私がわたしを殺したあの日

 雨が降っている。冷たい雨が。



 たいそう、都合がいい。私の、私の温かい涙なんかその冷たい雨に消化し尽くしちゃってよ、ねえ。




 七海、七海、私の大親友だった七海。やっぱりあんたも私を誤解してたんだね。私がただの頭の弱くて明るいだけのちんちくりんだって……そう、思って、いたんだね、そう思って私とあんなにあんなにあんなにあんなに、長く親しい時間を過ごしてくれたのだね。



 ……わた、しは。

 もういちど、埋めなければ、いけなくなってしまったねえ。


 この公園で。……高校と中学のあいだにある、都合のよすぎる大きな桜の木の下で。




 あの日もこんなふうにざあざあ降りであの子を埋めるのにはたいそう都合がよかったねえ、

 大っ嫌い大っ嫌いあんたなんか地獄に堕ちても未来永劫苦しめと、

 殴って殴って蹴って罵って哀しそうな目をしても赦しを乞うても、赦さなかった、

 一生深い土のなかで窒息してろと――




 中学のダサい制服を着た、わたしを、殺したのも、ここだったねえ、こんなような日だったねえ。




 私はひたすら穴を掘り続ける。私がわたしを殺したのは、たしかに、ここだった。覚えている。……忘れられるもんか、あれはリアルだ。



「……うっ。……うっ……うっ……」



 私が泣いてる。きもちわるい。

 私もきもちわるいから早く殺してあげなきゃ、いけない。



 私はわたしを殺して、次は私を殺して……そうなれば私は、そのときあらわれた辻本桜という人間を、なんて呼んであげればいいのだろう? 日本語っていうのは便利なようで厄介だねえ、いっそ自分のこと桜だなんて呼んじゃう? はー、ぶりっ子。でも、私には、そのくらい愚かしいほうがふさわしいんじゃない?



 私はわたしを殺してあげた。

 私は私を殺してあげる。




 そうしたら……そうしたら……そうしたら、どうなる?




 辻本つじもと桜がふたりも埋まった桜の木の下は、だれに知られることもなく、桜の木は、あのうつくしい花を咲かすの?




 耐え切れなかった。

 私は、嗚咽を漏らした。

 土に倒れ込む。土がむせ返る。とても惨めだ……あのとき、わたしを殺したときもこんなふうに惨めで、だからにどとおなじ過ちは繰り返すまいって、あのとき、私は思ったのに。

 土をなんどもなんどもなんども殴りつけるけどそれで現実が変わるわけじゃない。なにひとつ。なにひとつ……。

 どうせ私なんか……正しい努力もできないし、才能もないし、……七海みたいな人間とは、ちがうんだから!




「どうせ私なんかあのまんま殺されちゃえばよかったんだ!」




 ――ぐわっ、と。

 私を、なにか大きなものが包み込んだ。包み込む勢いで、そのまま、もろとも倒れた。……大きなだけじゃない、柔らかいし、冷たい雨のなかだというのにちょっとだけ、あったかい……。



 ――なあに、これは?

 どうして、こんなに――あったかいの?

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