第3話 ロイドールとお嬢様①
厳格な佇まいでワタシの前に立たれているのは、担当として紹介されたメイド長の『ヒルダ・ヴァレンタイン』というお方だ。
彼女の挨拶を受けて、ワタシも言葉を返す。
「申し訳ありません。挨拶が遅れました。アネット・メルディ。父、いえ当主の『フォルド・メルディ』の命により、聖ティアハルト女学院に赴任してまいりました」
そうしてワタシは両手を前に置いて、軽くお辞儀をする。そしてその後にある物を彼女に差し出す。
「ヒルダ様、当主フォルド様より、お手紙を預かっております」
「私に?」
差し出した手紙をヒルダ様は受け取り、封を切る。そしてその場で内容を読み始めた。文はそこまで長くなかったのか、すぐに手紙を閉じるとため息を吐いて呆れ顔をしていた。
「あいかわらずね、あの男は」
だが呆れながらも少し嬉しそうな表情を浮かべていた。ただその様子を見ていたアルク様はめんどくさそうな表情をしてあくびをしている。そしてけだるそうにヒルダ様に声をかかる。
「じゃあ、用事は済んだから俺は戻るわ」
「えぇ、道案内ありがとうアルク。と言いたいところですが、なんですかそのやる気の無さは。仮にも聖ティアハルト女学院に務めている者としての自覚を持ちなさい」
「勘弁してくれよ。俺はあくまで用務員だ。お嬢様じゃないんだから、取って付けたような品格や作法なんていらないの。じゃあ俺は仕事に戻るからな」
「待ちなさい、アルク!」
ヒルダ様の小言に、アルク様は顔を歪めて露骨に嫌そうな顔を浮かべる。そしてこれ以上お説教は聞きたくないとばかりに、軽く文句を垂れるとそのまま逃げるようにその場を後にしてしまった。
「はぁ、だれもかれも。すまなかったわね。お見苦しいところを見せて」
「いえ、ヒルダ様。ワタシは特に」
ヒルダ様はまたため息をつき、申し訳無さそうに私に謝罪をする。とはいってもこちらに実害はないので、ワタシも特にヒルダ様の謝罪に応える必要もない。
「まぁ、いいでしょう。では長旅のところ申し訳ありませんが、さっそく『侍女』としての職務を行ってもらいます。すでに業務内容は伝えていますが、改めて説明します。あなたにはある生徒のお付として働いてもらいます。身の回りの世話、家事、勉学の補助など様々です。ただし学園全体の補助業務を行う『メイド』とは違いますから、そこの役割の違いは重々理解するようにしてください」
「はい、了解いたしました。ヒルダ様」
「それと私のことは、ヒルダメイド長もしくはヒルダ先生とお呼びなさい。侍女としての授業では前者を、普段の学院の生活では後者がよろしいでしょう。まぁ、そう言ったものの呼び方の使い分けについてはそこまで細かくは問いません。とりあえずその場に見合った呼称で呼んでください」
「承知いたしました。ヒルダ先生」
「良い返事です。私も生徒に教師として接する立場上、それなりの家の出ではあります。教養や礼儀作法は厳しく教えられたものです。口うるさいと感じるかも知れませんが、そこはご配慮お願いしますね、アネット」
「いえ、礼儀作法は人として歩む上ではとても大事な事と、フォルド・メルディより教わっています。知識不足のワタシにヒルダメイド長のご教授があれば幸いです」
「そうですか。そう言ってもらえるとありがたいですね。さてそろそろ本題に入りましょうか。侍女として仕える生徒の紹介をしましょう。もうすぐ到着する頃ですが」
ヒルダ先生は右手につけていた腕時計で時間を確認する。部屋にも時計があるのだが、やはり腕時計の方が効率がいいのだろうか。時刻は朝の10時15分を指していた。
「し、失礼します。アリシア・フランダリアルです」
その時である。ベルの音と共にか細い女性の声が聞こえてきた。その声に気がつくと、ヒルダ先生はその声の主にドア越しに声をかける。
「来ましたか。お入りなさい」
入室を促されると、「失礼します」と声を返し、その人物がドアを開けた。
