28.二度目のプロポーズ
「大丈夫か?」
嘆き悲しむ男たちの合間を縫って、ライディスはジュリアのところまでやってきた。
近くでフレディ伯爵が憎々しげにライディスを睨んでいたが、何も言わずに座り込んだ。
ジュリアの小刻みに震える身体を、ライディスはしっかりと支えてくれる。
しかし、彼の身体を見てジュリアははっと思いいたる。
「ライディス様こそ、お怪我を……」
ライディスの右腕には、血がにじんでいる。
止血するためにジュリアがドレスを破こうとすると、ライディスの手に止められた。
「俺は大丈夫だ。それ以上破けば、あなたの肌が見えてしまう」
そう言われ、ジュリアは自分の姿を確認した。
長い裾は自分で破ったが、その他の部分は男たちによって引っ張られたために裂けてしまい、大きく太ももが露わになっていたり、スカート部分が短くなっていたりして、いくらドレープを着ていたとしても乙女としてあるまじき格好だった。
そんなジュリアを気遣ってか、ライディスが上着を腰に巻いてスカートのようにしてくれた。
「俺の血がついているが、少しはましだろう」
「えぇ、ありがとうございます。でも、ライディス様もしっかりと手当をしなければ」
ジュリアは素早くドレスの裾を破き、ライディスの右腕に巻き付けた。不格好だが、何もしないよりはましだろう。
「……ライディス様、来てくださって本当にありがとうございます」
にっこりとジュリアが微笑むと、ライディスは顔を背けてしまった。しかしすぐに顔をジュリアに向け、真剣な眼差しで言った。
「俺はあなたを守ると決めたのに、危険な目に遭わせてしまった。本当にすまない」
「いいえ。ライディス様のせいではありません。私がもっと運命に向き合う努力をしていれば、彼らをこんな風にさせることはなかったのです。つまりは、私の自業自得ですわ。ライディス様が責任を感じることはありません」
きっぱりと言ってしまうと、ライディスは眉間に皺を寄せた。
「これは、あなたのせいではない。もっと俺があなたの周囲に注意しておくべきだったんだ」
「……ライディス様」
「だが、間に合ってよかった。あなたが誰のものでもなく、無事でいてくれて本当によかった」
本気で心配をかけたことが、その言葉と表情から伝わってくる。
ライディスの藍色の双眸に熱く見つめられると、妙にそわそわして落ち着かない。
胸がきゅうっと締め付けられる。
「俺は、あなたに謝らなければならないことがある」
せっかく高まっていた胸のときめきは、その一言でしゅんと沈んだ。
何を言われるのか、とジュリアは身を強張らせる。
やっぱり、運命の相手はあなたではない、などと言われたらどうしよう。
そんな不安がジュリアの胸いっぱいに占めた時、ライディスは真顔で言った。
「俺は、男色家ではない」
その一言で、いっきにジュリアの肩の力は抜けた。
(どういうこと……? ライディス様は男色家ではない……?)
ジュリアが確認した時、ライディスはたしかに肯定したはずだ。
どうしてそんな嘘を? と考えた時、それはジュリアを怖がらせまいとするライディスの思いやりなのだと気づいて、また胸が熱くなった。
そして、ジュリアもライディスに言うべきことがあったのだと思い出す。
「私、ライディス様とは結婚できませんわ」
その一言に、ライディスは固まった。
まさか教会で、婚約者に婚約破棄を言い渡されるとは思っていなかったのだろう。
しかし、ライディスの次の言葉に、今度はジュリアが固まることになる。
「俺も、婚約を破棄しようと考えていた」
自分から結婚できないと告げたのに、ライディスの言葉がグサッと胸に突き刺さる。
しかし、どうしてだろう。
形だけの夫婦、ということだったが自分たちはなかなかうまくやっていたような気がする。
探るようにライディスを見つめると、ふいにその藍色の瞳に普段とは違う輝きを見つけて、ジュリアは息を呑んだ。
「俺は、あなたを愛してしまったらしい」
ライディスの言葉を聞いて、ジュリアは何度も瞬きを繰り返した。
ジュリアを愛しているなら尚更、どうして婚約を破棄しようとするのか。
そう考えて、ジュリアは自分が考えていたことを思い出す。
「ライディス様は、私を愛してくださっているのですか?」
「あぁ」
「だから、結婚して、″形だけの夫婦″になることができない……と?」
ジュリアは慎重に聞いてみる。
ジュリアが結婚したくないと思った理由は、これなのだ。
形だけの夫婦で、ライディスから愛情をもらえないのなら、妻という立場が悲しいだけだから。
しかし、ライディスはジュリアを愛してくれている……らしい。もし同じ理由で婚約破棄を考えているなら、ジュリアとライディスは晴れて夫婦となれる。少し期待を込めて、ライディスを見上げる。
「俺は、あなたを怖がらせたくない。あなたは、自分に恋心を持つ異性を怖いと感じるだろうから」
たしかに、今まではずっと怖かった。だが、ライディスは違う。
ちゃんと、ジュリアのことを見てくれた。話を聞いてくれた。
最初から、ジュリアはライディスには過去の呪縛に囚われずに話ができたのだ。
ジュリアは自分でも気づかないうちに、ライディスに心を許していた。
それは、きっと初めから彼に心惹かれていたから。
そのことに気付くと、なんだか気恥ずかしくて、ジュリアはツンと言い返す。
「私がいつ、ライディス様を怖いと言いましたか? ライディス様が勝手に私の怖いものを決めないでください。ライディス様は、いつも、今日だって私のことを守ってくださいました。それに、私はライディス様に対しては怖い、というよりも……」
ジュリアの言葉が途中で止まってしまったのは、ライディスが急に跪いたからだ。
視線を落とし、藍色の瞳と視線を交わす。
ライディスはそっとジュリアの手を取って、真摯な眼差しで言った。
「ジュリア・メイロード。俺はあなたを心から愛している。そして、あなたが信頼できる唯一の男になりたい。″形だけの夫婦″ではなく、″本物の夫婦″になりたいんだ。俺と、結婚してください」
どくどくと鼓動が跳ねる。
顔が真っ赤になり、ライディスに触れている右手は特別な熱を持ち、ジュリアは抑えきれない高揚感と喜びに腰が抜けそうだった。
真剣な藍色の瞳が不安そうに揺れる。
ジュリアは安心させるように、満面の笑みを浮かべて答えた。
「私も、ライディス様を愛しています。あなたの側にいさせてください」
はた目から見れば、終始甘い空気を醸し出していた二人の様子を、敗北者である男たちは涙ながらに見つめていた。
しかしながら、彼らが愛するジュリアが幸せそうに微笑むのを見て、自分たちも幸せな気持ちになるのだった。
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