第4話 ロイドールとお嬢様②
「ここが、今日からあなた達の部屋になります」
ヒルダ先生に案内されたのはちょうど聖ティアハルト女学院の横にある寮の一室であった。
今、ワタシと共に横に並んでいるのは、これから侍女として仕えさせていただく『エリーゼ・フランダリアル』というお方だ。
ここの女学院は敷地内を高い柵で正方形に囲っており、山の麓に建てられている。その中には女学院の校舎と専用の寮の2つの建築物が並んでいるのだ。そしてそれぞれの建屋は4階建てになっている。
ただし敷地面積は校舎の方が大きい。校舎と寮以外の残りの敷地は、生徒の運動場として使われている。並び方は正面門のすぐ先にある『校舎』、その左側に室外両方完備された『運動場』、そして通学以外の生徒が住む『女子寮』という配置になっている。
つまり寮と校舎は完全に独立しており、一度外に出ないと移動はできない。なので我々は、本校舎から一度外に出て寮へと入ったわけである。
部屋の前には番号が振られており、それと同様にすでにワタシとエリーゼ様の名前が記されていたプレートがついている。ちなみに今いるのは寮の『二階』である。
「既に通りかかりましたが、一階が寮食堂と大浴場が配置され、二階、三階、四階にそれぞれ一回生、二回生、三回生の部屋があります。あなた達は一回生なので、このフロアが主な交流の場となるでしょう」
ヒルダ先生がそう説明すると、ドアを開けて入室を促す。
「先ほども言った通り、昼休憩の時間帯に生徒会長が参ります。その時に学園に設置された予鈴が鳴りますので、それまでに準備をしておくように。そして案内の後は私の元に来るように」
「あ、あのヒルダ先生。わ、私の荷物は届いているのでしょうか」
するとマリア様はヒルダ先生にある質問をしていた。
内容は自身の荷物の事。確かにワタシは手持ちキャリーバックを持っているが、彼女は大がかりな荷物らしき物を持っていなかった。
「えぇ、届いています。この部屋にありますよ。それと二人の制服もあります。生徒会長が来る前に着替えておいて下さい。あと珍しい習慣ではありますが、各部屋の寮では靴をしっかりと脱いで入るように」
「はい、わかりました」
「了解しました」
ワタシとマリア様はヒルダ先生の指示を受けて返事をする。そしてヒルダ先生はそのままその場を後にして、我々は部屋の中へと入った。
部屋に入るとワタシはさっそく荷物を床に下ろす。そして内装を見て回った。
「水道に台所、浴槽とトイレ、大方の生活設備は用意されているのですね」
先程ヒルダ先生から大浴場などの説明もされたが、そこの施設を利用しなくてもこの部屋だけで生活が可能のようである。
ある程度内装の確認を終えると、私は部屋に置いてある荷物を確認するエリーゼ様の元に近づく。そして再び彼女に挨拶を交わした。
「改めて、これからよろしくお願いします。エリーゼ様」
「えぇ、ふわ!?」
しかし後ろから声をかけてしまったためかエリーゼ様はひどく驚き、奇妙な声を発してしまった。
「あぁ、こ、こちらこそよろしくお願いします。アネット様……」
しかし彼女も自分の様子に違和感を感じたのだろう平静を取り戻すと、顔を赤らめながらすぐにワタシに頭を下げた。
「エリーゼ様。ワタシはエリーゼ様の侍女です。様はいりません、アネットと気軽にお呼びください。それとワタクシに敬語は不要です」
「あはは、そ、そうですよね。いやそうよね。わ、私本当に人見知りで体も弱かったから人と接する機会も少なかったんです。だから緊張しちゃって、えへへ」
アネット様の口調がたどたどしい。それにワタシが敬語でも構わないと言ったのに、所々に敬語が混じってしまっている。なにより彼女自身から『人見知り』という言葉も出た。
人見知りというのは、自身が知らない人物と接する際に、恥ずかしがったり嫌がってしまう事だという。これは対人関係におけるコミュニケーション能力の向上を阻害してしまう恐れがある非常に厄介なものである。
ここはアネット様のために、侍女であるワタシが支えなくてはいけない。そう思ったワタシはアネット様にある提案をした。
