メルカバに四人の戦車兵

狛犬えるす

メルカバに四人の戦車兵

 広いことはいいことだ、と先人の知恵を披露するかのように車長の彼女は言った。

 もちろん、そんなことは先人が言わずとも人間であれば誰であれ首肯するであろう。

 いや、狭いところが好きという人間もいるかもしれないが、それは置いておくとしてだ。


 狭いところで肉体労働を強いられ、極度の騒音から逃れる術もないと、さすがに嫌になってくるだろう。

 そんな中でおれ達は、この閉鎖空間のトップであるところの車長が、この空間の中で一番広いスペースで横になりながらそんな先人の知恵を披露するかのようにのたまってやがっているのを聞いていたわけである。

 当然として、相手が二歳年上で、黒髪で、わりと好みで、そんな相手であっても、なにも言わざるに置くべきではない。



「でしたらアガサ予備役少尉、そこのスペースで乗員が順番に仮眠するのはもっといいことだと思いますよ?」


「はっはっは。なにを言っているんだロト予備役軍曹。私は後部弾薬庫を使い果たしたから、そのスペースの点検をしているんだぞ」


「とっておきの十発除いて、およそ五〇発をさっきまで戦闘で使いましたからね。その五〇発を装填したのはおれです」


「偉いぞロト予備役軍曹。凄いなロト予備役軍曹。意外とマッチョなんだなロト予備役軍曹」


「真顔ついでに棒読みで言わないで貰えますかね。とてもじゃないですが褒められてる気がしないので」


「言語的意味においては褒めてるぞ。それに安心しろ、どうせこの後は占領地警備を引き継いで、後方のデポに戻るんだ」



 うんざりしたような口調でそう吐き捨てるアガサは、物憂げに被っていたヘルメットをそこら辺に投げ捨てた。

 収まりの悪い黒髪が汗とヘルメットの圧力でぺちゃんこになっているのが気持ち悪いのか、彼女はがりがりと頭を掻きながら水筒を取り出すと、頭に水をぶっ掛けた。

 そしてそのまま黒髪を水で濡らしてしまって、後部通路が濡れるのもお構い無しに、頭をわしゃわしゃと乱雑に解し始める。


 車長がそんな調子なのは、いくつも理由があった。

 正規軍がちゃっちゃと市街地を無視して攻勢を始めたせいで、後詰の予備役部隊が包囲殲滅を担当するはめになったこととか。

 そんな予備役部隊の中でも、歩兵の直協支援に組み込まれていた僕らの戦車は、火力支援の為に歩兵部隊から魔法の杖扱いされたこと。

 

