シンギュラリティーズ!〜VRMMOでバカンスしたい俺が、なぜ放棄世界でリゾート開発しているのか〜
犬ガオ
第1話 VRMMOにバカンスを求めるのは間違っているだろうか
「騙された」
俺は手の中にある物体を握りこんで、そう呟いた。
握りこんだ手を開くと手の中には、アウトドアでよく使われるアーミーナイフ、もしくは十徳ナイフによく似たものがある。
赤い樹脂製の外装に虹色に光る四角記号が彫られたデザイン、側面の金属製の薄い板が四つ重なったような構造。
俺はその板の一つを爪をかけて慎重に引き、展開する。
出てきたのは、Cの字型に穴が空いた板。
C字にくぼんだ片方は鋭利な刃物となっていて、もう片方は何かを引っかけやすそうに内側に折れていた。
この折れている側で蓋の外側を引っかけ、テコの原理で引けば、缶詰の蓋を刃物で綺麗に開けることが出来るだろう。
「どう見ても十徳ナイフの缶切りじゃねーか!」
俺は力の限り叫んだ。叫んだだけで何が起こるわけでもなし、空しくなるだけだった。
ともかく、現状把握だ。残り三つの板も確認する。
二つ目は薄い板が先細りし、さらに薄くなって、ある程度の厚みで寸断されている板。知っている、これはマイナスドライバーだ。
というかスペース的に缶切りと一緒にできるだろ、別々にする必要無いだろうが。無駄にかさ増しするなよ。
三つ目はただの板。側面を見ると複数の素材が層を作っていることが分かるが、ただの板だ。ツールでもなんでもない。
四つ目はすごく綺麗な板。ホログラムが鋳造されているような、複雑な紋様がキラキラと光っている。だが、ただの板だ。
つまり、このナイフは十徳ナイフでもなく、五徳ナイフでもなく、何ならナイフもない、ただのマイナスドライバー付きの缶切りだった。
この
「騙された……」
俺は今居る場所を確認する。
目の前には、四メートルほどの苔むした岩。
その岩の後ろには、幹の直径が十メートル以上ありそうな、セコイアのような巨木。
周りは、熱帯雨林もかくやといった、縦横無尽に多種多様な植物がシノギを削って生きている世界。
耳を澄ませば、木々のざわめきと共に、不気味な鳥獣の鳴き声が聞こえる。
「……バカンスできる、場所じゃないよな」
俺は早くも、この世界、【
○_○
休みがほしい。
会社都合で死んでいく完全週休二日制よりも、確実な休みが。
休みが欲しい。
毎日残業の毎日で、家に帰っても泥のように寝る。
たまの休日も半日はベッドから出られない。そんなのは休みじゃない。
何も考えず、ハンモックに揺られ、ただ風の優しさを感じ、陽の暑さに心地よさを感じるような、夢のような休日。
休みが、ほしい。
そう、ただの休日ではない。
バカンスだ。リゾートでバカンスだ。
青い海でも、温泉でもいい。こんなクソッタレの日常とおさらばした非日常な世界でのんびりゆったり過ごしたい。
俺の心は、バカンスを欲している。
満員電車の肉壁に挟まれながら、背負いバッグを前に抱え、痴漢判定を恐れて両手で釣り手を掴み、俺はどうやってこの生活にバカンスという非日常を手に入れようか考えていた。
会社を辞めよう! と悪魔が心の中でささやいてくるが、悲しいかな、待遇に関しては休みが少ない以外、文句の付け所が無い。
少なくとも今の立場でやめようとすると、プロデューサーにもディレクターにも泣きつかれるだろう。
だったら休みを増やしてくれ。リーダーはチームの奴隷じゃ無いんだぞ。
ごほん、と短い咳が聞こえた。
下を見てブツブツ呟く俺が不審者に見えたのだろう。
それに気づいて、口を閉じ姿勢を正し、見たくもない宙づり広告がひしめく天井へ目線を向ける。
その時だった。
発光電子ペーパーの森の中、俺はその広告を見つけた。
『ソウルダイブ式VRMMOの原点にして頂点、新規ワールドと共に、ついにグランドオープン! あなたの一日に、非日常なもう一日を』
一日に、一日が増える?
ブラウザのホームに表示されるトップニュースぐらいの一般知識しか見てなかった俺には、その文言の意味が分からなかった。
軽く調べると、○時〜一時の一時間だけログインすれば、時間加速した仮想世界で二十四時間相当のプレイが出来るらしい。
最近のゲーム進んでんな! 最後にしたゲームなんて、8年前にしたドラファン8で止まってるぞ!
それにVR方式もソウルダイブなんで聞いたこと無いぞ。この前まで仮想五感方式が最先端じゃなかったか?
仮想五感VR自体も友人に連れられてヴァーチャルアイドルのライブを見た時以来だ。
その時、黎明期の仮想五感式だったためか、【五感酔い】をしてリアルで吐きかけた。全くひどい思い出だ。
……ともかく、記事によると1日に一時間捧げることで仮想世界で一日増えるらしい。
頭の中で、俺はあることを閃く。
作品タイトルは……【
……帰りにカドバシに寄って機材買ってくるか。
○_○
カドバシの商品受け取り受付が二十四時までで本当に良かった。
ヘルメット大のダンボールを抱えて家に帰ったのが二十三時、ご飯をかっこみつつヘッドセットの初期設定に三十分。
最新型のVRヘッドセット……ヘッドセットなのか? こめかみの上辺りに角が取れた三角形の機器を貼るだけでいいとか、技術の進歩はすごいな。
ソフトをダウンロードした後、ベッドの上で横になり、VRヘッドセットのボタンを押して、VR空間にログインした。
ガイダンス用のVR空間は、普通の仮想五感方式とは変わりないようだ。
フレーム毎に来る感覚更新、仮想的な身体と現実の脳との感覚差は昔よりよくなってる気はするが、いつも通りだ。
口コミで流行っているすごい技術といっても、結局そんなものだろう。五感酔いしなければいいんだが。
『【ソウルダイブ方式】とは、仮想脳シナプスネットワークを量子ネットワーク内に作成し——
スキップ。
『これにより従来ではなしえなかった——
スキップ。
『規約に同意していただければ、量子コンピュータ【ヤタガラス】に——
同意。
『ただいま作成中です。しばらくお待ちください。』
ふう、と仮想空間内で息を吐く。
黒い空間に空中に浮くグラフィックUI、聞き取りやすい機械音声と、まったくもってVRコンテンツとして普通の導入。
疲れた頭で細かい説明をされても分からないので、全部スキップだ。
『
ダイブの準備が30分ほどかかってやっと終わった。かなり長いな。
『カウント開始します。——5——4——3』
AR窓に表示された時刻を視界端に見ると、0時まで秒読みだった。あぶねぇな。
『——0。行ってらっしゃいませ。良き一日を』
そして、俺の意識は文字通り、その世界に飛び込んだ。
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