第6話 ナビキャラは我が強いか感情薄めと相場が決まっている


『マスター(低)のステータスが予想より低いため、方針を変更します』


 おい、仮から低になってしかも重ねて低いってなんだこの脳内アナウンス。


『ここ一帯の敵性生物を走査します』


 脳内アナウンサーはどうやら説明しつつ行動してくれるらしい。一昔前のナビゲートAIのような律儀さだ。


 よし、こいつは脳内ナビゲーターと仮呼びしよう。


『走査開始』


 すると、胸元にしまっていた万徳ナイフが微かに振動、その直後、神経が逆なでされるような気持ち悪い感覚が全身を駆け巡る。


 背筋がぞわぞわする感覚を味わうこと、数秒。


『走査完了。直近三時間での戦闘率は○%』


 淡々と言葉を吐き出す脳内ナビゲーター。戦闘率は○%って今遭遇してるだろ一〇〇%だよ!


 ほら、今もあの苔熊野郎はこの岩にタックルしてるし!


 絶賛交戦中だっつーの!


『戦闘予測作成完了。マスター(弱)の脳に【叡智の書】を含む情報を転写します』


「脳に転写? やば気なワードが——ンがッ!」


 そのアナウンスの直後、脳の中に鉄球が埋め込まれたような、謎の感覚に目の前が揺れた。


 見えない鈍器で脳自体を殴られたような鈍い感覚が数秒続いたあと、今度は脳が急に軽くなる。


『転写完了。大丈夫です。慣れます』


「慣れます、じゃねえ……脳に痛覚があったら死んでたっつーの。つか、なんで罵られなきゃならないとか、お前誰だよとかツッコむところが多す——」


『叡智の書、展開開始』


「ぐああああッ!」


 脳内ナビゲーターに文句を言おうとした時、今度は情報の濁流が意識を侵食する。


 実体に伴わない情報に脳が酔う、VR酔いに近い感覚に吐き気が来る。


 なんとか吐き気に耐えきって瞼を開くと、視界端に四角く透明なアクリル板のような表示——UIが開いていた。


 手で触っても実体がないUI。現実世界で言うならば、これは。


拡張現実ARUIが見えている……?」


『【叡智の書】の展開が完了したようですね』


「叡智の書? このUIが?」


『叡智の書はスキルライブラリです。UIはマスター(無知)が閲覧しやすいものにしました』


「確かになじみはあるが——というか、いちいちマスターの後に追加情報つけるのやめてくれない?」


『マスター(残念系)、それは無理です』


「無理かよ……残念系かよ」


『それではマスター(無理系)、転送した戦闘予測通りに動いてください』


「無理系はやめろ、ほんとやめろ、俺のガラスの心が傷つくだろ」


『分かりました、マスター(硝子の少年)。それで、戦闘予測は頭に入っていますか?』


「自虐も取り入れるんじゃないよ。ええっと、戦闘予測……これか」


 まるでウェブブラウザのようなUIの上部にあった戦闘予測タブをタップする。


 表示が切り替わり、UIのメインカラムには戦闘タイムライン、サブカラムには詳細情報が表示されていた。


 タイムラインは時間タイム行動アクション対応リアクションという列に分かれている。


 俺は脳内ナビゲーターの求めるまま、ターン制の如く管理されたタイムラインを確認していく。


 あ、行動予測のタブを押すと相手の行動を立体映像で見れるのか。


 そして赤い敵に対して、青い味方、つまり俺の行動も立体的に見える。


 それらを照合して、俺は今回の戦闘予測をまとめる。


「あの苔熊野郎が巨石を倒した隙を狙って、すごい一撃をかます……でいいのか?」


『すごい一撃に語弊があります。正しくは【複層障壁魔導剣】で【パワースキル:勇なる一撃ブレイブストライク】を放ち、苔熊(仮称)を一撃で仕留める、です』


「あーそーですねー。

 ところで複層障壁魔導剣は凄い剣ってのは何となく分かったが、何処にそんな剣があるんだ?」


『万徳ナイフにある複数の層からなるボードより発振する、あなたたちの世界でいう所の斬鉄剣です。魔導力によって——』


「あ、詳しい機構とかはいいや。

 ってかそんなもん入ってたのか、これ……」


『万徳ナイフですから』


「缶切りとマイナスドライバーしか使ってないんだが」


『マスター(猿以下)に所有権を持たれた私を誰かに同情して欲しいです』


「猿以下は酷い! せめて原始人と言え!

 あとなんだ、この【行動権限移譲パスコントロール】と【思考速度強化マインドシフト】ってのはなんだ?」


『マスター(原始人)では、肉体練度も技術練度も魔法練度も足りないため、一時的に私がこの脆弱な体を動かします。そのためのスキルです』


「要するにオートパイロットね……」


『ご理解していただけましたか?』


「理解できたとは言い難いが、受け入れなきゃ俺もコイツも生き残れない、そうだろ?」


 俺は胸の中でうずくまっている芝犬を軽く撫でる。


「大丈夫、俺は『状況に適応することがうまい』らしい」


『それは……面白い才能ですね』


「たぶん才能じゃないと思うぞ。

 褒め言葉でも微妙な部類だぞ」


『そうでしょうか?』


 脳内ナビゲーターが疑問符を出した時、再び苔熊によって巨大なドアノッカーが叩かれた。


『では、マスター(カメレオン)、準備はよろしいでしょうか』


 俺は胸元から万徳ナイフを取り出し、魔導剣のボードを引き出し、握り直す。


「オールオッケーだ。

 あとカメレオンはやめろ、地味に傷つくから」


 さて、乱暴にドアを叩く不逞な野郎は、あの世にお帰りいただくことにしよう。

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