30.両親の思い
――ライディス殿下に、ジュリアのことで大切なお話があります。
結婚式前日、そうしてライディスはジュリアの両親に呼び出された。
メイロード男爵ロバートと、その妻セシル。
ジュリアいはく恋愛推奨派である二人は、仲良さげに手をつないでいた。
自分の両親で見慣れているため、特に驚くことはない。
「結婚式の準備もおありのお忙しいところ、私事でお呼び立てして申し訳ございません」
メイロード男爵が妻の手をそっと離し、ライディスに詫びた。
「いえ、準備はすべて整っていますから。それで、ジュリアのことで話とは……?」
〈異性を虜にする運命〉を背負う娘から、男を近づけない努力ではなく、恋愛を進めていたこの二人に、ライディスはあまり良い感情を持っていなかった。ライディス自身、ジュリアに求婚しようとする男たちの相手をするのに忙しく、きちんとジュリアの両親と話ができていない。
だから、ライディス自身、義理の親となる二人の人となりを知らない。
この機会に、しっかり話をしておきたい。
「ライディス殿下は、ジュリアのことを本気で愛していますか?」
「はい。愛しています」
メイロード男爵からの真剣な問いに、ライディスは即答した。
ジュリアと両想いになれた喜びに浸っているところだ。
本当の夫婦となれる結婚式の日を心待ちにしている。
「ジュリアは、運命神ディラ様の祝福を受けた子です。普通の人よりも愛に溢れ、幸せな人生を歩むのだ、と私たちも信じていました。しかし、愛というものは様々な形に姿を変えます。愛されたいのに愛されなかったものの愛は嫉妬や憎悪に。愛するが故に狂ってしまうこともあります」
その言葉に、ライディスは深く頷いた。
まさに、歪んだ愛の形をもってジュリアを苦しめた男たちがいる。
そして、嫉妬に狂った女たちも。
つい先日起きた事件のことを思い出し、ライディスは渋面になる。
「昔、幼いジュリアに重すぎる愛を向け、目の前で死んだ男がいました。その男のせいで、ジュリアは愛そのものを拒絶するようになってしまった。私たちは考えました。ふさぎ込んでしまい、愛されることに恐怖する彼女に何をしてあげられるのかを……」
あの事件の後、ジュリアの口から聞いた幼い頃のトラウマを、メイロード男爵は憎々し気に話す。
聞いた時、ライディスでさえ憤りに震え、ジュリアを傷つけた男を許せないと思ったのだ。
愛情いっぱいに育てた娘に、一生もののトラウマを植え付けた男を許せるはずがない。
しかし、その相手はもういない。
怒りをぶつける場所もなく、その間にも娘の心は閉ざされていく。
「そして、私たちは愛があることの幸せをジュリアに伝えようと思ったのです。毎日、『愛している』とジュリアを抱きしめ、私たちがいかに愛し合ってジュリアを授かったのかを伝えました」
愛がすべて恐ろしいものではない。
幸せにもつながるのだと伝えるために。
ジュリアの両親が娘の前でおおっぴらに愛情表現をしていたのは、そのためだったのだ。
恋愛すること、愛することが悪いのではない、と。
男に対する恐怖心は消えなかったが、二人が愛情を注いでくれたおかげで、ジュリアが愛情そのものに恐怖することはなくなった。
「ジュリアは私たちの宝です。決して、傷つけられるためにあの子は運命神ディラ様の祝福を受けた訳ではありません。愛されるために、生まれたのです。愛されることからも愛することからも逃げていたあの子に、愛されることの素晴らしさ、愛することの喜びを知ってほしかった……だから」
途中から、メイロード男爵は涙を堪えきれずに嗚咽を漏らした。隣で、妻のセシルも泣いている。
そして、真っ直ぐにライディスを見つめた。ジュリアと同じ、サファイアのような赤い瞳で。
「ライディス殿下、ジュリアを愛してくださってありがとうございます。そして、必ずジュリアを幸せにすると約束してください」
メイロード男爵夫妻が、ライディスに頭を下げる。
二人のジュリアへ向ける愛情は本物だ。
「約束します。必ず、ジュリアを幸せにします。俺は、ジュリアを心から愛しています」
ライディスは本心のままに、笑みを浮かべた。
ジュリアを愛している。
この気持ちは恥ずべきものではない。
以前は両親が誰の前でも愛を囁き合っていることを恥ずかしいと思っていたが、少しだけ、母にデレデレな父の気持ちが分かった気がする。
誰に何を言われても、ジュリアを愛しているこの気持ちは本物だ。
そして、メイロード男爵夫妻がライディスの言葉にほっと表情を緩めた時。
応接間の続き間の扉が開いた。
「……お父様、お母様」
入ってきたのは、ジュリアだった。
その姿を目にした途端、愛しさがこみあげてきて、ライディスはすぐにジュリアの元へ行く。
「ジュリア、どうしたんだ。最後の打ち合わせがあると言っていなかったか?」
「ライディス様のところに両親が訪ねているということを聞いて、居ても立っても居られなかったのです」
ジュリアはそう言って、王宮に入った時以来会っていない両親に目を向けた。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「お父様! お母様!」
「ジュリア!」
親子の熱い抱擁に、ライディスまでも涙腺を刺激されてしまった。
「ジュリア、幸せになってね。忘れないで。お母様は、あなたの幸せだけを願っているわ」
「ありがとう、お母様」
「もしライディス殿下に泣かされるようなことがあったら、すぐに帰ってきなさい。ジュリアの部屋は残しているからね」
「もう、お父様。でも、時々はお父様とお母様の顔を見に帰るようにするわ」
ジュリアは照れながらも、嬉しそうに話している。恋愛推奨派の両親にうんざりしつつも、ジュリアは両親を愛している。
今までどんなことがあったとしても、二人がジュリアにそそいだ愛情は本物だ。それを、ジュリアも分かっている。
二人に愛されて大切に育てられたジュリアを、今度はライディスが大切にする。
これから、彼女の笑顔を守るのは自分だ。
ジュリアがこれまで歩んできたすべてと一緒に、ライディスは人生を歩んでいく。
ジュリアの運命ごと、背負っていく覚悟はとうにできている。
「お義父様、お義母様。将来王妃となるジュリアには、苦労をかけるかもしれません。それでも、俺が生涯愛するのはジュリアだけです。お二人が愛し、守ってきたジュリアを、必ず幸せにします」
そして、絶対に幸せにするのだ。
改めて、ライディスの胸の内に決意の火が灯った。
「ライディス様、どれだけ私を喜ばせるのですか……本当に、ライディス様に出会えて私は幸せです」
顔を真っ赤にして、自分を見つめてくるジュリアが可愛くて仕方ない。
彼女の両親がいるというのに、思わず抱きしめてしまった。
「ふふ。本当にラブラブで何よりですわね、あなた」
そんな二人を見て、メイロード男爵夫人はほほ笑む。
「そ、そうだな」
「あら、何をふてくされているのですか」
「ふてくされてなどいない……」
メイロード男爵は娘の結婚を祝福はしているが、なんとも複雑な表情なのであった。
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