第120話
その光景はまさしく二股がバレたクズ男。誰の目から見ても修羅場である。
そしてこの場には覚悟を固めた人間がもう一人いた。
泉の恋愛に対する真剣な言動を一番近いところで見てきた小森である。
彼はタイミングの悪いことにこの場で主人公になることを決意していた。
「健吾くん。この後に及んで誤魔化そうなんてみっともないよ。あの場には僕もいたんだからさ。泉さんがどれだけ勇気を振り絞ってこの場に立っているとおもっているのさ。ちゃんと汲み取ってあげてよ」
((はー????????????))
珍しく感情を表に出す小森に戸惑いを隠せない夏川
小森と泉が深い関係にあることを示唆するような言動に首を傾げずにはいられない。
(うおい! なんだこれ! なんで真相を告げているにも拘らず、どんどん俺が不利な状況になってんだよ! ハッ! まさかこの状況――俺と天使の仲を引き裂くために小森が仕組んだことじゃないだろうな⁉︎ だとしたら相当の策士だぞ⁉︎ 全部あいつの筋書き通りじゃねえか!)
砂川が邪推したちょうどそのとき。
ドンピシャなタイミングで、
「ごめんね健吾くん。最初に謝っておく。これから僕はらしくないことをするかもしれない」
「おっ、おい……まさか本当に俺から天使を――」
「――こんなときにこんなことを打ち明けるのは卑怯だって承知しているんですけど、もし良かったら僕の話を聞いてもらえませんか――夏川さん」
「えっ、私?」「えっ、姉さん?」
突然の指名に素っ頓狂な声が漏れる夏川姉弟。
状況を把握できないまま展開だけが二転、三転としていく。
「突然何をって思われるでしょうけど、貴女と
羞恥に打ち震えながらも思いの丈をぶつける小森。
頭を垂れて手を差し出すその姿に再び緊張感が走る。
これを観覧車の搭乗口でやっているのだから周囲もいい迷惑である。しかし、店員を含めこの場にいる観客も目を離すことができないでいた。
(よっ、よく言えました翔太さん! 素晴らしいです! たとえ告白の結果がどちらに転ぼうとも私は貴方の告白を全力で褒めてあげます!)
内心で小森を絶賛する泉。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっー‼︎ なんかよくわからねえが逆転ホームランじゃねえか‼︎ なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ! ええい、なりふり構ってられるか!
小森の突然の告白に驚きを隠しきれない砂川は姉に目配せ。
一方、夏川の心中は、
(ええええええええええええええええええええええええええええええええっ⁉︎ 翔太くんから……あの翔太くんから告白された⁉︎ 健吾と上手くいっていないアピールがもう効いていたのかしら⁉︎ えっと、つまり私とお近付きになりたいってことよね? だとしたら私の答えは一つしかないわ。友達? 偽装恋人? そんなの――」
「――もちろんごめんだわ」
「「「えっ?」」」
夏川の返答に三人の声が一致する。
「だって翔太くんには高嶺さんがいるじゃない」
「ちょっ、なにいってんだよ姉さん! せっかく小森が――」
「健吾は黙ってなさい」「健吾さんは黙っててください」
「――ええっ⁉︎」
夏川と泉から制止させられる砂川。
「繭姉? ああっ! そういうことですか! 違うんです、繭姉とは特別な事情があって」
高嶺との関係はストーカー牽制であることを打ち明けようと決意した様子の小森。
逆上の恐れがあり、周囲に悪影響を及ぼす恐れがあるため、ずっと胸の奥に秘めてきた。
しかし、表面上は高嶺と付き合っているにも拘らず、夏川ともう一度偽装恋人になりたい――ましてや砂川というリア充を前に告白するわけである。
誰がどう見ても二股野郎である。
だからこそ小森は高嶺と偽装恋人であることを告げようとした次の瞬間だった。
「――翔ちゃん!!!!」
ようやく高嶺が遅れて合流する。
まるでヒロインは遅れてやって来ると言わんばかりのタイミングで。
心臓が早鐘を加速させる高嶺。
不安、焦り、緊張が彼女の身に振りかかっていた。
(まずい、まずい、まずい……! また除け者にされている間に状況が深刻化してるじゃねえか! なんでもいい! とにかく夏川と小森がくっ付いてしまいそうなこの空気を劇的に変えるだけの劇的な一手を――小森に本当の想いを今! ここで! 伝えるんだ……!)
