第4話 ライバル出現

 



 そんなある夜。


「ウー、ワンワン!」


 ラブの吠える声で飛び起きると、急いで枕元の銃を手にして、明かりをつけた。


「誰っ!」


 ドアに向かって声を出した。


「……すいません。……水を一杯いただけませんか?」


 男の声だった。


「ワンワン!」


「ラブ、静かに。聞こえないから。どうしたの?」


「車がパンクして、……のどかわいて、……家が見えたので、ここまで来ました」


 ミシェルは急いで鍵を開けると、素早くドアから離れて、銃を構えた。


「入って!」


 ミシェルの許可に、ゆっくりとドアが開いた。


 現れたのは、Yシャツ姿の会社員風の優男やさおとこだった。


「……夜分にすいません。……水をいただけませんか?」


 ドアにもたれた男は、今にも倒れそうだった。


 ラブが男の靴を嗅いでいた。


「自分で飲んで。キッチンはそこよ」


 あごで指図した。


 フラフラしながら、キッチンに向かう男を目で追いながら、ミシェルは一挙一動を監視した。ラブは用心棒のように男についていた。


 男は蛇口をひねると手を洗い、その両手に水を注いで飲んだ。


 ゴクッゴクッ


「ハァ……、どうも、ありが」


 そこまで言って、男は倒れた。


「ワンワン!」




 目を覚ましたミシェルが寝室から出てみると、男はまだ、居間のソファーに寝ていた。


 ミシェルより少し年上の30前後だろうか、ブロンドの髪を乱した男の顔は疲れていた。ラブが、ソファーからぶら下がった男の手を嗅いでいた。




 コーヒーの匂いで目が覚めたのか、朝食が出来上がった頃、男が体を起こした。


「……どうも、すみません、泊めていただいて」


 男は申し訳なさそうに頭をいた。


「眠れましたか?」


 キッチンのテーブルに皿を置きながら、男を見た。


「ぐっすり眠れました。ありがとうございます」


 男が笑顔を向けた。


 ラブがオスワリをして、男を見ていた。


「……じゃ、どうも、ありがとうございました。では」


 男が腰を上げた。


「朝食、作りましたので、食べてってください」


「でも……」


「無理にとは言いませんけど」


 フォークとナイフを置いた。


「……じゃ、遠慮なく」


 男は椅子を引いた。


「はーい、ごはんですよ」


 ドッグフードとミルクを入れたラブの食器にハムを1枚入れてやった。


「よーし」


 クチャクチャ


「お名前は? 犬の」


「あ、ラブです」


「ラブか。ラブ」


 男は食事中のラブに声をかけた。


 ‥気安く呼ぶな‥


 ラブは上目で男をにらんだ。


「あ、僕はジーン・バートンです」


 軽く頭を下げた。


「私は、ミシェル・スペイセクです。どうぞ、召し上がって」


「あ、いただきます」


 ジーンがハムエッグにフォークを付けた。


「どこに行く途中だったんですか」


 トーストにマーガリンを塗りながら訊いた。


「会社から帰る途中でした。橋を右に行った〈CherryCityチェリーシティ〉という町で会社を経営しています」


 チェリーシティは、ミシェルがいつも買い物に行く町だった。


「わー、すごい」


「すごくないです。小さな会社です。仕事で帰りが遅くなって。途中でタイヤがパンクしたので、車の中で寝ようと思ったのですが、喉が渇いて。人家を探していたら、ミシェルさんの家にたどり着いたってわけです」


 ジーンは、ハムエッグを頬張りながら経緯いきさつを語った。


「水を飲んだ後に倒れたので、びっくりしました」


 コーヒーカップに口を付けた。


「ああ。ご迷惑を掛けました。毎日のように遅くまで仕事に追われて、疲れてたんだと思います」


 ジーンもコーヒーカップに口を付けた。


「大事にならなくて良かった」


「ぐっすり寝たせいです。ありがとうございます」


 ジーンが笑顔を向けた。


 ‥ったく。なんかいいムードだな。けるぜ。おい、ジーンとやら、俺のミシェルを取るなよ‥


「それじゃ、ごちそうさまでした」


「パンクしてるのに、どうやって帰るんですか」


「パンク修理キットを使います。それじゃ」


「……お気をつけて」


「はい。ありがとうございました。ラブ、バイバイ」


 ジーンが笑顔でラブを見た。


 ‥あばよ‥


 ミシェルはいつまでもジーンを見送っていた。


 ‥ミシェル、俺のこと忘れてない? いつものように話しかけてくれよ‥


「いい人で良かったね、ラブ」


 ‥チッ! あいつのことかよ。ま、悪い奴じゃなかったけどね‥




 それは、イチョウが黄色に染まる頃だった。家の前に紺色の真新しい車が停まった。


 銃を取ろうとした時だった。吠えないのを不思議に思ってラブを見ると、尻尾を振っていた。もしかしてと思い、期待を込めて窓から覗いてみると、花束を抱えたカジュアルウェアのジーンが車から降りてきた。ミシェルは急いでドアを開けた。


「先日はありがとうございました」


 ジーンが笑顔を向けた。


「こちらこそ。わざわざありがとうございます」


「これ、感謝の気持ちです」


 ジーンが真紅のバラの花束を差し出した。


「わー、きれい」


「……あのう、お水を一杯いただけませんか」


 初めて会った、あの時と同じセリフを剽軽ひょうきんなしぐさで言ったので、ミシェルは吹き出した。


「ラブ、どうする?」


 尻尾を振っているラブにうかがいを立てた。


 ‥うむ……ライバルを家に入れるのはイヤだが、ま、悪い奴じゃないから、友達としてなら歓迎してもいいんじゃない――‥


「さあ、どうぞ。コーヒーを淹れるわ」


 ‥てか、俺の意見も聞かないで家に入れてるし‥


 バタン!


 ‥エッ? 嘘っ! ねっ、俺、俺を忘れてるつうの。……トホホ‥





 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラブとミシェル 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