海が太陽のきらり

達見ゆう

第1話  唐突な出会い

 祖父の故郷でもある海辺の街、藍石町らんせきちょう。子供のころから夏休みの度に遊びに来ていた馴染みのある街。


 そうやってライフワークのように続いてきたそれも今年がラストになりそうだ。祖父が亡くなり、今年は新盆だから来れたものの、祖父の家を売る話も上がっているらしい。


 法要を終えた後の親類達の酒盛りと生々しい相続の話を聞きたくない俺は「課題があるから海でいろいろ採取する」と嘘をついてこの浜辺に来た。


 まあ、課題というのもあながち嘘ではない。地学の課題で、山でも海でもいいから石を採取してレポートを書かなくてはならない。浜辺で適当に貝の化石でも見つければいいし、無ければ適当にそこらの岩で誤魔化してしまおうとも考えてた。

 しかし、自分で言うのもなんだが、根が真面目だからか学校から借りたハンマーをしっかり持ってきていた。

 逃げるためとはいえ、こうして浜辺に来たのだし、きちんとサンプルになりそうな石を探そう。


 そう決意したものの、大した成果が得られず、浜辺より岩場なら何かあるかもしれないと祖父の家からかなり離れたところまで来てしまった。海水浴場ともなっている浜辺からも離れているので人気はない。岩場はごつごつとしていて、ずっと同じ濃いめの灰色だ。これは地学で習った火成岩。つまりは溶岩が冷えて固まったものだから化石は望めない。試しに少し砕いて見たけど、やはり化石の気配はない。なんか人とは違った鉱石か化石を見つけたいと思ったのだが空振りしそうだ。


 探し疲れて適当な岩に俺は腰を下ろして海を眺めた。この町の海は相変わらず深い青をして太陽の眩い光をキラキラと反射させている。この深い青の中で泳げたら気持ちいいだろうな、でも俺は泳げない。でも来れるのが今年が最後かもしれない。暑いし一度くらい泳いでみようか、とハンマー片手に逡巡していた。しかし、このハンマーはよく砕ける。ちょっと手近な岩を叩いたらいい感じに割れた。これだけ割れるなら岩の中に住む亀の手でも取って持ち帰ってみそ汁にしてもらおうか。


 そんなことを考えていたその時、視界の端に泳ぐ人が見えたような気がした。


「あれ? 人がいたのか?」


 その人影は近くなったような気がした。と、言うか俺の元へ近づいている。


 どうしようかと戸惑っていると人が海面からザバっと豪快に音を立てて顔を出し、赤いスイミングキャップを覗かせた。


「あなた! 密猟なら止めなさい!」


 どうやら、ハンマー片手に歩いてたから不審者と思われたらしい。そういえばこの辺りはアワビやトコブシなどの貝も採れる。だからハンマーを持った俺は密猟者と思われたようだ。とりあえず釈明することにした。


「違うよ。地学の課題で化石か岩石を取るためのハンマーなんだ。ほら、学校名があるだろ? こんな身元バレバレで密猟しないよ」


 そういってハンマーの柄を見せた。盗難防止のためにデカデカと「浅葱高校地学部」と書いてある。ダサい見た目で恥ずかしいハンマーだが、今回だけは助かった。それを見ると赤いスイミングキャップの少女はほっとした表情になった。


「あ、なんだ。ごめんなさい。密猟者と勘違いしていたわ。えっと、浅葱って海無し県の街よね。わざわざ採取のためにここに来たの?」


「いや、ここは祖父の田舎なんだ。あ、俺は海斗って言うんだ。えーと会田の平瀬といえばわかるかな?」


「ああ、会田の平瀬のおじいちゃん? 確か春先に亡くなったのよね」


 さすが田舎だ。屋号と苗字で大体の事情が通じてしまう。


「そう。新盆だから来たって訳。で、君の名前は?」


「陽子! 太陽の陽に子供の子よ。ね、せっかく来たのだから課題後回しにして泳がない?」


 こっちは屋号まで名乗ったのに、名前だけなのか。いや、それよりも泳がないかって誘いはまずい。

 ……仕方ない、正直に言うか。


「俺、泳げないんだよ。カナヅチってやつ」


そういうと陽子はプッと吹き出して笑い出した。


「おっかしいー! ハンマー《カナヅチ》もってカナヅチだなんて!」


別にダジャレを言ったつもりはない。そんなにおかしかっただろうか。

ムッとした俺に気づいたのか陽子は笑うのやめて快活に言った。


「ごめん、ごめん。なんだか面白くって。笑ってしまったお詫びも兼ねて私が泳ぎを教えてあげる。明日の一時にまたここで落ち合おう!」


 こうして、陽子の強引な誘いで泳ぎの練習をすることが決まってしまった。

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