第2話 MMORPGはキャラメがコンテンツの八割を占める
VR世界から現実に舞い戻った、と俺は錯覚した。
五感全ての感覚がシームレスになる感覚といえばいいだろうか。
質の悪いアルコールで作られた缶チューハイを飲んだ後に旨い大吟醸を呑んだような、運転中に悪路から急に高速道路になったような、そんな落差。
しかし、目の前は白い空間だ。
壁のない、天井もない白い世界。
明らかに現実にない場所。
さらに、俺の体もなかった。
手も足も身体もなく、ただ、視覚と意識だけがここにあった。
これが、ソウルダイブか。
仮想五感方式の限界、つまり人型アバターから逸脱した姿を取れないという限界をクリアしていることに驚く。
『前方に意識を集中して、前に進んでみてください』
機械音声ではない、女性の肉声に近いガイダンスが聞こえた。
体が存在しないという摩訶不思議な体験を楽しみながら、白い空間を進む。
ソウルダイブのチュートリアルも兼ねているのだろう。
しばらく進むと、白いモヤモヤとした身体が現れてきた。
『ソウル体を作成しました。輪郭がはっきりとするまで、関節を曲げたり伸ばしたりして、体を動かしてください』
腕を折り曲げたり、指を曲げたりして、動きを確かめる。
なるほど、動かすことで意識が集中して、ぼやけていた身体全体の輪郭がはっきりする。
屈伸して足をはっきりさせ、俺はこの世界の体を得た。
『あなたのソウルがこの世界に適合しました』
「ようこそ、Singularities Onlineへ」
目の前に突然、白い女性が立っていた。
クラゲのようなふわふわと長い袖が特徴の白いワンピース、白い肌、ウェーブを描いた白髪と、白くない部分を探すのが難しい女性だった。
「キャラクターメイクサポート役を務めます、ウタです。よろしくお願いしますね」
「あ、は、はい、よろしく」
彫像のように整った顔も相まって、女神のような現実味のない相手に対しどもる俺。
仕方ないだろ、同僚以外の女性と喋るの久しぶりなんだから!
「緊張しているようですが、大丈夫ですか?」
「……ちょっと深呼吸します」
肺があるかわからないまま、吸って吐いて、深呼吸できたことに驚く。
本当に仮想空間なのか……?
「ソウルダイブの順応がすごいですね。キャラクターメイク前に深呼吸する人、初めて見ました」
パチパチ、と手を叩くウタさん。
「さて、時間も限られていますし、キャラクターメイクをしましょう」
ウタさんが何も無いところで手をかざすと、大きな砂時計が空中に現れる。
砂時計が回転。上部分から砂が落ち始める。しかし、基部にあるデジタルクロックが雰囲気をぶち壊していた。
きっと「キャラメイクの残り時間がわかりにくい」とかいうクレームが来て、対応したんだろう。
そのデジタルクロックは、[59:57]と表示していた。つまり、キャラメイクに一時間も使える、と。
「まず初めに、キャラクターを作成するワールドを選んでください」
「ワールド?」
「はい。Singularities Onlineには二つのワールドがあります。
一つは、五年間稼働している、自由度が高いワールド『リエスラ』。
もう一つは、オープン化に伴い、リエスラを元に創られ、よりゲーム性を高めたワールド『リリエスラ』。
こちらは正式名称だと混乱しやすいので、『R2』と呼んでますね。
一日にログインできるのは二つのワールドのどちらかになります。
キャラクターは各ワールドに一体のみ作成可能です。
