執筆後記

*Lunaさんの"8.32"にドハマりして書き上げてしまった一作です(舞台は夏じゃないけど)。なお、大狩部おおかりべでの線路崩落は実際の出来事ですがそこへ列車が巻き込まれたという設定は創作です。

廃止に先立つ形で3月13日、日高本線のイメージカラーであった"優駿浪漫ゆうしゅんろまん"、通称『日高色』の列車は、最後の一両が運行を終了しました。

さて。2021年4月1日、本日を以て廃止になるJR日高本線 鵡川むかわ-様似さまにへ贈る餞として、良い短編が描けていたでしょうか?

最後にあと少しだけ、駄文にお付き合いください。






浦河うらかわ駅、春立はるたち駅、静内しずない駅。

舞台となった日高本線の沿線には、ちょうどこの頃から蝦夷梅雨の時期にかけてルピナスが満開となる区間がいくつもある。

亜寒帯に多く生育するルピナスは、この季節の北海道を紫苑色に彩る花として有名だ。しかしこの花、実はアメリカ大陸が原産で、明治半ばに園芸の嗜みとして北海道に持ち込まれた輸入種であることはあまり知られていない。移住者たちは、血と汗にじむ苦しい開拓のせめてもの慰めに、入植地をルピナスで飾ったのだという。

ゆえに、野生として生育しているものの含めて全てが人里にルーツを持つはずなのだが、十勝三股とかちみつまた大夕張おおゆうばりといった、人里から隔絶された山中や無人の原野にも群生しているところがある。園芸種であるから人跡の薄いところには本来自生しないはずなのに、不思議な話だ。もちろん勝手に生えてきたわけではない。


そこには――かつて、人の住処があったというわけである。


鉄道は消え、商店はなくなり、道路が朽ち、やがて人影を失う。けれど、かつて暮らした先人たちの植えた花だけは変わらずそこに咲き続ける。

ここ北海道日高を始めとして、多くの地方がいま直面する厳しい現実であり、その先にある光景の一つが忽然と残されたルピナスの姿なのかもしれない。


鵡川から様似を結ぶ日高本線――この短編が公開される頃にはもう廃線なのだろうが――の車窓を一面のパープルで彩ってきたルピナスは、同線が不通になった6年間とて線路の脇に毎春変わらず咲いてきた。

この線路が剥がされてもきっと、かつて列車の行き交った路盤の上に、往時と遜色ない紫苑色の花で毎年この季節を彩ってゆくだろう。


『むかしここに人々の営みがあったこと、それを忘れ去られるのを拒むように、ルピナスの花だけが廃駅を埋めて色を競う。』――とある旅行記にそんな描写があった。


廃止になった鵡川から先の116kmには、汽笛は二度と響かない。駅も線路もやがては原野に還り、ルピナスだけが遠い記憶を伝え咲き続けるのだろう。

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世界は日高色に染まる。 占冠 愁 @toyoashi

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