ロイドールのアネット

フィオネ

機械仕掛けの少女

第1話 彼女はロイドール

〜六月上旬〜



 辺りには生い茂る草木。鳥のさえずりや川が静かに流れる音が聞こえる。


 太陽は高く、日を照らして青い空からは涼しい風が吹いている。


 集落に進むと、風車を回す音や、農作業に勤しむ人々の姿が見える。


 そこを馬車に乗ってのんびりと通りすぎ、都市へと続く道のりに入ると、大きな鉄道が走る駅へとたどり着いた。


 農村等とは比べ物にならない人々の数。男性はビジネススーツを着こなし、貴婦人は日傘をさして優雅に歩む姿が見える。


 駅員に切符を二枚渡し、改札を抜けると汽笛の音と独特な石炭の臭いが、鼻孔をくすぐる。駅のホームで待機し、目的の列車が来ると先に乗っていた乗客が降りるのを待ち、そして乗り込む。


 すると後ろにいた小さな女の子がワタシを追い抜いてしまい、駆け込むように走り出した。そしてワタシの座るべき席にその女の子も座った。そして足をばたつかせながらニコニコと微笑む。


「うわーい!! れっしゃれっしゃ!! すわったすわった」


「こら!! マリア。列車の中で走らないの。周りに迷惑でしょう」


 するとその女の子の母親らしき人物が、その子に注意を促していた。そしてその場で立ち止まるワタシに気が付いた。私の目線がその子が座る座席の横を見ているのに気が付くと、同座席と察したらしく声をかけてきた。


「もしかしてあなた、私たちの隣の席なのかしら」


「はい、そうでございます」


「ごめんなさいね。うちの子がはしゃいじゃって。同席でうるさくなっちゃうかもしれないけど、それでもいい?」


「特に問題はありません」


 ワタシがそう答えると母親は「そう」と言葉を返して、向かい合わせになる形で一緒の座席へ座った。列車の進む方向に視線が向くのが母親と娘。向かいにワタシがいる。


 荷物が多いので、ワタシの横にはスペースいっぱいに大きなキャリーバックを置いている。


「あなた随分と大荷物だけど、今からどこに行くの?」


 ワタシのような華奢な身体つきで、この大荷物を抱える姿は人の目には奇異に映るのだろう。母親は不思議そうにこちらを見る。


「聖ティアハルト女学院です」


「まぁあの有名なお嬢様学校の? それであなたはそこの生徒として?」


「いえ、ワタシは『ロイドール』なので。生徒としては通えません。ワタシは学院に通われている生徒の侍女として、生活の補助をする業務に就くのです」


「ロ、ロイドールなの!!? すっごくきれいな娘だとは思ったけど、ロイドールだったのね……」


 『ロイドール』。それを答えるといつも驚かれる。母親の女性は口を大きく開けてびっくりしていた。それだけこの世界ではワタシのような存在が珍しいのだ。だがその単語を聞いていた女の子は不思議に思い、その言葉の意味を母親に訊ねていた。


「ねぇ、おかあさん。『ろいどーる』ってなにぃ?」


 女の子は知らない言葉に興味を示しながら、瞳を輝かせて母親にもたれかかる。すると母親は女の子に軽く説明を始めた。


「『ロイドール』というのはね。私たちとそっくりな見た目をした『機械の人』のことなの」


「きかい?」


「そう。私達の身体と違って金属で体が作られているの。そして人と同じく言葉を話して、人々の暮らしをサポートするのよ」


 説明はかなり大雑把なもので、不十分な所も多々ある。しかしながらその説明だけで、子供は大いに喜んでいた。


「おねえちゃんって、てつでできてるの!!? きかいってからだの!!」


「はい、左様でございます。多くの貴金属やその他鉱石で体を構成しているのです」


「ききんぞく? こうせき? よくわんないけどすごい!!!」


 ワタシが話した単語をすべて理解していないのにも関わらず、とても満足気になって、喜びという感情を示しているようである。


「でもおねえちゃん、『ろいどーる』っていうのに、すっごくきれいだよね。目が青くて、ぎんのかみで、すっごいあこがれちゃう!!!」


「ありがとうございます」


 女の子は目を輝かせながらワタシの容姿をとても褒める。こういうときは『ありがとう』というのが通例らしいので、私は軽く頭を下げてお礼を言った。


「ねぇねぇ、あなたのなまえ、おしえて!!! わたしはマリアっていうの!!」


「こら、いきなり失礼でしょ。ごめんなさいね。この子まだまだ礼儀がなってなくて」


 ワタシに対して身を乗り出して名前を聞いてくる女の子。母親はそれを見て制止する。どうも申し訳無さそうな表情をしている。しかし名前を名乗ったところでワタシに実害は特には起こらない。


「いえ、お母様。大丈夫です」


 ワタシはそう答える。そして女の子の方向に体を向けて、目をしっかりと合わせた。


「ワタシは『ロイドール』のアネット・メルディと申します」

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