被検体0721

華早漏曇

第1話 一級射精管理官

 惑星フ・ゾーク最大の都市、シン・ジューク・サンチョメンの空は、今宵、私の心を映したかのような荒れ模様だった。

 こんな日は家に帰り、家族と過ごしたかった。我々フ・ゾーク人は愛の種族、他個体と繋がり合うことを至上の喜びとする。しかし私には、ないがしろにできない使命があるのだ……

 そう、私の名はビューダス。フ・ゾークの一級射精管理官である。


 遥か彼方、太陽系の第三惑星が、セクハ・ラー人の侵攻により滅ぼされたのは、今から半年前のことだった。

 フ・ゾークの支援は間に合わず、恥丘と呼ばれるその惑星は、宇宙塵となって消えてしまった。我々は触手が千切れるほど嘆き悲しんだし、一つきりの眼球が燃え上がるほど憤怒した。セクハ・ラーの衝動的な行為が、この汎宇宙にどれほどの影を落としているのか……考えたくもない!

 だが……我々は幸運だった。恥丘人の生き残りを確保することができたのだ。ただ一体だけだったが……

「──これは、射精管理官どの!」

 私が収容施設に到着すると、部下のオーガムズが慌てて立ち上がり、全ての触手を折って最敬礼の姿勢を取った。

 楽にしてくれ、と触手を振ってから、抗酸性ゴム外殻を脱ぐ。

「様子はどうかね?」

「今日も壁を叩いて、出してくれと叫んでいましたよ」

 私は悲しくなった。

「出してあげたいが、この星の大気は彼の身体に毒だから……」

 むしろ、出してほしいのはこっちだが……。

 コンソールに歩み寄り、モニターを確認する。恥丘人類最後の生き残りは、所在なさげに立っていた。

 なぜだろう? 恥丘の規格に合わせた家具類も用意してあるのに、彼はめったに使おうとしない。イスには性的興奮を煽るために、バイブレーターを内蔵した突起物を装着してあるし、ベッドは恥丘のラブホテルという施設を参考にして、回転するようにできているのだが……

 私はイスに腰を下ろすと、ヘッドセット型翻訳機のスイッチを入れ、マイクをオンにした。

 さあ、今日も対話の時間だ。はりきっていこう。

「こんにちわ、恥丘人。元気そうで安心したよ」

 彼は素早くカメラに視線を向けてきた。人間の表情は我々にはわかりづらいが、期待と不安の入り混じったような……

「ああ、あんたか……なあ、ここから出してくれ! おかしくなりそうなんだ!」

 私は嬉しくなった。

「おっと! その、おかしくなりそう、というのは……性的に興奮しているという意味でよかったかな!?」

「違う!」

 私はガッカリした。

「そうか……すまないね、翻訳機を通した会話だから、いまいち正確ではないときがある。許してチョンマゲ」

「あ、ああ……わかってる……わかってるよ」

 私は切々と語った。

「これまでも何度か説明しているが、君を原型として恥丘人類を再生させるのが、我々の最重要プロジェクトなんだ。そのためには、君に射精してもらわなければいけない」

「はあ……」

 彼が額に前触手を当て、大きく息を吐いたものだから、私はにわかに腰を浮かせてしまった。

「おっと! その仕草は、どういう意味かね!? 人間は射精する前に、そういう風に息を吐くそうじゃないか……もしかして、そろそろ射精しそうなんじゃないかね?」

「違うってば! いちいち煽るのはやめてくれ!」

「頑張れ、頑張れ」

「やめろって言ってるだろ!」

「ムッ……!」

 私はちょっとムカついてきていた。

 彼には同情するが、今日のような嵐の夜にも家族の元に帰れないというのは、愛と平和を標榜する我々フ・ゾーク人にとっては大いなる哀しみなのだ。恥丘の人でも理解してくれるだろうか?

「ちゃんと教えてくれなきゃ、わからないじゃないか! 君はどうやったら射精できるっていうんだ!」

 バンッ! おっと、激昂してしまった……私は焦っているのだ。ただ、射精してほしいだけなんだ……

「だ、だから、こっちも、何度も言ってるだろ!」

 男はたじろぎ、小さくなって呟いた。

「オレは……インポなんだって……」

 人類滅亡まで、あとわずか……

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