第2話 二級絶頂監査官
「──そもそも、インポってなんなんですか?」
部下のひとりが、不思議そうに言った。我々フ・ゾークの民にとって、恥丘人の生体については、まだまだわからないことも多い。
「なんだ、知らんのか? よくこの仕事に就けたな」
オーガムズが呆れた調子で言う。
「恥丘人類の男は、排泄器官の硬度を増すことで、性的興奮を得るのだ」
「それって、戦闘形態ということですか?」
我々はめったに戦闘行為を行わないが、やむを得ず避けられないときは触手の先端を硬化させ、武器として使う。
「まあ、そうだな。それでインポというのは、恥丘のオゲレツ語圏で使われている言葉で、インポータント……重要という意味なんだ。つまり、それほど重要な器官だということさ」
「なるほど……勉強になるなあ!」
にわかに始まった恥丘講義を後ろに、私は生き残りの男と対話を続けていた。
「恥丘の人よ、それで、キミはなぜ射精をしないんだ?」
モニターの中で、男は頭を抱えている。
「話が通じない……」
「教えてくれないか? 我々は恥丘人をよく知らないのだ」
しばしの沈黙があって、男は再び口を開く。
「オレたちは、繊細なんだ。お前たちみたいな……お前たちとは違うんだよ」
「どう違う? 我々はそれを知りたい」
男は深く深く息を吐いた。
「射精するか!?」
「しない」
「そう……」
「いいか、オレは故郷を失ったんだぞ? そんな状況で、どうやってエロい気持ちになれるっていうんだ! お前たちのことも信用できない」
私は息を呑んだ。思えばこの半年、彼に射精を促すことだけに注力してきたが、私は恥丘のことを……いや、彼のことを、あまりにも知らない。
「……故郷を失うつらさは、想像できる。君のご家族も亡くなったのか?」
「俺は……俺は、もう五十歳だ。妻も子もない。両親は、クソッタレな宇宙人の攻撃の前に死んだよ。それだけは不幸中の幸いだった」
「そうか……射精するか?」
「しないよ」
「わかった」
少し待ってくれと言い置いて、私は通信を切った。それから背後を振り向き、部下たちへと言った。
「思うに我々は、恥丘を知らなすぎるのではないか?」
「いかにも、射精管理官」
オーガムズが頷く。
「射精というのは概ね、絶頂を迎えることで起きる現象だそうです。ですからまず、その絶頂に関して知るべきでしょう」
私は一級射精管理官である。射精については多少の知見があるが、絶頂研究に関してはオーガムズこそが、この星の第一人者なのだ。
「なるほど、絶頂か……それは、どのようなものだ?」
「私が調べた資料によりますと、排泄器官に刺激を与えることで起きるとか」
部下のひとりが言う。
「では、火薬を詰めて着火すればよろしいのでは?」
「それでは彼も無事ではすむまい」
「酸をかけるのはどうでしょうか?」
「ダメだな。恥丘の人類は酸に耐性がない……」
にわかに始まるディスカッション。我々テクノクラートにとっては楽しい時間だが、この件に関しては明確な答えは得られそうになかった。遥か遠い惑星に住む、未知の種族に関して、あまりにも知識が少なすぎたからだ。
「──なんでも試してみればよいではありませんか? 硬化するというのだから、きっとダイヤモンド並みの硬さになるはずだ! 戦略兵器でも使って無理矢理にでも、彼を絶頂に導くことができれば……」
白熱した議論の果てに、オーガムズが語気荒く言うのに、私は首を振った。
「それでは、急進派と変わらないではないか?」
多額の予算を投じて彼の射精を待つことに、反対する者も少なからずいる。それでも、フ・ゾーク人は愛の種族であるという誇りを胸に、我々は不退転の覚悟で事に臨んでいた。
「我々は彼に、自らの意志で射精してもらいたい。そのために集まったのではなかったのか? そうでなければいけないのだ」
私の演説めいた言葉に、部下たちはみなハッとし、神妙な面持ちで頷いた。
我らの心は、確かにひとつだった。
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