花びらの、永遠

「……ごめん。ごめんよ、桜」

「……七海? ああそうか、私の幻聴か」


 私は、嗤った。


「ちがう……幻聴ではない。あたし、現実の七海だよ……。あんたが連絡したんじゃん……私、これからこの公園で死にますーとかさあ、物騒なこと書きやがってっ……まったく馬鹿だよ、馬鹿だよな、あんたがそこまで苦しんでるなんて、思わなかった、だから……」



 こらえきれない、なにかを感じた。



「苦しかったよ……苦しかったに決まってるじゃん! あんな、あんな、……私はわたしを殺してまで七海を選んだのに!」

「お言葉ですけど! 選んだってなによ、選んだって! あんたそういう思い込み激しくて傲慢なところがあるからでしょ!」

「なっ――げ、幻聴のくせに生意気! だって私が選んだってことはすごいことで……」

「ええ、ええ、すごいことなんでしょうね! ――でも同時にあたしだって桜を選び続けてたってことにどうして思い至らないかなあ!」

「そ、そんなの、言ったことないじゃん! ってか、そんなこと話したこともないし! 私の知ってる七海はそんなこと言わないっ――」

「あんたの知ってるあたし、ね、都合がよろしいことでねえ! ――そりゃあたしだって殺し続けたさ、過去の自分なんか!」

「……七海が?」

「ああ、あんたといっしょだよ。あんたほど異常っぽいことはしなかったけどさ、ああそうそう公園の土って掘っちゃいけないんだから晴れたら私と直すのな、アイスおごれよ。……それでも私だってむかしの自分なんかぶっ殺し続けてるよ」

「……七海が……? 七海ほどの、大人物が……?」

「あんたのなかのあたしの像ってのはぶれまくりだねえ……」

「もしかして……ほんものの、七海?」

「だからそうだって言ってんじゃん……」



 ……雨が、弱くなってきてる気がする。

 ふっ、と覆いかぶさっていたその感触が、離れた。



「あーあ、もう、制服もぐじょぐじょ。ほんとあんたのせいだわ。まったく……二日、話さなかったくらいでまーおおげさな……はた迷惑な……」

「――そんなの私にとっては永遠みたいなもんだから!」




 見上げた。

 そこには、自信たっぷりで冷笑する、七海が、いた。




「……まあ。そうだな。桜にとっちゃ、なおさらそうだな。……ごめんよ。あたしもさ、ちょっとさ、……進路とかの悩みとかもあったんだよ、そりゃ女子高生なわけですからさ」

「……なんだよ、それ」

「あたしからしたらそっちが究極になんだよなわけだけど。……まあ」


 七海は――笑った。いつも通り、に。


「あんたが、死なんで、よかったわ。とりあえず」





 ……七海がスマホで調べてくれたところによると、雨はこのまま止んでいくらしい。

 お互い雨まみれの泥まみれでぐしょぐしょのまま、私は、この公園にはかつての自分が埋まっていることをはなした。

 七海は――笑ってくれた。


「はあ? もったいねーっ。もっと面白い桜がここにいるってことじゃん。……じゃあ、まっ、穴を埋めるついでに中学生のロリ桜ちゃんも掘り返してあげますかね!」

「なーにー! この、バカ七海ー!」


 あは、と私は思わず笑ってしまった。

 あは、あは、あはははは……と、つられて七海も笑ってだから、――私たちの笑い声なんか、世界でいちばんうるさかったんだ!





 雨が、やんでいく。

 ……季節も、やがて、もうすぐ、変わる。


 桜は、じきに咲く。

 咲き誇る。

 桜は細くて頼りなく、一年のうち一瞬しか咲けない花だ。


 けれども蒼い大海にひらりと落ちる頬紅のような花びらが永遠じゃないなんて、女子高生の私たちはそんなのだれにも言わせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大海を染める 柳なつき @natsuki0710

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説