29.騎士の到着


 しばし二人で顔を赤く染めて見つめ合っていると、途端に外が騒がしくなってきた。

「ライディス! 無事か!」

 開け放たれた、というか半壊していた礼拝堂の扉から入って来たのは、ディラエルトの騎士たちだった。

 ライディスを呼んだ男は、騎士らしからぬ粗野な印象の男で、ジュリアとライディスを見るなり楽しげに笑った。

 思い起こせば、ジュリアはこの男とライディスが連れだって去って行くのを見かけたことがある。

 もしやライディスの恋人ではないか、と疑った相手でもある。

 男色家ではない、と言われたものの、無意識のうちにジュリアは警戒していた。

 それは男だからではなく、ライディスと親しい間柄だからだ。

 ライディスはジュリアを背後に庇い、その男に声をかけた。

「レイナード、遅いぞ」

「お前が早過ぎるんだよ。追いつくのに苦労したぞ」

「俺についてこれなきゃ副官失格だぞ」

「ははっ、そうだな!」

 レイナードは、赤茶色の髪をがしがしとかきながら、豪快に笑う。

 そんなレイナードを鼻で笑って、ライディスはジュリアに向き直った。

「馬車を用意してもらっている。宮殿でゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。でも、ライディス様も早く怪我の手当を」

「俺は後始末をしなければならない」

「では、私も残ります。これは、私の責任でもありますもの。一緒に、帰りましょう?」

 ジュリアが背の高いライディスを見上げると、彼は何故か固まってしまった。

 何か変なことを言っただろうか。

 男たちがこんな暴挙に出たのは、ジュリアのせいでもある。

 ライディスにこれ以上迷惑をかけたくない。

 ライディスが側にいてくれるなら、一人一人説得して回ってもかまわない。

心の通じ合う本当の夫婦になれる、と分かった時からジュリアの心は落ち着かない。

 まだ、ジュリアにとっては信じられないのだ。

 ライディスに愛されている、ということも、自分が彼の求婚を心から受け入れたことも。

 だから、少しでも長く一緒にいて、これが現実なのだと実感したい。

 愛する女性に上目使いで見つめられ、ライディスの理性が崩壊しかけているなどとは露知らず、ジュリアはじっと彼を見つめていた。


「すぐにあなたの所へ行くから、待っていてほしい」


 しばし直立不動だったライディスがようやく口を開き、ジュリアに優しく微笑んだ。

 無防備な笑顔とはまた違う、ジュリアを安心させるための微笑みに、またしてもジュリアの胸はときめいた。

 この調子では、ジュリアの心臓がもたないかもしれない。

 そんなことを考えていると、ライディスに手を引かれ、いつの間にか教会を出て、王家の紋章が入った馬車の前に来ていた。

 すると、馬車の扉が勢いよく開き、あっという間にジュリアは軽い衝撃に襲われた。


「ジュリア~っ! よかった、無事で! うぅ、ごめんね、ごめんね!」


 一瞬、何が起こったのか分からなかったが、その声を聞いて自分がサーシャに抱きしめられているのだと気付く。


「サーシャ、無事だったのね!」


 ジュリアも、友人の身体をしっかりと抱きしめ返す。

 二人で熱い抱擁をかわし、互いの無事を確かめ合う。


「ジュリア」


 ライディスに名を呼ばれ、ジュリアの肩がびくんと跳ねた。どくどくと心臓がうるさくて、彼の言葉をかき消してしまいそうだ。

 まだ振り返れずにいたジュリアの身体を、サーシャが無理矢理ライディスの方に向けた。


「あなたの笑顔がもう一度見られて、本当によかった」


 真剣な声音でそう言われ、ジュリアははじかれるように顔を上げた。

 そして、頬を赤く染めたまま、にっこりと笑う。


「ライディス様のおかげですわ。本当に、ありがとうございます。ライディス様の帰りを待っていますから、早く戻ってきてくださいね。そして、たくさんお話しましょう」


 ライディスが力強く頷いたのを見て、ジュリアはサーシャと共に馬車に乗り込んだ。


 * * *


「さて、話を聞かせてもらおうか」


 騎士たちによって一か所に集められた男たちを前に、ライディスは冷たく言った。

 ライディスが乗り込んだ時には威勢よく応戦してきたくせに、男達は皆項垂れている。

 それも無理はない。つい先ほどまでのライディスとジュリアのやり取りを見せつけられ、彼らは精神的に多大なダメージをくらっているのだ。

 その中で、まだ憎々しげにライディスを睨んでいるのは、おそらくこの騒動の首謀者である男だった。

「ジューク・フレディ。お前はミラディアにそそのかされ、ジュリアに言いよる男たちを集めてジュリアを我が物にしようとした。間違いないな?」

 伯爵位を賜るフレディ家の長男、ジュークはライディスからぷいっと顔を背けた。

「馬車はバーグマー家のものだが、お前が勝手に拝借したんだろう。バーグマー家はお前の親戚だからな」

 ライディスは淡々とおそらく事実に近い仮説を語る。

 ライディスは、貴族の家系すべてを記憶している。

 調べていたジュリアに求婚した男の中に、バーグマー家の者はいなかった。

 しかし、親戚であるフレディ伯爵家の男の名を見つけた。

 フレディ伯爵家は信仰に篤く、いくつもの教会を建てていた。フレディ伯爵家の所有するいくつかの教会に目星をつけ、ライディスはすべてを回る覚悟だった。

 しかし、運命神の加護があったのか、ライディスは一つ目の教会でジュリアを見つけることができた。


「まぁ、そんなことはどうでもいい」


 本気でそう言い放ったライディスの言葉に、その場にいた全員が驚いた。

 ジュークまでもが、ライディスを怪訝そうな顔で見つめている。


「重要なのは、お前らがジュリアを怖がらせたってことだ。ジュリアに触れていいのは俺だけだ。お前ら、覚悟はできてるな?」


 ピシっとその場の空気が凍りついた。

 部下である騎士たちまで、その絶対零度の眼差しに脅えている。

 愛の力だなぁ、とレイナードだけは笑っていた。

 そして、男たち全員に落とし前をつけたライディスは、愛するジュリアが待つ宮殿に愛馬に跨り一人帰っていった。

 落とし前がどんな方法だったのか、それは口にするのも恐ろしい恐怖体験であり、その場にいた者達が口外することはなかった。

 しかしこの一件で、ライディスは男達から〈愛妻家の鬼〉と呼ばれることになる。


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