣きそうになる。

 しかし、せっかく美しく化粧を施してもらったのだから、と涙をこらえる。

 ライディスによってジュリアの左手薬指に指輪がはめられ、ジュリアの手でライディスの左手薬指に指輪をはめる。

 二人で選んだ指輪の意匠は、運命を表す天秤。

 そして、変わらぬ愛の象徴として、薬指にはきらりとダイヤモンドが輝く。


「ジュリア、愛している。これからも、ずっと」

「はい、ライディス様。私も」


 そして、二人は幸せな未来を描いて口付けを交わした。

 祝福に包まれる教会に、柔らかな春の風が吹く。

 色とりどりの花弁が舞い込み、美しい絵画の中に入ったかのような錯覚を覚える。

 そして、ジュリアは風の音と共にかすかに歌声を聴いた気がした。

 運命神ディラが、祝福に来てくれたのだろうか。


「あなたには随分と振り回されたけれど、ライディス様と出会えたことには感謝しているわ」


 ふわりと舞い上がる風に向かって、ジュリアは囁いた。

 そして、隣に立つライディスを見つめ、微笑みあう。


 運命神に振り回されていた二人は、これから同じ運命の下を歩き始めるのだ。

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運命神の《祝福》から逃れるために、王子様と形だけの結婚をすることになりました。 奏 舞音 @kanade_maine

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