「ようこそ、エリーゼ・フランダリアル。メイド長のヒルダ・ヴァレンタインです」
「こ、こちらこそ、よろしくおねがいします」
ドアを開き、目の前に現れたのはエリーゼ・フラダリアルと言う少女。
髪は淡いブロンドで、ウェーブがかかったツインテールの子だ。背は比較的小柄であり、自身の身長175.2cmよりも20.2cmほど小さい。そして瞳の色はワタシと同じく青い色をしている。
ただ彼女は私達を見て不安そうに怯えているように見える。これは対人関係に慣れていない人見知りというものなのだろうか。
「アネット、こちらエリーゼ・フランダリアル。あなたと同じく今日からこの学院に通う生徒の一回生です。時期外れの入学ですが、彼女は体調不良が原因で入学が少し遅れてしまったのです。あなたにはこの娘の侍女として勤めていただきます。では両者ともに挨拶をなさい」
ヒルダ先生に言われ、さっそくワタシは彼女に挨拶を行う。スカートをたくし上げて、会釈をする。
「アネット・メルディです。よろしくお願いいたします、エリーゼ・フランダリアル様」
私からの挨拶を終えるが、エリーゼ様からの返事がない。怪訝に感じたワタシは下げた頭を上げなおす。すると彼女はおどおどと不安げな表情で、顔を赤らめながら、立ち尽くしていた。その様子にヒルダ先生は苦言を呈する。
「エリーゼ・フラダリアル、何をしているのですか。あなたも挨拶をなさい!!」
「は、はい、すいません! エリーゼ・フランダリアルと申します。ア、アネット・メルディ様」
「エリーゼ、彼女はあなたの侍女なのですから『様』はいりません。相手を敬う姿勢はもちろん大事です。しかしながら、むしろそれは彼女に対する皮肉とも捉えられてしまいます。今の時代は確かに身分などをおおっぴらに誇示するという考えも廃れてきてます。私もその行為は苦手ですから良い考えの変わり方ではあります。ですが学院というこの場所ではそういったものを学ぶ場でもあります。身分の違いというのは弁えなさい!」
「はは、は、はい。申し訳ないです、ヒ、ヒルダ先生」
少し長めの指摘をもらい、エリーゼ様は反省しながらヒルダ先生に言葉を返す。そして、ヒルダ先生からの指示が入った。
「よろしい、では二人には学院の寮へひとまず私と共に向かっていただきましょう。今日、明日の授業はまだ出席はしなくても結構です。書類の手続きなどもありますから」
「ヒルダ先生。寮についてからは何をすればいいのでしょうか」
「まずは今から荷物の整理。そこから学院の昼休憩が始まる時間に、生徒会長の『メルデウス・アルトリン』に学院の案内をさせます」
「あ、あ、あの、皆は授業中なのに生徒会長さんに案内してもらえるんですか?」
「えぇ、そうですエリーゼ。その分の彼女の講義はすでに事前補習として受けてもらっていますので、そこは心配ありません。そして話の続きですが、学院の授業の終了時刻になったら私の部屋に戻っていただきたいのです。その時に明日の予定の詳細を伝えます」
「は、はい」
「了解しました」
ヒルダ先生の説明を受け、ワタシとエリーゼ様は同時に返事を返す。
「では寮まで向かいましょうか。少し支度をするので外で待機しておきなさい」
そして部屋の外への待機を命じられて、ワタシとマリア様はそのままドアの外へと移動した。
ドアを閉める直前、ヒルダ先生はワタシが手渡した父からの手紙、それに同封されていたある写真を見ていることに気がつく。
その時の私は知る由もなかったが、その写真には父と母とそして若き日のヒルダ先生が写っていたらしい。
「まったく、あの男はこんな写真をいつまで残しているのでしょうか……」
ヒルダ先生は写真に向かって文句を言いつつも、その顔はやはり嬉しそうな表情をしていた。
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