恐怖

1週間、私とミーシャは疲れ切っていた。ティオネル様に頼まれ、アリーシャのことも世話をしているのだが、不運の頻度が半端ではなかった。そして2人が組み合わさったときの破壊力もすごかった。4日前の入学式爆破未遂事件、2日前の反政府組織による立て籠もり未遂事件、そして今日の魔族特殊部隊によるアリーシャ暗殺未遂事件。


未遂事件と付いているが、実行されたのを力技で強引に未遂に持っていっただけだ。入学式爆破事件は式場四隅の柱に取り付けられていた爆弾を壁ごと蹴り抜いて外に出し、立て籠もり未遂事件も名乗りの途中で全て取り押さえ、魔族の特殊部隊は学院に張り巡らせた古典的な鳴子の罠に引っかかった所を素早く仕留めて埋めた。懐から光属性の魔力に反応するアミュレットが転がりでたことからアリーシャを狙った部隊だと判断したが、他にも目的を有していたとしてもおかしくはない。


「もう暴発させましょう。2人纏めて空にするぐらい。ゾンビが嫌だなんて言ってられないです」


「準備はしてあります。技神の塔の時よりも充足させた上に幅も広げてあります。下級中級上級の各種ポーションに各種食料と飲料、理論上絶対に腐敗しない栄養剤にアダマンタイト製の工具類。アンデッド最強のノーライフキングを想定して準備もしてあります」


「ありえないと言い切れないのが辛いところですね」


私も準備しておいた方が良い。


「一応、ノーライフキングは狩ったことはありますが、速攻で倒せるかと言われればキツイです。ウェイトネス、加重魔法が決まればなんとかできるんですが」


「魔法抵抗貫通スキルは持ってます。私の方でかけますから速攻で倒して下さい」


前世からお世話になった魔法抵抗貫通がこんなことで役に立つとは。


「いいですか、ノーライフキングの特徴として存在感が凄いのに、闇のオーラが低く感じられるのが特徴です。外に漏れる分も体内に圧縮して溜め込んでるみたいですから。戦闘になるとそれを開放してくる。魔抵が低いとオーラを浴びただけで即死です。ティオネル様の魔低は?」


「178」


「即死ですね。350は要ります」


「......私も即死ラインなんですけど」


「装備と補助魔法で底上げしなさい。一応レジスト・エレメンタルも有効ですから。ちなみに私は403です」


魔低350って素質によっては絶対に超えられない壁じゃないですか。というか、レベル99でステータスアップアイテムを使ってなかったらヒーローの殆どが、正確に言えば万能型の王子と後衛魔術師の騎士団長の末っ子以外即死じゃないですか。魔王以上に質の悪いアンデッドですね。


「設定上、過去に人々から裏切られた勇者パーティーの怨念の成れの果てですからね。恨み骨髄に徹するってやつです。それでも出来る限り人の来ない領域にいるのは勇者としての名残なのでしょうかね?」


「私達もそうならないように気をつけなければなりませんね。話は変わりますが、ヒーローたちは?」


そろそろ裏取りも出来ているはずと確認すればため息を付かれる。


「駄目ですね。全員、傍に2回目と思われる者が居ます。それも、あ〜、お花畑と言いますか」


「学院では見かけませんでしたが?」


「学院には通っていません。学院の外に囲っているんです。ここが激戦区になるのを知っていますから」


「変な所で頭は回っているようですね。さらに言えば保身が先に来たのでしょうね。本来のティオネル様や、他の障害にあたるキャラに勝てない可能性から逃げたのでしょう。最も、あまり意味はありませんが」


「もしかしてですが、亡くなっているのですか」


「はい、事故死か賊に襲われて。皆様対応するヒーローが落とされた後で、急に亡くなられる。ヒーローと縁のない状態だと言うのにです。他にもストーリ上、必要だったはずの方々が何人か亡くなられています」


「亡くなっていないのは必須イベントに関わる方と、戦争に必要な方ですね?」


「そのとおりです。それ以外は取り巻きの方々は生存しています。重要ではないからでしょう」


既に私が壊すまでもなく物語は壊れきっているようだ。それでも世界がティオネル様を殺そうとするのは、エンディングに辿り着いていないから。卒業までの3年、絶対に守り抜いてみせる。










学院に来てから私の不運は酷くなっている。ティオネル様、じゃなかったティオは回数が多くなったと言っている。つまり私達2人が一緒にいるから酷いことになっている。お付きのミーシャとレオも酷く疲れているように見える。それなのに文句一つ言わずに守ってくれて私のお世話までしてくれる。


