第364話 寝起きに辛い

 

 白衣を着た男が、血濡れた手術用手袋を無造作に脱ぎ捨てた。

 手術台には解剖途中の少女が寝ている。手足の長さが違う透明な髪を広げた歪な少女だ。

 チューブやコードが部屋を這うように複雑に張り巡らされ、手術台や壁に薄っすらと光るのは魔法陣の輝き。

 透明な髪が魔法陣の輝きに彩られ、薄い極光オーロラのように色を変える。

 歪な少女は目を閉じている。死んだように眠っている。

 腹を裂かれ、皮膚を剥がされ、内臓を一部切除されてもなお、彼女は生きていた。


「今日はこんなところでしょう」


 ”人形製造者ドールメイカー”が魔力を流すと魔具の一種である手術台が反応し、透明なガラスで覆われ、カプセル内を黄緑色の蛍光色の培養液が満たし始めた。

 液体の海に歪な少女がゆらりと漂う。

 ドクン、ドクン、と規則正しい心臓の鼓動が培養液内を木霊している。


「”出来損ない”の分解修理オーバーホールの続きはエルフの姉妹を手に入れてからですね」


 ”人形製造者ドールメイカー”は手術室を出て、執務室ような部屋へと向かった。

 椅子に座り、机の上に置かれた報告書を読む。


「ほう。これはこれは……《神樹祭》ですか。興味深いですねぇ」


 彼の瞳が好奇心でギラリと光った。


「”女性たちレイディーズ”」


「「「 はい、創造主メイカー様 」」」


 呼び掛けに答えて、無表情の美しい女性たちが気配もなく出現する。


「”少女たちガールズ”」


「「「 はい、創造主メイカー様 」」」


 無感情なミドルティーンの美少女たちもどこからか姿を現す。

 綺麗に整列した人形たちに彼は命令を下す。


「素体を手に入れてくださいね。頼みましたよ」


「「「 はい。全ては創造主メイカー様の御心のままに 」」」


 一礼して人形たちは動き出す。創造主である”人形製造者ドールメイカー”の命令を遂行するために。

 彼女たちはそのために造られたのだから。



 ギチ……ギチチ……


 クワ……クワァ……!


 カサカサカサ……


 キシャッ! シャー!


 カチカチ……カチカチ……カチカチ……


 タス…………ケテ…………




 ――蠢く厄災は解き放たれるのを今か今かと待ち構えている。




 ▼▼▼




 ムニッ!


 弾力のある何かを握りしめて俺は目覚めた。

 起きるには少し早い時間。カーテンの隙間から薄暗い部屋の中に朝陽が差し込んでいる。

 淫猥な香りと女性たちの甘い汗の香りに包まれ、滑らかな素肌や心地良い体温を感じて再び素敵な夢の世界へと旅立とうとしたその時、ふと俺は思った。


 ――この手に感じる至福の柔らかさの持ち主は一体誰であろうか、と。


 興奮で眠気が一気に吹き飛んだ。頭が覚醒した。

 どうやら彼女は俺の隣で寝ているらしい。

 ゆっくりと目を開けるとそこには――一糸まとわぬ褐色肌の118歳ロリ爆乳エルフが寝ていた。薄暗い中、橄欖石ペリドットの瞳が爛々と輝いている。


「うおっ!?」

「おじゃひゃうんっ!」


 驚きで思わず豊満な胸を揉みしだいてしまう俺。

 な、何という柔らかさと張りと重量感……この胸は凄すぎる……。


「って、なんでアイラ殿下がここにっ!?」

「昨夜はお楽しみだったでおじゃるね!」

「ちょっ! 本当に? 俺は昨夜、アイラ殿下と……?」


 思い出せ俺。思い出すんだ! リリアーネに媚薬を盛られて曖昧な記憶を呼び起こせぇ!

 昨日の夜は、寝る前にニッコリ微笑むリリアーネに媚薬を盛られた。昼間の運動の火照りが燻っていたらしい。

 肉食系となったリリアーネに服を脱がされ、日蝕狼スコル月蝕狼ハティもそれに加わり、世界樹ケレナも参戦。夜勤の騎士と交代してきたジャスミンも飛び入り参加してきて、危うくランタナまで巻き込むところだったのは覚えている。

 そして…………目眩く桃色の記憶に、褐色ロリ爆乳エルフの姿はなかった。

 ホッと安堵して手をモミモミ。ハッ!? 手が勝手に!


「シーランは変態でおじゃる」

「……なんで馬乗りになるの?」

「おじゃ? 隙あらばこうして既成事実を作るよう――」

「誰に言われた!?」

「父上と母上と高齢エルダ……カトレアと、スキーの変態爺様とスメラギのキク婆様とアサクラのサクラオババ、ゴショーインのリンドウ爺。それからそれから……」

「もういい。もうわかったから」


 小さな指を折り曲げて数えるアイラ殿下を途中で遮る。

 結局、彼女を唆したのはユグシール樹国の全員ということだ!

 本当に既成事実を作られる前にドラゴニア王国へ帰らなければ。


「特に母上からシーランのお風呂や寝込みを襲うよう命令が。お風呂は一緒に入ったでおじゃるので、外堀を埋めるため城や市井に噂を流し、シーランの言い逃れができないようこうして同衾を…………というのは嘘でおじゃる! 真っ赤な嘘でおじゃる! 冗談。ジョーダン! 麿マロ、そんなことしてないでおじゃるもーん!」

「全部暴露してくれてありがとう。俺、今すぐ国に帰ってもいいかな?」

「おじゃ? シーランの国は樹国でおじゃろう?」

「いつの間にか俺は樹国の所属となっている!?」


 不味い……不味い不味い不味い!

