第4話 怒りは人を理知から遠ざけ、そのまま話は逸れていく
冷静に考えれば、あの時、運営のサポートに文句の一つを言えば済んだ話だった。
だが、状況を読めず腹を空かせて巨石の傍で寝てしまった俺は、現実世界で起きて叫んだ。
「
頭が十分疲れていると、人間は何に対しても怒りを爆発させるという。
俺はその怒りを、こなくそ! とシンギュラにぶつけてしまった。
しかし、俺はそのぶつけ方を間違えた。
起きると同時に開かれるブラウザ、検索ワード『サバイバル術』。
昼休みと帰宅中にサバイバル術とブッシュクラフトについて学び、シンギュラで実践する。
そんな生活サイクルを回して、一週間。
「血抜きと水冷熟成は正義。肉んまい。……塩胡椒欲しい」
森の夜、巨石の前の焚き火場で、木串に刺したうさぎっぽい齧歯類のもも肉の芳醇な味に舌鼓しつつ、俺はなんとか生きていた。
そんな苦労の連続だったサバイバルの様子をダイジェストでお送りしよう。
生き抜くために必要なモノの確保が重要だと本で理解した俺は、すぐさま行動した。
空気、風雨をしのげる場所、水、そしてたき火を含めた煮炊き出来る設備、最後に食事。
空気は問題無いだろう。
水はラッキーなことに、近くに小川があったので確保が簡単だった。
なので、主な作業は風雨をしのげる場所——つまりテントの作成と、煮炊き出来る設備、食事だ。
これらを作る・採るための道具作りだが、意外と万徳ナイフが役立った。
まず、石器。
マイナスドライバーを石ノミ代わりにして、ハンマー代わりの石を打ち付けると、鋭い石器を作ることができた。
これを利用して石斧を作り、テントの骨組み用の細い木を伐り、大きな葉を集めてポールテントのようなテントを作る。
植生が複雑だから、まっすぐした木が少なかったが、その代わりに長い蔦は沢山取れたので、様々な所に応用する。
次に焚き火。これはマイナスドライバーと石をかち合わせた時にでる火花を利用して火種を起こした。
失敗は無数にしたが、コツを掴んでからは安定して火をおこすことが出来るようになった。
その次に、万能材料としての木の皮の採集。
この木の皮を剥ぐ時に、まさか缶切りの刃部分が役立つとは思わなかった。
引き切りしやすい缶切りの刃を利用して、ギリギリと樹を一周すれば、大判の皮が採れた。
それを使い、水が漏れないような筒状に折れば、水の煮沸用木の皮鍋をゲット。
それに水を入れて、焚き火の上に枝を使って固定すれば、本当に水が煮えた。
このときはかなり感動した。ヒトの知恵ってすごい。
ちなみに、木の皮は衣類やテントにも応用ができるので、大量に確保した。
最初から三日目までの食事は、煮沸した水と、そこら辺に落ちていた大丈夫そうな木の実を中心に摂取。
完全にカロリーベースの食事だが、とりあえず餓死は免れた。木の実は渋かったけど。
その後は狩猟道具や罠を作って、虫、魚、蛇、草食動物と食事をアップグレードしていき、衣類と寝床を作り、気づけば、なんとか生活基盤と呼べるものが出来ていた。
「まさか、昔の異世界モノ漫画に助けられるとはな……。石すごい、木の皮すごい」
ちなみに服装は、キャラメイク時に貰ったフードパーカー&ジーンズではなく、木の皮を叩いて柔らかくし、蔦のヒモで繋いだ木の服だ。
やはり雨を防いで耐久性も高い革で服を作らなきゃいけない。素肌に木の服はチクチク刺さって痛いし。
イノシシくらいの大きさの、うさぎっぽい動物から毛皮を剥いで、ナイフで皮から脂肪肉をそぎ落としたが、穴が空いたり酷い出来になってしまった。
これも要練習だな。一応使えそうだし、日干しはしとこう。
原始的ななめし方は燻煙なめしか……。ついでに燻製場も作りたいな。こんなにうまい肉を保存しないなんてもったいない。
他にも、清潔を保つために入浴設備とかも欲しいところだ。蔦を叩いて柔らかくした垢すりを使って沐浴では綺麗になった気がしない。
そのためには素焼き土器を使ったボイラー兼かまど場を作る必要があるだろう。うーん、やることが一杯だ。
しかし、やらなくては。衣食住、この三つが安定して初めて自活したと言えるのだから。
命がけの狩り、工夫で生き残る実感、現実世界では味わえないこの充実感。
俺はこの世界での、この生活に楽しさを見いだして——
「ってちがああああああううううう!
なんで『VRMMORPGで楽しいサバイバル生活』みたいな番組を始めてるんだ俺は!
そういうのは村作ったり無人島行ったりしているアイドルグループにやらせればいいだろ!
俺がこのゲームをプレイする目的はバカンスだろうが!
リゾート探してバカンスだろう?!」
あああああ、と焚き火の前で転げ回る。
ともかく、生きるための最低限必要な環境を確保したら——ここから外に出て、街を探す!
俺はそう決めて、焚き火近くに刺してあった、川魚の串焼きにかぶりつく。
……うまいけど、塩、欲しいなぁ。
=△=
そして二週間後。
なんとか厚革装備を手に入れた俺は、ついに遠征する決意を固めた。
革水筒も作り、燻製肉も作り、木の実も煎って保存食は完璧。
移動先で休憩するための革テントも作った。革ってすごい。
武器は石斧、石槍、石鏃の矢、動物の腱を弦に使った木弓。
あとはすっかり石細工道具になってしまった万徳ナイフ。
完璧だ。原始人的サバイバル生活だと最高の装備だろう。
素材のクオリティに目をつむれば、これ以上のモノはない。
……おかしいな、このゲームは装備を手に入れるためにこんな苦労するのか?
何にしても、行動圏を広げて交流出来るヒトに会わない限り、詰む。
人間一人で出来ることは限られすぎるし、なんでもしようとすると時間を浪費しすぎる。
人類最大の叡智はマンパワーの効率化、しいては分業制だ。アダム・スミス先生は偉大。
よし、遠征の第一目標はヒトに会うこと、集落が見つかれば最高だ。
俺は狩りではなく冒険のために、森へと一歩を踏み出す。
「キャインキャイン!」
と同時に、獣の鳴き声がした。
獣というか、犬?
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