第2話 特訓、そして海の青と陸の青
奇妙なきっかけで始まった水泳の特訓は思ってたよりは厳しくなかった。まずは足が付く浅瀬での歩行から始まり、顔を水に付ける練習、陽子に手を繋いでもらってのバタ足の練習。
息継ぎが苦手だったけど、三日目くらいからどうにか少しは様になってきた。それに俺自身気づいていなかったが、息を止めていられる時間が普通より長いようだ。
陽子は満足気に「それだけ息を止めていられるなら海女さんになれるよ! あ、でも、海斗は男だから無理か!」とカラカラと笑った。
何を話しても明るい陽子。本当に名前の通り陽の光のようだ。この楽しい時がもう少し続いて欲しいとも思ったが、東京へ戻る時が近づいている。せっかく仲良くなれたのに。
そろそろ帰る日が近いことを言い出せないまま、俺は陽子に泳ぎを教わっていた。
「海斗、そういえば課題の岩石だか化石は見つけられた?」
休憩時間に陽子が話を振ってきた。
「あ、やべ! すっかり忘れてた。まあ、いざとなったらここの岩を少し割って持ち帰るよ。多分だけど流紋岩だろ?」
「そっか、まだか。うーん、どうしようかな」
陽子はチラチラと俺を見て迷っているような口ぶりを見せる。何か化石でも出る場所を知っているのだろうか。
「実は私ね、明日でここに来れるの最後なんだ。だから、ハンマー持ってきなよ。秘密の場所を教えてあげる」
「秘密の場所?」
「うん、海の青、陸の青、その二つが同時に存在する不思議な場所」
「何それ?!」
「それは明日までのお楽しみ! じゃ、練習再開しようか。あ、明日も泳ぐから水着だよ」
陽子が適当にはぐらかす性格だということは、この数日間でわかっていたけど、やはり今回もはぐらかされた。しょうがない、ここは素直に練習して明日を楽しみにしていよう。
翌日、約束とおりハンマー持参で陽子と待ち合わせた。そして、いつも泳いでいる場所からさらに歩いて岩場にやってきた。いつも泳いでいる所とは違い、断崖絶壁というか、海面も色濃く、かなり深そうな所だ。
「では、まずはこの中に飛び込みます」
彼女はにっこりと服を脱いで水着姿になると、あっという間に飛び込んだ。
ちょっと待て、岩石だか化石の採取で何故海の中なんだ。戸惑いながらも荷物を置いて水着となり、慌てて後を追いかけて飛び込んだ。
かなり無様な飛び込みをしてしまった。水深はわからないが、かなり深い場所とわかった。陽子はどこにいるのだ。俺は慌てて上下左右に海中を見渡す。
その時、陽子の姿があった。
俺よりも上の方にいる。海中に煌めく太陽を背にした彼女は神々しくもあり、何よりも美しかった。これが「海の青」か。でも「陸の青」はどれだ? これから陸へ上がるのか?
そんな俺の予想に反して陽子はにっこり微笑み、下の方を示した。もっと潜れということか。
そうして海底の砂の上にある丸い茶褐色の石を指差した。これのどこが青いのだ?
俺がいぶかしむのを余所に陽子はその石をいくつか拾い、俺にも手渡して上がるように合図した。
「海の青はわかった。でも、陸の青はこの茶色い石なのか?」
「海斗、石をハンマーで割ってみて」
言われるがまま、石を割ってみると中は水晶のように無色透明だ。
確かに綺麗な石だけど、青くない。なおも訝しげに石の断面を見ていると驚くべき変化が起こった。
透明だった石が青くなっていく。俺はあまりのことに息を飲み、石を眺めていった。
石はやがて藍色へ変化していった。
「これが陸の青の正体よ。藍石町の名前の由来はこの石が沢山採れたからなの。今は少なくなったけどここはまだあるのよ」
「この石は何? サファイアなの?」
「まさか!
「そんなことはない、君は儚くない、ここにしっかりといる」
唐突な言葉に思わず俺は否定し、肩を抱いて陽子にキスをした。
「……そろそろ行かなきゃ」
「陽子!」
彼女は俺を振り払い、走り去っていった。
藍鉄鉱の煌めきと海の煌めきだけが残された俺を照らしていた。
一年後。俺はまた藍石町の海で泳いでいた。
結局、実家を失うのが寂しいという俺の親の主張によりうちが相続して時々手入れに来ることになったからだ。
そして親から聞いた話では陽子は亡くなったということだった。実はあの時は一時退院中だったと、病は既に進行していて余命宣告されていたのだということだった。
海から上がり、ザックからあの時の藍鉄鉱のかけらを取り出した。それを海に投げ、小さな水しぶきと煌めく海面を眺めていた。
「陽子」
あの煌めく海面と藍鉄鉱の半身の蒼い煌めき見る度に俺は陽子を思い出すのだろう。
海が太陽のきらり 達見ゆう @tatsumi-12
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