この一週間で積もりに積もった罪悪感を少しでも減らすためにちょっと危険があるかもしれない対処療法に出かけることになった。冒険者ギルドに向かうときの装備を整える。とは言っても、武器も防具もすぐに壊れるから動きやすい服に所々薄い鉄板を縫い付けただけの物だ。


集合場所に向かうと私を見たミーシャとレオが目頭を押さえている。非常識な格好でごめんなさい。レオから渡された男物のローブを借りることになり馬車で移動しながらミーシャから今日の予定を伝えられる。


「レベルを上げれば身体が頑丈になります。ある程度まで鍛え上げれば初日の門が崩れてきたのも擦り傷程度ですむようになります。そのため、学院から一番近いレベル上げに適している試しの洞窟に向かいます。そこは、アンデッドが一杯の領域ですね。ほぼ無限湧きなので獲物には困りません。それと、私もレオも格闘術の造詣は深いです。仕事柄、暗器か素手での戦いになりますから。我流では限界があるでしょうから明日からみっちりと格闘術を身に着けてもらうことになります。その中でも魔闘撃はすぐにでも習得してもらいます」


「魔闘撃?聞いたことがないスキルですが」


「スキル外スキルとでも言いましょうか。スクロールで習得できないスキル、技術ですね。やることは単純、魔力を拳に込めてインパクトの瞬間に炸裂。これで物理無効のゴースト系も殴れます。慣れると属性も付与可能です。さらに極めれば全身のどこにでも魔力を集中、炸裂することが出来る様になり、短時間なら空を駆けることすら可能になります。私も30秒程度なら空中戦も可能ですが、ここまでやれるようにとは言いません」


そんなに有能な技術があまり知られていないということは、それだけ難易度の高い技なのだろう。私にそれが出来るか分からない。でも、諦めるつもりはない。諦めて見捨てられたら私は立ち上がれないと思うから。軽く握った拳に魔力を集めてみる。


「へぇ、今の説明だけで基礎部分が出来ていますね。それで殴るだけでもゴースト系の物理無効をすり抜けて殴れます」


そこから炸裂を試してみたけど、そちらは上手く行かず、すぅっと抜けていく感じで威力はない。


「さすがに練習もせずに炸裂までされては結構な努力を積んだ私が折れます」


馬車が目的地にたどり着くまで魔闘撃の練習をミーシャに見てもらい、拳に魔力を込めるのだけは実践レベルのお墨付きを貰えた。それでも絶対に前には出るなと注意された。適正レベルを大きく上回っていて危険だそうです。危険は出来る限りレオが排除してくれるそうだけど、私達二人で何が起こるかわからないから絶対にミーシャの傍から離れないことを約束させられた。


そして到着した洞窟を前に及び腰になってしまう。見るからに危険な瘴気っぽいものが見えている。ティオも半泣き状態で一歩引いている。絶対に私達の所為で大変なことが起こっている。


「ミーシャ、二人を任せます。パーティー申請を」


「ティオネル様、アリーシャ様、パーティー申請の受諾を」


ミーシャの言葉に従ってパーティー申請を受諾する。これで一定距離内で倒した魔物の経験値が等分で配当される。


「それではミーシャ、あとから付いてきて下さい」


レオがそれだけを告げると次の瞬間には見えなくなってしまった。そしてすぐに目の前の洞窟から溢れる瘴気が少しずつだが減っていっているのに気が付く。


「今のが魔闘撃の応用ですね。足から炸裂させ、そのまま推進力として突進する技です。戦闘メイドクラスになると必須技術です。熟練するほどに距離が短くなるのが特徴です」


「短くなるのですか?長くなるのではなく?」


「全力でジャンプして、速さはそのままで距離を短くする。言葉からでも難しいのが分かると思います。接近戦の最中に3mも離れるとただの仕切り直しですからね。10cm、もっと言えば5cm単位で刻めるほうが重要です。ちなみにこの国最強のナール子爵は500m内なら全方向に1mm単位の精度で跳べます。普通の人間じゃないですね。何より、前方に走っている状態から同じモーションで後ろに跳んで錯覚を起こすことで相手を硬直させ、再び突っ込んで首を刈り取るなんてことも平然と出来る猛者です」


そんなことを説明されてからゆっくりと洞窟内に入っていく。ティオが灯りの魔法を使い、ミーシャが指弾で取りこぼしのゾンビを撃ち殺していく。いずれ必要になるからと私も練習させられながらゆっくりと進んでいく。そして、少し大きめの広間に出た所で急に現れたそれを見た瞬間、意識が暗転した。


