第2話 バレちゃった!


 ‥冷蔵庫からハムとレタスを出しました。さて、何を作るのでしょう‥


 料理中、足元にオスワリをしてじっとして待ってるラブは、ミシェルが動くとついて来る。


 ‥おっ、今度は卵を出しました。卵料理のようです‥


 ミシェルが見下ろすと、「まーだ?」そんな顔で見上げていた。


「今、私のを作ってるの。少し分けてあげるからね」


 ‥楽しみ‥




 テーブルに自分の皿を置くと、出来上がったオムレツを少しドッグフードに混ぜた。


 ‥オムレツか。悪くないな‥


「待て」


 ラブは餌とにらめっこ。ミシェルは席に着いてフォークを持つ。


「よーし」


 食事の許可をすると、かぶりつくラブ。


 ‥うまい!‥




 ラブの寝床は、ミシェルのベッドから手が届く、チェストの上に置いたクッション。


「ラブ、おやすみ」


「……クン」



 ペット禁止のアパート事情を知ってか知らずか、この数ヶ月、ラブは一度も吠えなかった。お陰で、住人に知られずに済んだ。


 散歩の時も、ボストンバッグで持ち運んだ。


「あら、旅行?」


 と、斜向かいの奥さん、キャシーがカバンを見て聞いた時も、


「ううん。スポーツジムに通ってるから、着替えとかシャンプーとか」


 と、誤魔化した。


「それ以上スリムになってどうするの? ジムに通いたいのは私の方よ」


 でぶっちょのキャシーが腹のぜい肉をつまんだ。


 ‥うぇー、見たくねー‥


 ファスナーが少し開いたカバンの中から覗いたラブが目を逸らした。


 アパートの連中にラブを見られたらまずいので、バスで隣の町まで行く。


 カバンから覗いてるラブの鼻先をでた。


 ‥今、バスの中だろ? 分かってるよ。心配するなって、吠えねぇから‥




 空き地を見つけると解放。ストレスを発散するかのように駆け回るラブ。


 ‥ハァハァ……幸せだぜ、この走る喜び。めしの時と、この散歩の時が、俺の至福のひととき。ああ、ミシェルありがとよ! 愛してるぜ‥




 だが、それから間もなくして、とうとうラブが吠えてしまった。ドアノブを回す初めての音に。


「ウー、ワンワン!」


 途端、靴音が走り去った。


「ちょっと、何、今、犬の吠える声がしなかった?」


 キャシーの声だ。


「確かにしたわ。ミシェルの部屋からよ」


 向かいの大学生、グレースの声だ。


 ‥どうしよう……バレちゃった‥


 ラブは肩を落とした。




 ミシェルがそのことを知ったのは、会社から帰ってからだった。


 結局、アパートを出て行くしかなかった。


 ‥ミシェル、ごめんよ。俺の過失でこんなことになっちまって。悪気はなかったんだ。反射的というか、発作的というか、俺達の本能というか、……とにかく、悪かった。すまねぇ‥


「さて、どこに引っ越そうか? ペット可のアパートは家賃高いしなぁ……」


 ミシェルはため息をついた。


 ‥すまねぇ、家計のことも考えねぇで‥


「どっか、片田舎の一軒家でも借りるか。そうなると、会社も辞めないとな」


 ‥すまねぇ、そこまで深刻な問題に発展するとは思わなかった‥


「そうなると、車が必要となるな。中古を買うしかないか」


 ‥すまねぇ、余計な出費をさせちまって‥


「貯金で当座は食いつなげるとしても、何か仕事を探さないとな」


 ‥厄介をかけます‥




 中古車を買うと、ラブとの住まい探しを始めた。


 一日中、探し回ったが、家賃の安いペット可のアパートはなかった。


 結局、退職して、片田舎に行くことにした。家財道具をすべて処分すると、最低限の服と生活必需品を車に積んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る