第2話 聖ティアハルト女学院

 目的の駅にたどり着くと、ワタシは荷物を持って席から移動し、列車の出入り口へと向かった。同伴していた親子にはもちろん軽く会釈をしてその場を去る。そしてしばらくすると再び扉は閉まり、汽笛を上げて動き始めた。


 発射する列車の外からは窓越しに親子が見える。彼女らは私に向かって手を振っていた。特に女の子は笑顔で元気よく手を振っている。私も同様に手を振り、彼女たちを見送った。


「さて、いきましょう」


 列車が見えなくなると、ワタシは荷物を入れたキャリーバックを引き始めた。そして改札を抜けて、そのまま看板や地図を頼りに道なりを進む。


 しばらく歩いていると、前方に見える山にそびえ立つ、大きな建物が見えてくる。同時にその場所へと向かっている少女たちがちらほら見え始めた。


 少女たちは同様の服装で、茶色のスカートとベージュ色のブレザー、そして白のシャツを着ている。一方のワタシは袖が手首まである白のロングシャツに、丈の長い紺色のスカートを身につけている。


 服は比較的簡素なものである。しかしながら周りとの服装のギャップでかなり目立ってしまっている。その証拠に隣を歩く女子たちはひそひそとワタシの事を話している。


(人は周囲と違うものに興味を持つのですね)


 ワタシはただそう心で思い、人の習性をまじまじと感じ取っていた。


 ちなみに少女たちが来ている服装。これは『聖ティアハルト女学院』というお嬢様学校の制服だ。そして目の前に見えている大きな建物はその女学院である。ワタシは事前にもらった学院の資料を読んでいたので、制服の事や建屋の見た目を知っているのだ。


 山の上に建てられているという事もあって、女学院に向かう道も緑が多くなってくる。左右には森林が広がり、道の真上にはその木々の枝が伸びて葉が生い茂っている。そして所々で太陽の光を遮り、心地の良い風が吹く。


 ただそこは険しい獣道になっているのではなく、しっかりと整地された平らな石造りの道になっており、森との境にはしっかりとロープが張られた柵がある。さらに道の端には、上下黒のスーツ姿の女性が等間隔で何人も並んでおり、登校する生徒を出迎えている。


 『聖ティアハルト女学院』はこの国では由緒あるお嬢様学校であり、完璧な配慮がなされているのである


 整備された道を歩いて約5分程であろうか。遠く感じた女学院の門はもう目の前まで来ていた。周りの女生徒たちはそのまま門に通過していくが、ワタシはまず門に配置された受付場に向かう。


「失礼します。今日から赴任することになりました。『ロイドール』のアネット・メルディと申します」


 受付場におられたのは初老の男性だ。白髪でふっくらとした体型をしている。ワタシの自己紹介を聞くと、彼は思い出したようにワタシに返事をする。


「おぉ、君がアネット君だね。話は聞いている。さっそく担当の者に話を繋ごう」


 彼はそう言うと、近くでほうきをかけて掃除をしていた茶髪の青年に声をかけた。


「おい、アルク。ちょっとこの方を『ヒルダ』メイド長の元に連れていってくれ」


「はぁ? なんで俺が。俺、あの人苦手なんだよ」


「どうせ、本館の方にも用事があるんだら、いいじゃないか。この子はここに来るのが、今日初めてなんだからな」


「ふぅん」


 アルクと呼ばれた青年はワタシを気だるそうに見つめてくる。ワタシは彼に会釈した。


「そういや、今日侍女が一人赴任してくるとか言ってたっけな。分かったよ。めんどいけど案内する。とりあえずちょい掃除道具をまとめるから少し待ってくれ」


「承知しました」


 ワタシは彼の支度を待ち、そして本館にいるヒルダメイド長という方の元に向かうのであった。




★★★★★★★★★★




 ワタシ達は『女学院の本館』と『学院全体の敷居内を囲った高い柵』の間に脇道を通っていた。本来ならばそのまま正面から入る方が効率的なのだが、女学院の関係者になるための手続きをしていないため、表からは入れないという。


 なので学院の裏の入り口から入ることになったため、この脇道を使っているわけである。


 その道からは右手にはその何本も連なる柵、左手には学院の壁が見える。そして脇道だけあって足元には木の枝や石が乱雑に置かれている。少々歩きづらいことも事実であるが、それでも全体の敷居面積が大きいため、なかなかに広くて、窮屈はしない。


 ちなみに左に見える学院にはいくつか窓が付いており、そこから内装も少し見ることができた。床は白い石造りになっており、螺旋状の階段や、絵画や彫刻などの芸術品が並べられている。