 マジでどうしよう。俺、ハメられたかも。まあ、言い逃れは出来ないなぁ、と心の奥底で気づかないフリをしていたけど!

 メラン樹王妃殿下の策略かぁ。


「郷に入っては郷に従え、という精神で麿マロも服を脱いだでおじゃるが……ドラゴニア王国では全員裸で寝る風習でもあるのでおじゃるか?」

「それはないね」

「おじゃ。ということは、これが事後というやつでおじゃるか! おじゃほほう!」

「おいコラ。興味津々でじっくりと見るな!」

「混ざって寝ている麿マロも大人の女に……」

「なってないからな」

「ひょっとしてこの硬い感触はシーランの……おじゃほっほう!」

「早く服を着て降りろ。眼福すぎるから」


 おっと。身動きができなくて苦しいから、と言うつもりが、つい本音を述べてしまった。

 ニヤニヤする118歳のロリ百乳エルフは素直に言うことを聞いてくれた。裸体に浴衣一枚だけを纏う。

 悔しいことに物凄く似合っている。


「早いけど起きるかぁー」

「シーラン! 麿マロと魔法談義をしてたもぉ!」

「朝からそれか……まあいいよ」

「おじゃひゃっほー!」


 はしゃいだ褐色エルフは、小さな足で近くで寝ていた美女を踏む。


「おほぉんっ! な、なんですか今の甘美な痛みは! 誰かに踏まれた気がします!」


 ……変態が起きてしまった。ぐっすり寝ていたのに踏まれたとよくわかったな。


「素敵な目覚めでした……おほぉ……」

「はいはい。寝ている人たちの邪魔になりますからねー。変態は外に出ましょうねー」

「おじゃレッツゴー!」

「おほぉー! ご主人様! 朝からご褒美でしゅかー!」


 ケレナの足を引っ張って、隣の部屋へと移動。ズリズリと引きずられた変態は、朝からしてはいけない恍惚とした18禁顔。

 変態を隔離して他の女性の安眠は守られたと安心したその時――


「くんかくんか! 世界樹様のお召し物……くんかくんか! スゥーハァースゥーハァー! ふごぉぉぉおおおおおおお!」


 浴衣に顔を突っ込んでお尻を突き出す変態エルフがいた。着ている浴衣ははだけ、お尻や太ももなどが丸見えに。奇声をあげてはお尻をフリフリ、深く匂いを嗅いではビックンビックン。

 太ももを伝う液体は汗だと思いたい。

 なんで俺の周りには変態しかいないんだ……。


「あねうえー。キモいでおじゃる」

「むむっ! 拙者の昇天する至福のひと時を邪魔するのはアイラしかいないでござる! あっちへ行くでござる。しっしっ!」

「姉上は何時からそこに?」

「おほっ! おふぉぉぉおおおお! 昨夜からでござるよ。世界樹様のお傍に控えるのが世界樹の巫女である拙者の務め! 母上にも命令された故……こうして世界樹様が呼吸をされた空気や脱ぎ捨てられたお召し物を堪能して、寝ずの番をしていたのでござる。おほぉぉおおおおおお! すんばらしい香りでござりゅぅぅううううう! 癖になっちゃうぅぅぅううううう!」


 ……コレ、どうしよう。どうしたらいい? 無視していいかな?


「おほぉ……アイラは何故ここに?」

「簡単でおじゃる。麿マロのお得意の魔法を使ってちょちょいのちょいでおじゃった」

「ふーん」

「まったく興味なさそうでおじゃるね!」

「実際、興味無いでござる! 拙者は世界樹様を堪能するので忙しいでござるぅー!」

「ウチの騎士たちはどうした? 部屋の入り口を警護しているはずなんだが」

「そんなの、この部屋に通じる限られた者しか知らない隠し通路を通れば警備なんて無意味でござる!」


 え? この部屋に隠し通路とかあったの!?

 俺も近衛騎士も誰も気づいていないんだけど!


「例え厳重な警備があったとしても! 火の中水の中でも! 世界樹様の下へ駆けつけるべく、どんな困難にも打ち勝って見せるでござるよ! 世界樹様にご命令されたら世界の果てまで行くでござる!」


 本当に火の中や水の中に飛び込みそうで怖い。そして、必ず生還しそうで怖い。


「あねうえー」

「なんでござるか、アイラ!」

「世界樹様」

「ござるっ!?」


 バッと顔を出したアイラ殿下が、グリンッと怖いほど勢いよく首がこちらに向いた。翠玉エメラルドの瞳が徹夜明けで血走っている。

 思わず握っていたケレナの足を床に落とした。


「おほぉっ! ありがとうございましゅ!」

「ケレナ。正座」

「御意!」


 世界樹の巫女が裸で正座する世界樹とご対面。

 今の痴態を敬愛する世界樹様に見られていた気分はいかがかな?


「玉体が眩しいっ!」


 ブシャッと鼻血を噴き出して倒れた変態エルフ。

 逆効果だったか。喜ばせてしまっただけのようだ。失敗だった。


「世界樹様! シラン殿! おはようございまするっ!」


 勢いよく土下座して朝の挨拶。弧を描いた鼻血の血の雫がキラキラと宙を舞う。

世界樹狂いせかいじゅフリーク』はどんな時もブレない。


「……よしわかった。コレは夢だな。まだ俺は夢を見ているはずなんだ!」


 俺よ、早く目覚めるんだ! 変態が登場する夢なんて辛すぎる!


「ご主人様! もう一度お眠りになるのなら、ぜひこの家畜めを布団や枕としてお使いください!」

「尊い……世界樹様がお優しすぎて拙者は辛いでござる……」

「シーラン! 魔法談義をするでおじゃるぅー!」




 ……悲報。夢じゃなくて現実でした。

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夜遊び王子のハーレム譚 ブリル・バーナード @Crohn

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