このままでは恋の戦に敗れてしまう。女の勘がそう告げたのだろうか。
彼女は息を切らして小森の元に駆けつける。
勢いそのままに高嶺が取った行動は――、
「んむっ⁉︎」
――小森翔太に唇を重ねるというものだった。
「「「「なっ⁉︎」」」」
突然の乱入者による突飛な行動に観衆も含めた全員の思考が掻き乱される。
怒涛に次ぐ怒涛の展開。
しかし、小森翔太を取り巻く環境は確実に前進していた。
二股している現場に乱入し、恋人を追及する泉天使。
それを受け、夏川雫との関係を
夏川雫の
その光景を目の当たりにしてしまったものの、本当の想いを伝えずにはいられない高嶺繭香。
まさしく小森翔太を取り巻く環境は、今、この瞬間を持って四歩進んだといえよう。
唇を奪った高嶺がゆっくりと小森の傍から離れると、
「まっ、ままま繭姉⁉︎」
「そういう……こと、だから。私負けるつもりないよ?」
((((どういうこと⁉︎))))
勢い任せの行動に恥ずかしくなった高嶺。
(あーもうくそっ! 自分でやっておいてなんだけが、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねえか! こっちはファーストキスを捧げたんだ。これで「夏川さんと付き合うことにするよ」なんて口にしたら絶対に、絶対に、許さねえからな‼︎)
口付けの余韻が抜け切れない小森に対して、
「なっ、ななな……どっ、どういうつもりよ高嶺さん! 小森くんは私に思いの丈を伝えようとして――」
「――泥棒猫」
高嶺のその一言で夏川の女としてのスイッチが完全にオンになる。
「どっ、どど泥棒猫⁉︎ それはこちらの台詞よ。貴女さえ――高嶺さんさえいなければ私と小森くんは今ごろ――」
「恋愛に遅いも早いもないよ。私がいなければなんて――うかうかしていた夏川さんが悪いんじゃないかな?」
「ふざけてないで!」
「それはこっちの台詞!」
いつの間にか修羅場を迎えてしまう観覧車一帯。両手を組み、美しい髪を引っ張り合うその光景はまさしく韓国ドラマのそれである。
むろん見ていて楽しい光景ではなく。
綺麗に整えられていた髪と服は乱れ、二人とも荒い呼吸である。
見ていられないそのキャットファイトに小森が仲裁に入ろうとするや否や、
「小森くんは邪魔しないで!」
「翔ちゃんは邪魔しないで!」
「ごっ、ごめん!」
二人の圧に気圧された小森は砂川や泉に助けを求めようと視線を向ける。
「どうして健吾さんがここにいるんですか⁉︎ 早く私が納得行く説明をしてくださいよ!」
「おっ、落ち着けよ天使! これには深い理由が――」
「深い理由ってなんですか! 言っておきますけど私怒ってますからね! 健吾さんが二股をするような人だとは思いませんでした」
「二股⁉︎ 違う! いや、たしかにそう思われても仕方がない状況ではあるんだが、あーもうクソッ、一体何がどうなって――」
誰がどう見ても砂川健吾が二股しているようにしか見えない現状、
小森はそっと目を逸らし、一人思考にふけるのであった。
☆
小森 翔太
これまで僕はずっと受け身だった。
いわゆるモブ。脇役だ。傍観者と言い換えてもいい。
けれど泉さんという親友のおかげでようやく能動的になることができた。
これまで散々な目に遭ってきたけれど、彼女との出会いは僕の人生に転機を与えてくれたと思う。そこは素直に感謝しかなくて。
その証拠に夏川さんに思いの丈を伝えようとした次の瞬間、繭姉からキスと告白をされて。
それを見た夏川さんが逆上し、掴みかかるという――まるでギャルゲー主人公のような修羅場が目の前に広がることになった。
それはきっととても喜ばしいことだ。僕が――僕たちが一歩進んだ証拠でもあるのだから。
きっとここからはこれまで複雑に絡み合っていた運命が嘘のように解けて、新たな物語が始まるに違いない。
けれど、今の僕には目の前で起きている現実に頭の整理が追いついてなくて。
何が何やらさっぱりわからなくて。
だからこそ、今、僕の目の前で起きていることをそのまま言葉にして締めくくらせてもらおうと思う。
なぜか修羅場ってる、って。
【Web版】
『僕に興味をなくした元カノと幼馴染な今カノがなぜか修羅場ってる』(第二章 完)
――――――――――――――――――――
【あとがき】
拙作『僕に興味をなくした元カノと幼馴染な今カノがなぜか修羅場ってる(以下、なぜしゅら)』は四章構成でした。
書籍版をお手に取っていただいた方はお分かりかと存じますが、第二章は小森の記憶喪失で終わっております。
それをきっかけに夏川・高嶺・天使となぜか三股状態が発生してしまうという第三、四章を予定しておりました。
日の目を見ることはないため、小森が夏川に偽装恋人を申し出ようとしたところで高嶺からマジ告白される――その場には砂川&泉も居合わせるという――ようやく、すれ違いが終わるであろう第二章最終話にて【Web版】『なぜしゅら』を完結とさせていただきます。
長らくご愛読いただきましてありがとうございました!
『なぜしゅら』を読み終えられた方は以下からユーザーフォローいただけると幸甚です。
書きたい作品がですね、ざっと20〜30ほどあるのですよ。うう、早く書きたい。
ぜひ覗いて欲しいので通知が届くよう、『+フォロー』をお願いします!
https://kakuyomu.jp/users/1708795
最後になりますが、
本当にありがとうございました!!!!
次回作品にご期待ください!
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【Web版】僕に興味をなくした元カノと幼馴染な今カノがなぜか修羅場ってる 急川回レ @1708795
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