シチュエーション大喜利2

結城 慎

死闘ッ!

 ヤツの姿を捉えた瞬間、私の身体は即座に、それこそ反射的に動いた。

 ヤツは悪! その姿を捉えたのならば滅ぼさなければならない人類の敵!

 たとえ私が世間からは鼻つまみ者と忌避されている極道の端くれだとしても、ヤツを見たのならば滅ぼさなければならないッ!

 女だてらに暴力に依るこの身は、危機的状況において反射的に正確に、敵を倒すための行動に移る。動いたのは左腕。ヤツを視界に捉えたまま、視認することなく壁に飾り掛けられている得物を掴み取り、一呼吸の間も無く鞘から抜き放った。

 すらりと伸びる刀身、背筋の冷たくような光を放つそれは、ポン刀と呼ばれる接近戦における最終兵器。会敵必殺の大和魂を誇る侍の命、日本刀だ。

 だが、抜き放ったポン刀を構えた瞬間私は悟る。この武器では私はヤツに勝てないっ! 圧倒的に不足! これでは…… この武器では勝負にもならないのだッ!


「マサ、あれを…… あれを取ってきてくれ!」


 不利を悟った私の声は、ヤツを視界の端に捉えながらも視線を彷徨わせ、隣で棒立ちになっている舎弟のマサを認めると、普段の私からはまるで想像もできない程の情けない声で懇願した。


「分かりやした、姐さん!」


 私の声を受けて力強く頷くマサの姿が、普段の10倍頼もしく見える。やもすればあのヘタレに惚れてしまいそうになるくらいだ。ダッと駆け出すマサ。背を向けいるのにヤツはマサを追おうとはしない。ジッと私の隙を伺っているようにも思える。私もまた、ヤツの行動を誘発してしまうのではないかとの恐怖に縛られ微動だにしない。

 だが、幸か不幸かそんな沈黙の時間は長くは続かなかった。数分? いや、もしかしたらわずか数十秒だったのかもしれない。ヤツは前触れもなく気配もなく、だが確実に私に向かい弾かれるように跳躍した。


「–– ッ!」


 虚を突かれた私は、声にならない声をあげて仰け反る。

 尋常ではない速度、まるで鉄砲玉のように、いや、正に鉄砲玉のようにテカテカと黒光する小さな身体で飛翔する!


「嫌ぁぁああああッ!」


 顔!

 目の前!

 ゴキブリっ!!

 悲鳴とともにブンブン振り回した日本刀は当たり前のように空を切り、そして私は重大なことに気がつく。


「うそっ…… 見失った!?」


 カサカサッ


「–– ッ!」


 カサカサッ


「–– ッ!」


 落ち着け、落ち着け私。

 聞こえるはずない、聞こえはずないんだゴキブリの足音なんて。


 カサカサカサッ

 背後ッ?!!


「嫌ぁぁああああッ!」


 恐怖とともに振り向きざま放った斬撃には確かな手応えが–– 違う、応接テーブルだ。


 カサカサカサカサッ

 嫌、右ッ?!!

 視界の端では袈裟掛けに両断された金庫の上半分がずり落ちている。

 カサカサカサカサカサカサッ

 また後ろっ?!!


「ああっ! 私のクマちゃんが!」


 なんで!

 なんでなんでなんでなんでなんでッ!?

 なんで斬れないのよお!


 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサっ!


 もーいやっ!!!


「マサ、早くきてよお!」

「姐さん、遅くなり–– ってなんじゃこの部屋!!」


 勢いよく扉を開き、驚愕の顔で固まるマサの右手には『ゴキジェノサイドα』が握られていた。

 対G決戦兵器! その余の頼もしさに私の心に勇気が戻り、闘志が宿る。

 だけどヤツに蹂躙されたこの部屋の惨状、こんな視界の悪い中の戦いでは『ゴキジェノサイドα』ではダメだ!


「マサッ、戦略兵器でヤツ等を駆逐する! バル◯ンを用意せよッ!」




 その日を境にこの組事務所では『姉さんを守る会』が結成されたのはまた別の話……

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シチュエーション大喜利2 結城 慎 @tilm

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