また、『R2』で作成したキャラクターは『リエスラ』にコンバートしてしよう出来ますが、逆はできません。
『リエスラ』にキャラクターを作成した場合も、『R2』からのキャラクターコンバートが出来ないので、注意してくださいね」
一日にログインできるのはどちらかのワールド、キャラクターはワールドにつき一体、か……。
「おすすめは『R2』ですね。
ストーリーとバトルを楽しめるのでゲームとしての取っ掛かりがよく、『リエスラ』よりもチュートリアルやサポートなど、システムも拡充しましたので、Singularities Onlineが初めてでも楽しめると思います。
先ほども説明しましたが、『R2』で作成したキャラクターは、『リエスラ』にもコンバートが可能です」
たしかに、Singularities Onlineというゲームを楽しみたい人には『R2』は魅力的だろう。
しかし、俺はゲームをしに来たんじゃない、休みに来たんだ。
「どっちの世界が、バカンスできると思う?」
「バカンス……?」
呆けるウタさん。俺は追加で尋ねる。
「何にも縛られず、何も考えず、ただ身体を休めることが出来るなら、どっちのワールドがいい?」
「……あの、ゲームをプレイするために、Singularities Onlineに来たのですよね?」
「ここには休みに来たんだ。
一日に一日増えるんだったら、この世界でバカンスできたら、毎日に休日が増えるのと同じ、そうだろ?」
自画自賛になるが、素晴らしいアイディアだ。
きっと俺と同じようにバカンスを希望したプレイヤーもいるだろう。
そこのコミュニティに入れば、あとは同志と適度に交流しつつ悠々自適に過ごせるはず。
「……はっ、理解しました。新しい考え方ですね」
そんな打算的目論見は、数秒間停止したウタさんの反応で砕け散った。
「そう、なのか? 一般ワーカーなら考えつくと思うんだが……」
「いままで招待制の運営だったので、ゲームをしたい人しか集まらなかったものですから……」
「ああ、ゲーマーが招待してもゲーマーしか来ないか……」
ゲーマーの思考回路は、本当に意味不明だからな。
後輩に一人、リアルで開催されるゲーム大会にまで足を運ぶゲーマーがいる。
趣味があることはいいことだが、二十連勤直後にゲーム大会に行こうとしたときはさすがに止めた。死ぬぞ、と。
疲れた身体で深夜遅くまでゲームするなんて、とてもじゃないが俺は出来ない。
「ええ、なので『R2』もゲーマー向けのワールドとして、新しく創ったんです」
それじゃ、『R2』の方は無しだな。
ゲーマーに限らないが、ストイックなヤツがいそうなコミュニティって怖いんだよ。
いろんな事を善意の下、初心者に強いてくるからなぁ。
ジムで熱血コーチに当たった時の怖さと言ったら……俺はソウル体を震わせた。
「消去法で『リエスラ』だな」
「えっ」
「ん?」
「本当に『リエスラ』でいいんですね?」
「ああ」
「本当に、本当に、『リエスラ』でいいんですね?
『リエスラ』で作成したキャラクターは『R2』へコンバートも出来ませんよ?
『リエスラ』で作成すると、『R2』からのコンバート機能も使えなくなりますよ」
「別にいいぞ」
リリエスラでプレイすることもないだろうし。問題無いはずだ。
「では、ワールドは『リエスラ』に決定しました。変更不可ですから。次にキャラクターメイクですね」
「キャラクターメイク、ねぇ」
ぶっちゃけ言うと面倒なのでさっさと済ませたい。俺は早くバカンスしたいんだ。
「キャラクターコーディネート……つまり、外見はどうしますか?
