主人公

ピンクの花弁を咲き誇らせる街路樹のアーチを潜り、大きな門の前にたどり着く。とはいえ、馬車での移動なので窓からちょっと見える程度だ。ここで3年間過ごすことになる。不安が大きいけど、それでも今までよりは前向きにやってみようと思える。


そして馬車が門を潜る途中、急にミーシャに引っ張り出される形で馬車から飛び出す。レオナルドも一足先に飛び出し、私と同じような新入生の女の子を抱きかかえて走り去る。次の瞬間、崩れた門の一部が馬車と馬を押しつぶす。門を潜ろうとしていたのは私達とレオナルドが抱きかかえている新入生だけで門番の人たちも外側に立っていたので無事なようだ。


「そんなバカな、今までより範囲が広がっている」


ミーシャが驚いているが、ワイバーンの群れにも襲われたことがあるので範囲が広いとは感じられない。レオナルドはレオナルドで助けた新入生の顔を見て驚いている。ミーシャも新入生の顔を見て完全に混乱している。


考え込む暇も落ち着く暇もなく、教員と思われる方々に貴賓室に案内される。レオナルドに助けられた新入生は別室に案内されそうになっていたが、レオナルドが少し話し込めば同じ部屋に通された。平民だからと同席を拒否しているけど、命の危機にあったばかりで精神が落ち着いていないのが手に取るように分かる。好きじゃないけど座るように命じてやっと対面のソファーに座る。ミーシャがお茶を入れてくれたのでそれを一口含んで、ようやく私自身も落ち着く。


「お互い不運でしたね。お怪我はありませんか」


「は、はい、大丈夫です。そちらの執事の方に助けていただいて、ありがとうございます」


「それは良かったわ。私はティオネル・ヨーツンヘイム。貴女の名前を聞いても」


「ヨーツンヘイム、それって公爵家じゃ、すみません、私はアリーシャ・ベルネと申します。冒険者ギルドの方で光属性魔法の適正があると言われて特別枠で入学することになりました」


「冒険者ギルド?」


「ティオネル様、平民にスキル・スクロールを使う余裕はありません。大抵は大きな街の冒険者ギルドに一つあるスキル・クリスタルを使用することになります。それも使用するにはそこそこの費用がかかります。これを使用した際に、希少で魔族に有用な光属性魔法の適性が確認されると強制的に学院に入学することになります」


レオナルドの説明で納得する。だが気になるのは別の部分だ。


「冒険者ギルドは年齢制限があったはずでは?」


「冒険者ギルドに限らずギルドは基本的に年齢制限があります。所属できない、一定以上のランクに上がれないなどですね。それでも12歳から討伐系も受けれるはずですから、多少の経験はあるでしょう」


レオナルドの説明にベルネが少し落ち込んだように感じる。


「何かお気に触ることがありましたか?」


「いえ、その、ごめんなさい!!」


いきなり謝られてしまっても、何が何やら分からない。


「事情を話してくれないかしら。いきなり謝られても分からないわ」


「その、さっきの門が崩れたのは、私の所為なんです!!」


意味がわからない。自分の身を危険にさらしてまで私を狙うというのなら、昔やられたことのある爆弾を抱えて馬車に飛び込むほうが確実だ。いや、もしかするとだ、ありえないはずだが、一つだけ可能性がある。まさか彼女も


「あの、私、5年ほど前からすごく運が悪いんです」


ああ、やはりそうなのか。


「周りの人にも怪我を負わせちゃったりしてて、家族からも怯えられて、冒険者ギルドに所属して簡単な討伐を受けたら数が多かったり、群れのボスが普通のより強かったり、武器はすぐ壊れるから素手で戦って、怪我は前提だから回復魔法と、食べ物も悪いことが多いから解毒も」


不運による命の危機は低くても同じだ。私と同じ、不運に振り回されて苦しんでいる。


「だから、あの、巻き込んで、ごめんなさい!!」


最後の方は涙目で、自分が何を言いたいのかもわからないぐらいに慌てて、それでも謝罪をする彼女を見て、私と同じように見えて私より立派な彼女を羨ましく思い、ソファーから立ち上がり、隣りに座って彼女の両手を取る。


「私の方こそごめんなさい。きっと貴女は巻き込まれた側だわ」


「……何を仰るのですか?」


「私もね、運が悪いの。周りに被害が及ぶことは少ないけど、命の危機に遭うことは多いの。シャンデリアが降ってきたりね。ミーシャが居なければもうこの世には居ないはず。だから貴女は悪くないわ」


握ってみて分かった。私とは違って固く分厚い皮に覆われた手だ。細かい怪我以外に指の形も歪んでいる。ナール子爵のように何度も骨を折って、治療が遅れたりして歪んでしまったのだろう。私とは全く違う、運に抗おうとしてきた手だ。


「私と違って、貴女は抗ってきた。私は諦めてしまった。私は貴女のことを尊敬します」


その言葉にベルネはとうとう涙をこぼす。私はそんな彼女を優しく抱きしめる。一人で抗い続けた彼女に敬意を評して。








あの後、学院側からの謝罪を受け入れ、ティオネル様の引っ越しを終わらせてから、2回目の私でもあるアリーシャとの夕食を終えられたティオネル様は早々に床につかれた。レオナルドはアリーシャを部屋まで送り届けるために時間が空いたので従者用の部屋で今後の計画を立てる。


「まさか主人公まで世界から命を狙われているとは思ってもみませんでした」


言葉に出してみて違和感を感じた。落ち着くためにハーブティーを入れる。お湯を沸かしている間に違和感に気が付く。


「きついけど経験になっている。それも聖女としての最適解に」


主人公のビルドは多岐に渡る。その中で全攻略対象の攻略をこなすことができるのがグラップラーシスター。世界が運命づけているのだろうか?今回の件はティオネル様との相乗で起こった?では、ティオネル様にも何らかの役割が残っている?戻ってきたレオナルドに相談してみる。少し考えた後にレオナルドの考察を出す。


「アリーシャに関しては可能性としてはあります。ですがティオネル様に関してはなんとも言えません。それよりも門の県のほうが重大です。ティオネル様の命に関わる不運とアリーシャの周囲にも被害を及ぼす、その2つが合わさった形のはずですが、何が原因か分かっていません。ティオネル様はアリーシャと縁をつないでしまいました。これがどう影響するかの確認もありますが、一つ疑問に思ったことがあります」


「疑問ですか?」


「我々は3度目です。彼女は2度目でした。他にもいるのでは?」


そう言われて気付いた。主人公と悪役令嬢がいらないと認識される状態、攻略失敗によるノーマルエンドが確定した状態。アリーシャの場合はまだ戦力として必要だからこその危険度の低さ。全てが繋がった気がする。


「入学から一週間、ティオネル様とアリーシャの安全を確保しながら配下に調べさせます。その後、我々がどうするかを再び話し合いましょう。アリーシャはもしかすれば十分な力があれば世界からの補正を受けなくなるかもしれません」


必要だから生かされていると考えるべきなのでしょう。


「場合によってはアリーシャを鍛え上げます。技神の塔は学院から日帰りは無理なので別の経験値稼ぎをやる必要がありますが」


学院の近くになると、最初の稼ぎ場の強欲の洞窟のゾンビの無限狩りになるはずだ。出来れば御免被りたい。


「ゾンビ狩りは私がやりますのでその間のティオネル様の護衛はおまかせします。とはいえ、まだ先の話でしょう」


「そうですね。その時はよろしくおねがいします」


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