次に意識が戻った時、ひどい頭痛と共に吐き気や息苦しさを感じた。誰かが背中を擦ってくれていて、しばらくして落ち着いた所で顔を上げるとミーシャが厳しい表情で私の顔を覗き込んでいた。


「指が何本立っているか分かりますか」


何を言っているか理解できなかったけど、そのまま答える。


「三本」


「なんとか無事のようですね。念の為にポーションを飲んでおいて下さい」


訳も分からず渡されたポーションを飲み、そこでようやくミーシャのメイド服の右脇腹部分が破れて、血が流れているのに気がつく。


「ミーシャ、それ!!」


「怪我ならもう塞いであります。ちょっと速攻で仕留める必要があったので防御を捨てただけです。レオの馬鹿は後でとっちめます。ノーライフキングを逃すなんて大失敗を仕出かすなんて」


後半は聞き取れなかったけど、レオへの恨み言だと思う。それからティオは気絶しているのか、バッグを枕に毛布の上に寝かされていた。


「あの、一体何があったんですか?」


「……ここまで来ると話すしかありませんね。アリーシャ様とティオネル様の不運は魔力のように増減します。限界量を超えると、それが自然と周囲へと被害を出します。そのため、こうやって一気に消耗させれば少しの間は不運に襲われなくなります。それはティオネル様で実証済みです。なのでこうやって、ダンジョンに連れてきて不安にさせれば低い可能性を実現させる形で不運が消費されるのです。今回はアンデッドのノーライフキングを呼び出したのですが、レオが狩り損ねたのが転移してきたようですね。これの瘴気にやられて二人共心臓がとまっていたのです」


何を言っているのか理解できなかった。


「わかりやすく説明すると、お年寄りの背後で大きな音を立ててびっくりさせて死んじゃうのと似たような現象です。なので速攻で倒して蘇生処置を施しました。ティオネル様はすぐに戻ってきてくれましたが、アリーシャ様は中々お戻りにならないので焦りましたが」


まさか、この体の不調は。可能性というか、事実を知って胃の奥からこみ上げてくるものがあった。


「気分が悪くなってきた」


「そうでしょうね。レオが戻り次第引き上げましょう。料理長が新作のスイーツを作ってくれていますから。それにしても遅いですね。いえ、レオが遅い?あのレオが?瘴気は、感じない。気配は、ある。なのに動かない。まずいかもしれませんね。移動します。ゆっくりで構いません」


話しながらもマジックバッグから取り出した黒い綱でティオを自分の体に固定してミーシャが洞窟の奥へと足を向ける。今まで見かけていたゾンビすら居なくなり、足元にだけ注意して奥まで進む。だんだんと蒸し暑くなっていき、今まで以上に足場が悪く、壁や天井の一部が抉れて崩れている広場にレオが壁に体を預けていた。


「ああ、すみませんが治療を手伝ってもらえますか。色々と大変で」


右腕は肩から、左腕は肘から先が千切れ、右足は変な方向に曲がり、両目には斬られた後があり、執事服はただの赤黒い襤褸になっていた。それでも慌てることなく落ち着いた様子で手当を頼んでいる。私が唖然とするなか、ミーシャは普通にティオを下ろしてレオに近づく。


「呪染が酷いですね、聖水で洗い流します。何がありました」


「ノーライフキングが5体、タンク、物理アタッカー、魔術アタッカー、プリースト、ロード型とでも呼べば良いのかバランスの良いチームでした。最後の最後で魔術アタッカーがプリーストを転移で逃して自爆しました。おかげで辛うじて繋がっていた腕をもがれまして。マジックバッグもどこへ飛ばされたのか」


ミーシャがマジックバッグから次々と瓶を取り出して中身をレオにふりかけていく。足りないのか小樽を取り出してそれもひっくり返して中身を振りかける。それから再度取り出した瓶を振りかければ千切れた腕が生えてくる。目も何もなかったかのようにキレイに治り、最後にレオは反対側の壁際に落ちていたマジックバッグから着替えを取り出して一瞬にして何時もの姿に戻った。


「まずはお詫びを。私の失態で危険に晒してしまったようで、申し訳ございません。これからの働きで返していく所存であります」


今の今まで死にかけていたはずなのに、自分の失敗を謝罪する姿に恐怖した。それを当然のように思っているミーシャにも驚く。急に目の前にいる二人のことが分からなくなった。この二人は本当に私と同じ人間なのか分からなくなった。庶民である私と公爵家のティオとの間よりも、ずっと大きな間が空いているように感じた。

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この碌でもない世界に禍いあれ ユキアン @yukian0618

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