「なんでもいいんだがな」
「では、あなたのソウル体に合わせてこちらでコーディネートしますね」
「任せた」
「任されました。うふふふ、久しぶりですね、おまかせキャラクターコーディネート」
ブン、と目の前に下着以外なにも着ていない、無地の男アバターが現れる。
ウタさんがUIをスクロールさせ、タップして要素を選択していくと、その要素がアバターに反映されていく。
それを繰り返して二十分後、中学生か高校生かという絶妙な年齢ラインを攻めた美男子ができあがっていた。
身体の形は現実世界の俺の発展系だが、顔の造形とややパーマがかかったまとまりのいい赤髪や琥珀色の眼は、明らかに盛っていた。
「ちょっと若すぎるし、綺麗すぎないか?」
「大丈夫ですよ。プレイヤーの皆さんはこれぐらい普通です。若いのもプライバシーに考慮した結果です」
「そりゃそうだが……まあ、困る要素じゃないか」
無理矢理説得された形で、俺のキャラコーディネートは終了。
「さて、次はキャラクターギフトですね。所謂、特典というものです」
「特典?」
「異世界ものライトノベルでいう、転生・転移特典です」
「めっちゃ理解した」
「本来は世界影響度の個人限界まで特典を取得できるのですが、今回、『リエスラ』を選んだあなたは特別な方法で取得することができます」
「世界影響度ってなんだ?」
「世界にどれほど影響を与えるかを指標化したものですね。このアイテムさえあれば特定の部門で優勝できる、となると影響度が大きいです」
「なるほど、優秀な特典はそれだけ影響度が高いって事か」
「はい、逆に影響度が少ない特典を複数取る人も居ますね」
「それは選ぶのがめんどそうだな……。で、特別な方法ってのは?」
「あなたが希望する特典を、出来うる限り付与するという方法です!」
「……いいのかそれは」
「いいんです。『リエスラ』で開始する初心者限定特典と考えていただければ。
出来うる限り、この世界に存在したら、という条件は付きますが」
その提案は、もし、自分が何か一つの力を得られるとしたら何がいい? と聞かれているようなものだった。
中途半端な特典だと世界影響度的に普通になるかも知れない。
よく考えろ。こう言うファンタジー的な世界観で、圧倒的な影響を持つ設定といえば……。
十分ほどよく考え、俺は一つの解を導き出した。
「そうだな……古代の超技術文明の力が使い放題とか?」
「……超技術文明?」
「古代アトラン○ィス文明の潜水艦とか、ス○ン文明のアーティファクトとか、ターン◯ーなあいつとか、そういう、古代文明の超越した技術が使い放題になるアイテムが欲しい」
「い、一応検索してみますね」
ウタさんが引きつった笑みを浮かべて断った後、UIに向き直り、画面操作を始める。
検索ワードに苦戦しているのだろう。ウタさんの綺麗な顔の眉間に苦悶の皺が滲み出ていた。
「あ、ありました」
残り時間があと三分、そろそろ諦めて普通のギフトを貰おうとギフトリストを斜め読みしていた時、ウタさんの疲れた声が上がった。
「……まじ?」
「マジです。これはすごいアイテムですよ。この世界影響度、まさしく『チート級』と言っても差し支えないかと」
「チート級……ゲーム運営側がそれを言っていいのか?」
「人生諦めも肝心なのです。
五年ほど
「……大変なんだな」
「諦めたら楽しいものですよ。ということで、おめでとうございます。
【前史文明】の遺産・遺跡の超越管理者権限を付与した『万徳ナイフ』を進呈します!」
「……まんとくないふ?」
「はい、十徳ナイフの万能版で万徳ナイフです。世界影響度の個人限界を大幅に超えるチート級アイテムですよ!」
「そのナイフで超技術文明使い放題なのか?」
「遺産や遺跡の権限を完全掌握できるキー付きですし、万徳ナイフ自体の機能もかなり使えますよ」
「それは……すごいが、その遺産や遺跡を見つけなきゃいけないんじゃないか?」
「そう言うと思いまして、遺産が眠っている場所をスタート地点にしました」
まじか、至れり尽くせりじゃないか。これを断ったらもったいないおばけが化けて出てくるだろう。
「よし、じゃあそれで」
「ギフトは『万徳ナイフ』で決定しました。後はキャラクター名を決めると、キャラクターメイクは終了です」
「名前……じゃあ『ハセハヤ』で」
リアルネームをもじった名前だが、問題無いだろう。
「『ハセハヤ』様ですね。では、キャラクターメイクが終了しましたので、スタート地点へと転送します。
ソウル体とキャラクターをフィッティングさせるため、一度休眠状態となりますので、あらかじめご了承ください」
「分かった」
俺が了承すると、急激な眠気が襲ってくる。意識が混濁する中、目の前のウタさんの唇が動く。
——では、良い一日を。
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