「アネット様、人見知りを解決する方法は存在します。それはまずある人物とお互いによく喋ること。自身と相手のことを共有し合い、対人関係構築の練習をするのです」
「えぇ、おしゃべり?」
「はい。私の父であるフォルド・メルディ様にそう教わったんです。どうぞ、エリーゼ様、椅子をご用意しますので」
驚いているエリーゼ様に対して、ワタシは部屋に置いてある椅子を持ってきて、彼女をゆっくりと座らせる。そしてワタシも対面するように部屋の椅子に座った。
「ではお嬢様。なんなりとお話しください。ワタクシは有している知識の中ならば如何なる質問にもお答えします」
「あ、ありがとうございます。じゃ、じゃあ」
エリーゼ様は少々戸惑いながらも、口を開き始める。少し強引だったかもしれないがここはエリーゼ様のためである。ワタシはきりっとした表情で身構えた。
「アネット……は『ロイドール』なんですよね。ひ、人ではない」
「はい、左様でございます。あとエリーゼ様、繰り返しになりますがワタクシに敬語は必要ありません。気軽にお話しください」
「は、はい!? え、えと私、実はロイドールに会うことが夢だったんで……、いや夢だったの。さっきも言ったけど小さいころから家によくいたから、本ばかり読んでて。それでお父様とお母さまが、よく渡してくれた歴史の本の中にロイドールが出てきたの。ずっと昔の技工士が、人を支える不思議な『機械仕掛けのお人形』を作ったってお話し」
そう語り始めると彼女は、先程のおどおどしさが無くなっていき、目を輝かせて私の顔へと近づき、瞳を覗き込んで来た。
「私と同じ青い瞳をしてる。これも機械でできてるの?」
「はい、鉄などの貴金属ではなく正確には鉱石の一種だそうです。ですが私の方こそ不思議です。人の瞳は鉱石ではないのに、輝かしく光を反射して、色を写し出します」
ワタシはそう言いながら思わず、吸い込まれるようにエリーゼ様の頬を掴んで彼女と同じように瞳を覗き込んだ。するとエリーゼ様は頬を真っ赤に赤らめてしまっていた。
「あぁ、ご、ごめんなさい。私つい夢中になちゃって」
そしてすぐさまワタシの元から離れてしまった。
「いえ、エリーゼ様が謝られることは何もありません。むしろ私の方こそご無礼を申し訳ありません」
主人となるエリーゼ様に許可もなく勝手に触れてしまうなんて侍女としてはあるまじきことだ。私はすぐさま頭を下げてお詫びした。しかしなぜ彼女の瞳に惹かれたのだろうか。人の身体への知的興味からだろうか。
「いいって。私がいけないんですよ。それに私の目の色は他の人と比べて物珍しいし」
しかし彼女は手を振って否定して、私の頭を上げさせた。
「私、病弱なだけじゃなくてこの青い目の色も周りと違ってさ。ほら、みんな茶色いでしょ? だから浮いてしまって、人との距離が広がってしまったんだよね」
「いえ、エリーゼ様の瞳は素晴らしいと思います。他人にはない突出したものを『個性』と言って、それを伸ばすことでも人として成長できると、これも父から教わりました」
私はそう言って不安げな寂しそうな表情を浮かべたエリーゼ様にそう投げかける。すると彼女の表情はまた明るい物へと変わった。
「あ、ありがとうございます。ふふ、面白いですねアネットは。そういえば父と言ってましたが、ロイドールって親がいるんですか!? 私、ロイドールのこと、アネットのこと知りたいです」
「えぇ、構いません。エリーゼ様が聞きたいだけ是非。ただし、また敬語になっていますよ。ワタシに対しては敬語は無用です」
「そ、そうだね。やっぱり人と話すのが慣れてないからこうなっちゃうかも。分かったそうする。じゃあじゃあ、アネットさっそく他のことも聞かせてよ!」
「かしこまりました」
ワタシはそう返答すると、昼休みの予鈴がなるまで準備を進めながら、会話に花を咲かせるのであった。
ロイドールのアネット フィオネ @kuon-yuto
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