第3話 お引っ越し




 家賃の安い一軒家を見つけたのは、〈MoonValleyムーンバレー〉という小さな村だった。隣家は橋を渡った川辺にある。山と川に囲まれた美しい場所だった。


 築30年の一戸建ては、内装リフォームをしているので、外観から受ける印象よりは綺麗だった。


「ラブ、ここが新しい我が家よ。どう? 気に入った?」


 ‥もう、最高っすよ! 山あり、川あり、ミシェルありで‥


 冷蔵庫やベッドなどの備品が付いているので、生活には不自由しない。


「明日は食料のまとめ買いをしないとね。小さな畑があるから、野菜の種も買おうか」


 来る途中で買った食材で夕食を作りながら、ラブに話しかけた。


 ‥いいね。自給自足ってわけだ‥




 翌日、近くの町で食料を買うついでに、求人の張り紙を探したがなかった。帰る途中で小型の銃を買った。用心のためだ。


 帰宅すると早速、シャベルで土を起こすとニンジンの種を蒔き、ジャガイモの種芋を植えた。


「どうか、実りますように」


 ミシェルはそう言いながら、如雨露じょうろで水をやった。


「ラブ、おいで」


 その辺を嗅ぎ回っているラブを呼んだ。


「畑に入っちゃ駄目よ。分かった?」


 ラブの青い首輪をつかんで畑を指した。


 ‥了解。生活のかてだろ? そのぐらい分かるさ‥


 念のために、集めた小枝で柵を作った。


 ‥トホホ。俺のこと信じてねぇな‥


「ラブ、川辺を散歩しようか?」


 ‥待ってた、ホイ‥



 昼食用のサンドイッチをバスケットに入れると、ジャケットのポケットに銃を入れ、水筒を肩にかけた。



 小鳥のさえずりと、川のせせらぎが心地よかった。川辺には草花が咲き乱れ、まさに、自然の宝庫だった。


 崖の近くまで来た時だった。所構わず嗅ぎ回っているラブを呼んだ。


「ラブ、おいで」


 ‥なんだよ。今、探検中なのに‥


「ここ、崖、危ない。分かった?」


 ‥何、片言の英語みたいに、ここ、崖、危ないって。崖は危ないから気をつけろって言いたいんだろ? 分かってるよ、ガキじゃあるまいし。人間の歳で言うと、20歳を過ぎた立派な大人だぜ。心配すんなって。ミシェルを泣かせるような真似はしねぇから、安心しな‥


「分かった? ここ、崖、危ない」


 ‥まだ、言ってるよ‥



 花の咲き乱れる川辺に腰を下ろすと、景色を満喫した。川の流れは、穏やかな音色を奏でていた。


「ラブ、キレイなとこだね」


 ‥ああ。確かに‥


「ここにずっと住みたいね? そのためにも仕事を探さないと」


 ‥すまねぇ。……俺のせいで‥


「お昼にしようか?」


 ‥待ってました‥


「はい」


 ‥うそ、ちぎってくれんの? ヤリー‥


 ガブッ


 ‥ついでにミシェルの指も舐めちゃえ‥


 ペロペロ


 ‥これが、ミシェルちゃんの指の味か……‥


「おいちかったの?」


 ‥確かにうまかったよ。けど、その赤ちゃん言葉やめてくれねぇかな。俺さ、大人のオス。立派な男。恋もすりゃ、女を好きにもなる。……分かんねぇだろな、この切ない気持ち。あらっ、ミシェル、待ってくれよ‥


「帰るわよ。ラブ、早くっ」


 ‥以心伝心いしんでんしんは無理か‥

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