 そうなると必然的に、あっちこっちへ一〇五ミリ砲弾や、あるいは六〇ミリ迫撃砲を叩き込むのだが、その補給用弾薬が部隊にないとか。

 慣れない市街地で操縦手は四苦八苦していたし、車長はキューポラから外を肉眼で確認しながら指示を出し、砲手と装填手のおれがそれに答える。

 それを三時間、歩兵部隊がそこら辺で寛げるようになるまで、延々と繰り返し、主砲にトラブルが起きたときなんかは、機関銃を撃ちまくったりしたものだ。


 だから、おれ達は泥のように眠りたいほどに疲れ切っていた。

 それでも眠れない、眠らないのは、このボロボロの旧式戦車を整備と補給の為に後方のデポまで送らなければならないからだが。

 その後送用の戦車用トランスポーターすら、この部隊には一台とてありはしないのであった。



「……アガサ予備役少尉は、なんで予備役になんて登録したんです? 大学院まで行ったんですよね?」



 溜息が出る前に適当に言葉を吐き出せば、なぜかアガサに話しかけている自分がいる。

 意識しているのは分かっている。分かってはいるが、なぜ全自動で話しかけてしまうのかと呆れる自分もいる。

 といっても、我らがご機嫌斜めな車長は水で濡れた黒髪をかきあげながら、物憂げに答えた。



「なんでつったって、理由なんて大したもんじゃないぞ。予備役に入ったほうが、社会的にやりやすいからだ」


「あー……それで、戦車兵になったのは……」


「歩兵とか歩いて歩いて歩き倒しっていうからな」


「でっすよねー……おれも同じです」


「あとはまあ、生きてる刺激が欲しかったのさ」


「刺激っすか」


「そう、刺激。生きるか死ぬか、ってやつ」



 そんなのが刺激になるのだろうかと、おれは思いながら、即応ラックに差し込まれている砲弾を指差しながら言った。



「……この砲弾、昔に使ってた地下弾薬庫にあったんでしたっけ」


「言うなよ。国民の皆様にあなたの税金で買った砲弾がわりとたんまり忘れ去られていたところを発見しましたとか、洒落にならない」


「正規軍だとAPFSDSが支給されてるそうですが、こっちには対戦車榴弾と粘着榴弾、と」


「対人とか対陣地に使う分には問題ないってことでしょーよ。ファックファック、クソファック」



 ガンガンガンッ、と鉄板の入った安全靴で、アガサ車長は砲塔バスケットを蹴っ飛ばし始める。

 その金属音でようやく起きたのか、車内無線に繋がっているインカムがガリガリとノイズを発し、とぼけた声が割り込んでくる。

 車長もメットごとインカムを外していたので、おれもそれに倣ってヘルメットを外し、操縦手のほうを見る。



『んぇ……でぽ?」


「うっさいアホ」


「アガサ車長、美人が台無しですよ」


「うっさいボケ」


「んぁ……えんじんかけます?」


「エステル、一回ハッチ開けて外の空気吸っとけ。砲手のガブが来たらたぶんきっと出発だ」


「あい」



 寝惚けた操縦手のエステルがいそいそとハッチを開ける音がした。

 大丈夫だろうかと思って後ろから操縦席を見てみると、左頬にメーターの跡がくっきりついてる少女が寝惚け眼で立ち上がろうとしていた。

 小麦色の金髪がヘルメットの縁からふさりとはみ出していて、寝惚け眼は綺麗なエメラルド色をしている。


 おれも少しばかり外の空気を吸ってみるかと、いじけている車長を放置して装填手ハッチを開けた。

 戦車の現在位置は市街地の外れにある、小さな丘の影だった。ちょうどいい遮蔽にはなるが、ハル・ダウンするには急すぎる。

 風が少しばかり吹いていたが、それに乗って臭う硝煙やなにかが焼けた臭いは、あまり気持ちのいいものではなかった。


 いまだに銃声がパパパパンッ、と聞こえる。

 まだ戦闘は終わっていないのかと、銃架に乗っかっている機関銃を手元に手繰り寄せ、おれは周囲を見回した。

 すると、銃声が次第に大規模なものになっていき、町中から銃声が響いてくるようになった。


 まるでイナゴの大群がブワッと畑から飛び上がったかのように、銃声が再び舞い戻ってきた。

 これが意味することはただ一つ―――戦闘が再開されたのだ。

 車内でアガサが再びヘルメットを被って状況確認を求める声が下から響く中、おれは戦車に向かってくる人影を視認して機関銃の銃口を向けた。


 しかしそれをよく見ると、我らが砲手のガブリエルだということが分かったので、すぐに銃口を外してオレは車内に滑り降りる。

 ヘルメットとインカムを被り、インカムがきちんと繋がっていることを確認し、即応弾薬ラックに手を伸ばして、冷や汗が出た。

 一〇発だ、おれたちには一〇五ミリ砲弾が一〇発しか残されていない。



「車長、残弾一〇発。対戦車榴弾(HEAT)八発、粘着榴弾(HESH)二発」


「ファックファック! ガブ、この状況を説明しなさい、どうなってるの。歩兵連中と喋ってきたんでしょ」


「詳しくは知りませんよ! いきなりドンパチ始まって逃げてきたんですから! 点検よし! 砲手準備完了!」


「エステル起きなさい! メルカバ、エンジン始動! 点呼!」


「砲手よし」


「装填手よし」


「操縦手よ、よし」


「各員戦闘準備! 微速前進!」



 ブォォォンッ、とディーゼルエンジンが咆哮をあげ、おれたちはまた兵士に戻る。

 いつかどこからか、だれかがぶっぱなしたRPGが直撃して死ぬかもしれないと、おれはまた思った。

 そうしていつものように、どうしてアガサに告白しなかったのだと、何度も繰り返してきた後悔を噛み潰しながら、おれは砲弾を装填する。


 まったく、なにもかも、うまくいかない世の中だ。

 だからまあ、うまくいかないなりに、せめてうまくいくまでは、この身が無事であってほしいと。

 いるか分からない神にでも祈りながら、おれとおれたちはメルカバに乗って出撃する。


 神殿のごとく仰々しく。

 要塞のごとく堅牢で。

 悪鬼のごとく威圧し。


 メルカバは脆弱な戦車兵を内に抱え、その身をもってしておれたちを守るのだ。

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