主従
不慣れだった私を助けてくれ、最後には尊厳も守ってくれた。私を殺すという辛い役目を負わせてしまった。その恩を返すために、贖罪のために私はここにいる。初心を忘れない。私が恩を返しきったと、贖罪が終わったと思うその日まで私はティオネル様の傍に仕える。それだけだ。そう、私の一時の感情など意味はない。
そう自分に言い聞かせるのに集中していたために反応に遅れた。額に痛みが走り、身体が吹き飛ぶんで壁に叩きつけられる。
「はぁ〜、何を迷走した挙げ句に間違った道を選んでるんですかミーシャ」
いつの間にかレオナルドが部屋に入ってきていた。そしておそらくだけどデコピンを食らった。身体に力が入らないのは脳が揺らされたからだ。レオナルドが私に近づいてきて猿轡を噛まして逃げられないように縛り上げ、ティオネル様のベッドに投げられる。腹が立つ事に痛くないように無駄に洗練された技術で投げられた。
「お嬢様、彼女は寂しがりな猫と一緒です。逃げれないようにして徹底的に可愛がってやって下さい。可愛がらないのなら二度と距離を詰めさせないつもりですよ。変な方向に覚悟を決めてますから。それではごゆっくり」
くっ、縄抜けができない。引きちぎろうにも芯にアダマンタイトを使っているのか表面しかちぎれない。いつもなら余裕だけど、脳を揺らされたのが思ったよりも効いている。そんな風に苦戦しているうちにティオネル様が馬乗りになる。
「ミーシャ、レオナルドの言った意味を私は全部を理解することはできないわ。だけど、私への仕え方を変えようとしているのだけは分かった。目をそらさないでミーシャ」
強引に顔を固定されて目を合わせられる。ここまでアグレッシブだったとは、いえ、2回目のティオネル様はアグレッシブの塊でしたね。根は一緒なのですね。
「……ミーシャ、嘘をついていたのね。貴女の目には私が写っていない。私を通して後ろに見える誰かを見ている」
鉄面皮スキルのおかげで顔には出さなかったけどドキッとした。
「ミーシャ、私は貴女に何度も命を救ってもらいました。そんな貴女の全てを受け入れたいと思う私の気持ち、貴女には分かりませんか」
猿轡をされている以上答えられない。答えられないにも関わらず私の胸の内を覗くかのようにティオネル様が言葉をつなげる。
「私の気持ちは分かる。だけど、信じてもらえないと思っている。何を隠しているの、3回目?」
本当に覗かれている!?馬鹿な、他人の心を暴くなんて魔法やスキルには存在しない。何が起こっているの!?いや、後回し、これ以上は読まれては駄目!!ブリッジでティオネル様を浮かし、すばやく転がってベッドから落ちる。
「……ミーシャが見ているのは1回目か2回目の私なのね。私が知らないのも当然ですね。今とは違う、自信に満ち溢れた私が、貴女を救ったのね。だからなのね」
ティオネル様が悲しそうな顔でこちらを見てくる。ええぃ、レオに乗せられている気はしますがここで黙っている訳にはいかない。全力の身体強化を施して猿轡を噛みちぎる。ちょっと口の中を切る羽目になったけどヒールに加えて状態異常回復も使って脳を揺らされた分も回復させる。それから身体強化を全身に回し縄とアダマンタイトを引きちぎってティオネル様に向き直り、先ほどとは逆で私が強引に顔を固定されて視線を合わせる。
「言葉では伝えられないこともあります。だから、見て下さい」
私がティオネル様をどう思っているのかだけを考える。ちゃんと読めたのか、ティオネル様がぼろぼろと涙をこぼすのでそっと抱きしめる。それからちゃんと言葉に出す。
「確かに最初は2回目と重ねていました。ですが、今は違います。私は友にはなれたかもしれません。ですが、それだけでした。友としては格別とも言える対応をしていただき、私の親友共々大変お世話になりました。最後の最後までずっと」
今でも親友はあの娘だけ。あの娘だけが特別だった。
「でも貴女は違う。2回目とは似ても似つかない。でも、心根は同じだった。誰かのために自分を殺してしまう、不器用な優しさを持っている。そのうえで、私は、家族のように上げたいと思った。そう思えたのは貴女だけなのですよ」
3回の人生でそう思えたのは本当にティオネル様だけなのですよ。そのためなら主人公を、過去の自分でもあった可能性を殺しても良い。それだけの覚悟がある。
「改めて誓います。私はティオネル様の傍にずっといます。家族のように貴女をお守りします。身体も、その心も。まあ、誰か素敵な男性を見つけるまででしょうが」
「改めて誓います。私はティオネル様の傍にずっといます。家族のように貴女をお守りします。身体も、その心も。まあ、誰か素敵な男性を見つけるまででしょうが」
最後だけは茶目っ気を出してミーシャが答える。レオナルドの言う距離はきっと詰めれたと思う。
「見つかると思います?」
「すぐには無理でしょうが、学院を卒業した後なら見つかると思いますよ」
「つまり、巷で言う灰色の青春を過ごせと?」
そう尋ねればミーシャが顔を背ける。
「ダイジョウブデスヨー、イセイダケガセイシュンジャナイデスヨー」
片言でそんな事を言うが分かっている。2回目はその灰色の青春を突き進んでいたのを、そして1回目も灰色どころか黒い青春を送っていたのを。全てが見れたわけじゃない。だけど、色々と見てしまった。彼女が本当はか弱いんだってことを。本来は守られる側なんだって。
私がどれだけできるか分からない。だけど、私なりにミーシャを守ってみせる。主として、そして家族として。
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