第3話 三賢者

 恥丘人の睡眠時間となったので、マイクをオフにすると、私は座席に腰を落ち着けた。一定期間ごとに眠らなければいけないというのは、恥丘人の肉体とは、なんとも不便なものだ。

 しかし、かく言う私も一休みしたくなってきていた。恥丘人と我々の間の溝は、思ったよりも深い。

「──思うに我々は、恥丘の情報媒体を紐解く必要があるのでは?」

 そう言ったのは、我々調査団の中でも屈指のインテリジェンスを誇る、二級検閲官のゼンリツだった。様々な星系の言語に精通し、この星に流れてくる情報を精査してきた敏腕検閲官だ。

 私ことビューダスと、オーガムズ、そしてゼンリツ。我々は三賢人と呼ばれ、かならずや恥丘人の射精を促すことができるだろうと、シン・ジューク・サンチョメンの民から期待されているのである。

 私は触手を伸縮させ、疲労物質を散らそうと試みながら返す。

「恥丘の情報媒体、か……確かに、そうかもしれない。私は射精管理官であるがゆえに、射精以外には明るくない。そこにヒントがあるのかもしれないな」

「いかにも。これはまだ仮説にすぎませんが……恥丘の人類はどうやら、性交渉を文化と捉えていた節があるのです」

「なんだと!? どういうことだ!」

 バンッ! おっと、興奮してしまった……

「これをご覧ください、射精管理官」

 と、ゼンリツが腹部嚢に触手を突き入れ、何かを取り出した。それは膜のように薄い材質が何枚も重ね合わされた物体で、私は学生だった頃、よく似たものを文化学の授業中に見たことがあった。

「それは……まさか、エロ本なのか?」

「ええ、実物ですよ」

 ゼンリツが誇らしげに言えば、施設内の職員たちから歓声が上がった。オーガムズも思わず腰を浮かせ、

「なんだって! 物理媒体か? どうやって手に入れたんだ、そんな貴重品……オークションに出せば、星が傾くほどの値が付くぞ!」

 ゼンリツは触手を振り、

「私の仕事をお忘れですか? 手に入れるのには苦労しましたがね。私の最高のコレクションのひとつです、フフフ」

 研究室に寄贈するなど、しかるべき機関に提出するでもなく自分で所蔵している辺り、彼の収集癖には呆れる。だが、今はその是非は問うまい。

 私はゼンリツへと触手を伸ばした。

「よし、私に見せてくれ!」

「構いませんが、体液をつけないように気を付けてくださいよ。とても貴重な物品ですから」

「わかった、分泌液は最小限に抑えよう。だから早く!」

 逸る気持ちを抑え、ゼンリツから受け取ったエロ本を開く。これで、人類の射精を学ぶ事ができる……そう思えば胸が高鳴った。

 私が腰を下ろす座席の背後、オーガムズを先頭にして、たくさんの研究員たちが集まり、覗き込んでくる。学生時代、貴重な情報媒体を手に入れたときは、こうしてみんなで集まって閲覧したものだ。懐かしい……

「……うわっ!? なんだこれは、なにをしているんだ!」

 恥丘人は形態学的見地からしても、我々とあまりにも異なる。その造形にはグロテスクさを感じてしまうため、私はそんな声を上げてしまった。

「それは、エスエムプレイというのです。女王様と呼ばれる女性が、ブタと呼ばれる男性の肉体をいじめるのです」

 研究員たちから驚きの声が上がった。

「ほう、なぜそんなことを? 何の意味があるんだ?」

「わかりません。研究中です」

「ふーむ……うわっ!? なんだこれは!」

「恥丘人類は、排泄物を相手に塗ったり、投げつけたりすることで、性的興奮を得るとのことです」

「信じられん……どうして、そんな……」

「スカトロと呼ばれる性行為です。スカという青い植物を刻んだものを、トロという海産物の脂身と混ぜ込んだ料理のことです」

「なぜ料理の名前を?」

「わかりかねます」

「信じられん……」

 そのエロ本は、我々にとって信じがたい世界だった。惑星フ・ゾークと恥丘の間に横たわる深遠の宇宙空間を思わせる闇だった。だが、一見して理解不能と思われる情報からどのような知見を得るか……そこにこそ、研究者としての資質が問われる。

 そう、私にとってそれはまさに、福音だったのだ。

「──ゼンリツ。君は先ほど、恥丘人類にとって性行為は文化なのかもしれないと言ったな?」

「ええ。申し上げました、射精管理官」

 私の知性が、全身の神経系と三つの脳を駆け巡る。

「その意味が、わかりかけてきた……」

 彼らはただ、機械的に射精ができる生き物ではないのだ。ここに記されているのは、ただ子孫を残すためだけの性行為ではあり得ない。もしそれだけなら、これほど非効率的な様々な行為を、情報媒体に残す必要などないからだ。そこには何か、我々の知らない概念が介在している。

 我々が、進化の過程に失った……いや、或いは最初から持ち得なかった何か。

「射精管理官。議論をしましょう」

 ゼンリツが言い、オーガムズも頷く。

「そうですよ、射精管理官! 今こそ、我々の知性を結集するときだ!」

 研究員たちが、真剣なまなざしで私を見ていた。その瞳に宿るのは、決して折れぬ愛の輝きだった。この世の理不尽、不可能に挑戦し続ける魂の美しさが、そこにはあった。

 それは若かりし日、我らが信じつづけた光。それは今も失われていない……私は触手を全て上げ、広く叫んだ。

「よし、わかった。話し合おう!」


 そうして我々は、夜を徹して話し合いを続けた。やがて恥丘人が目覚めてくると、私は意気揚々とマイクをオンにした。

「やあ、恥丘人!」

「あ、ああ……またあんたか」

「朗報だ。君を射精させる方法がわかった」

「なに?」

「エスエムプレイをしよう! エスエムプレイだ!」

 恥丘人は、なぜだか震え始めた。

「なんでだ! なんでそうなったんだ!」

「なんで?」

「お、俺は別にそういう趣味はない! やめてくれ、頼む!」

 懇願する恥丘人に、研究員たちから嘆息が漏れ聞こえてくる。

「ええい、これでもダメなのか! アレもダメ、コレもダメ、どうやったら射精するっていうんだ!」

 バンッ! 興奮してしまう。

「じ、自分でもわからないんだ……それがわかったら、とっくに射精している」

 弱々しい恥丘人の姿に、私は反省した。彼を追い詰めたいわけではない。私はただ、射精してほしいだけだ。

「すまない……これからも、一緒に考えていこう」

「ああ、俺も、その……悪かった」

「よし、では食事にしようじゃないか!」

 私は努めて明るく言うと、触手を振り上げ、部下たちへと命じた。彼の朝食を用意しなければいけない。

「今朝の献立は、新鮮なスカトロだぞ。どうだ? 嬉しいだろう!」

「やめてくれ!!!!」

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被検体0721 華早漏曇 @taube

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