 アルク様は前を先導して、ワタシはキャリーバックを転がしながら、後に付いて歩く。しばらく歩いていると、アルク様はふとワタシに声を投げかけてきた。


「なぁ、あんた。アネットって言ったっけ?」


「はい。アネット・メルディと申します」


「なぁ、アネットさんよ。あんた、『ロイドール』なんだよな」


「左様でございます」


 ロイドールと既に説明しているので、その質問をされた意図が分からなかったが、とりあえず返事を返すことにする。



 するとアルク様はワタシの事を怪訝そうな目つきでこちらを見てきた。


「あぁ、いや。差別とか偏見の意味で聞くんじゃねえんだけどよ。ロイドールって普通は力仕事とか、土木系の仕事の手伝いをしている事が多いみたいなんだが、なんであんたはこの女学院に来たんだ?」


「それはワタシの『父』の言いつけで、ここに来ました!」


「は、父? ロイドールに、父?」


 ワタシの解答に、アルクさんは戸惑いを覚えていた。その反応は至極当然であった。ロイドールは人間とは違い生殖機能などは備わっていない。つまり肉親と呼べるものは存在し得ないのである。だから彼はワタシの発言に驚いているのだ。


「説明が不足しておりました。もちろん、本当の父ではございません。ワタシが先日まで住まわせていただいていた『メルディ家』の当主であられるお方のことです」


「そ、そういうことか。でもなんで当主のことを『父』なんて呼ぶんだ?」


「いえ、ワタシはただの召使の立場です、しかしそのお方からのご命令なのです。妻様もおられるのですが、それぞれを父と母と呼びなさいと。その呼称にすることついては、あまり意味は分かっておりませんが」


「それってやっぱり自分の娘だと思ってるんじゃないか? メルディ家ってなかなか有名な貴族の家系だぞ。ロイドールにそんな呼ばせ方して、あんたのご主人様はずいぶんと変わってんな」


「確かに変わっておられるかもしれませんね」


 そう返事を返すとアルク様は『だよな』と答えて、そのまま再び視線を前に戻した。


 しばらくすると、女学院校舎の裏の扉に到着する。アルク様は持っていた鍵で、扉を開き、そして校舎の中へ入った。


「上履き持っているか?」


「いえ」


「そうか。じゃあ、客用のものを貸し出すからそれに履き替えてくれ。ここは、土足は厳禁なんだ。めんどいが我慢してくれ」


「承知致しました」


 この建屋では外靴と上履きを履き替えるルールがあるらしい。おそらく床の汚れ防止のためだろう。よく辺りを確認すると校舎内の床は確かにとても綺麗であり、表面にはテカリが見える。


 アルク様は、近くに置かれた靴箱に入っている来客用の上履きを手渡してきた。ワタシはそれを受け取ると、すぐに履き替える。


 そして、履いてきた靴を袋に包み、自分のキャリーバックへと詰め込んだ。


「ここを上がって、すぐ先だ。キャリーバック貸しな。流石に担いでやるよ」


 アルク様の先導で、玄関のすぐ側にあった螺旋階段を上ることになった。


 ただ重たい荷物を運ぶことになる私の心配をしたのか、アルク様は荷物の運搬を肩代わりすると仰られていた。ワタシは当然一度断るが、アルク様はワタシの制止も聞かずに、そのまま荷物を軽々と運んでしまった。


 そして階段を上がり切ると、アルク様はキャリーバックをワタシに返却する。そして少し歩くと、その先に豪華に装飾を施された茶色の扉が現れた。


「ここが、さっき言ってた『ヒルダ』メイド長の部屋だ」


「ヒルダ様と言う方がここおられるのですね」


「あぁ、たぶんあんたの上司のような立場になるんだろうよ。そこでいろいろ指示してもらえると思うぜ」


 扉には音で知らせるためのベルがかけてあり、そこから紐が垂れている。アルク様はその紐を揺らして、ベルを鳴らした。


「ヒルダさん! 俺だ、アルクだ」


 その瞬間、部屋の中から物音が聞こえた。アルク様の呼びかけで、中にいる人物はその来訪に気がついたようであった。


「アルク? いったいどうしたのです。私は今、事務作業で忙しいのですが」


 聞こえてきた声は少し低めの女性の声だ。


「あんたに客だ。アネットって名前の『ロイドール』さんが来てる」


「アネット?」


 部屋の中にいる人物はワタシの名前を聞くとその声色を変える。そしてその場から立ち上がる音と、扉の前へと向かう靴音が聞こえた。そうして扉の施錠音が響いた。


「今、鍵を開けました。二人とも入りなさい」


 中の女性は力強い言葉で入室を促してくる。アルク様はそのままドアノブをひねり、扉を開けた。アルク様が部屋に入ると同時にワタシも入室する。



 部屋に入ると、書類や本などが置かれた広い机の前に一人の女性が立っていた。


 後ろを丸く固めた茶髪の髪型に眼鏡を携えた女性。外見年齢は40代後半であり、厳格な風格を持ち合わせた人物に見える。


「初めまして。アネット・メルディさん」


 彼女はワタシを見て少しほくそ笑むと、言葉を続ける。


「私の名前は『ヒルダ・ヴァレンタイン』。この学園で教師とメイド長を兼任で勤めています。ようこそ、聖ティアハルト女学院へ」

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