メイド
ティオネル様が就寝され、使用人達の待機部屋に戻ってくるとレオが他の使用人たちに指示を出している。
「レオさん、シャンデリアの点検終わりました」
「では屋敷の東側の庭の花壇の点検を。この時期なら毒の花粉を飛ばす花が生える可能性があります。双葉ではなく三つ葉なので分かりやすいのでそれの処理を。凍らせて砕いてください」
「レオさん、銀食器の手入れが終わりました。確認をお願いします」
「問題ないように見えますが、銀に反応しない毒ですね。問題がないのは分かっています。ですが申し訳ありませんが拘束させていただきます。外部からの侵入を調べますので大人しくしていて下さい。手入れ用の道具を仕入れた業者を調べなさい。まあ、何も知らないでしょうが」
「何処まで追いますか」
「納品した業者までで良いです。ただし、派手に調べなさい。それだけでこちらの意図は向こうに伝わります」
「向こう、ですか?」
「実行犯ですよ。見逃してやったんだと宣伝してやるのですよ。これで次からそいつは依頼を受けませんし、一流所もです。二流以下なら屋敷の警備で十分です」
「分かりました。手配します」
「レオさん、ナール子爵様からスキル・スクロールが大量に送られてきました」
「では、使用人一同はそれを使用して下さい。自分に必要だと思うスキルを取得するように。ナール子爵様からのご厚意です」
レオがヨーツンヘイム公爵家に来て2週間、使用人達の取りまとめ役みたいな地位に伸し上がっていた。執事としては二流かもしれないけど、人を使うのがとにかく上手い。ティオネル様の護衛に必要ということで人員の配置を少し弄っただけで効率が上がったと使用人全員が体感できる位だ。
その実績を盾に人員配置以外にも手を出し、ナール子爵の名を使って集めた人員を追加投入することでティオネル様の不運が発生する確率を潰している。それと並行して大爆発させる計画も同時に進行させた。
見慣れないウルフ系が出没している森に、領民の安全を守るために精鋭を送って調査する。それに隠れるようにティオネル様と私達が参加し、不運を大爆発させて小康状態にする。そのための護衛として一流のシールド使いを6人集めた。ティオネル様を中心に4人で四方にシールドを張り、残りの2人がフォローに回る。その間に私達が殲滅に回る。同じような運用方法で貴族の子弟を育てる実績も信頼もあるプロ集団だ。その分、お値段も凄いのだが先日のワイバーンでお釣りが来る。それも二日前に終わり、半年前のように不運が落ち着いている。その結果を持って更に屋敷中から気に入られてしまった。
「複雑ですか、ミーシャ」
いつの間にか家宰であり男爵位を持つロイド様が傍に立っていた。
「ロイド様、いいえ、私自身の負担も減りましたから」
私の言葉を無視するように続ける。
「当ててみましょうか?自分よりも出来る相手がやってきて嫉妬しているのですよ」
嫉妬、しているのだろうか。複雑なのは認める。だけど嫉妬かどうかは首をかしげる。
「貴女はよくやってくれています。貴女がティオネル様の傍付きになるまで命がけの職でしたから。ヨーツンヘイム家に恩がある者でも喜んで付く者が居ない状況です。付いても怯えた状態で、それでも事が起これば命がけでティオネル様をお守りしていました。それは守る側もですが、守られる側も傷つける状況です」
そうでしょうね。私が3度目でティオネル様に初めてお会いした時、ほとんど人形だった。貴族として自殺は出来ない。でも常に命の危機にさらされ、貴族の伝統と矜持が身を護る手間を増やし、見知った相手が死ぬか重症を負うのを見せられ続ける。心を病んでも仕方ない。
だから全て壊した。貴族の伝統と矜持は屁理屈で回避し、降りかかる火の粉を実力で払い除け、ずっと傍に居続けた。ああ、そうか。私はティオネル様を守れるのは私だけだと思いこんで、それにプライドを持っていたのか。
「その顔は気づいた顔ですね。そのプライドをいつまでも保って下さい」
「えっ?」
「レオはあくまでも本来の主であるナール子爵の執事です。心からティオネル様をお守りしているわけではありません。それは、普通のことです。私もそうです。公爵様かティオネル様なら公爵様を選びます。レオも仕事だからティオネル様をお守りするでしょう。ナール子爵が守られるような状況に陥るとは思えませんから」
事情を知らないとそう見えるのは分かっているが、なんか不思議だ。
「お嬢様を真に守ろうとするのは貴女だけです、ミーシャ。そのことを受け止めなさい。最後の防波堤は必ず貴女になる。どうしてティオネル様を守ろうとするのかは私にも分かりません。ですが、心から守りたいと思っているのは伝わります。ですからティオネル様も使用人としての腕も戦闘力もレオに負けていても傍から離そうとしませんし、レオもそれが分かっているので一歩離れて周囲に目を向けているのです」
確かに初日以外でレオがティオネル様の元に近づくことはなかった。業務的なことも私と一緒にか、委任していた。
「私からは以上です。初心を忘れぬように」
レオナルド・シュピーゲルが私付きの執事になってしばらくしてミーシャが落ち込んでいた。理由は分からないでもない。レオナルド・シュピーゲルの実力は殆どのことにおいてミーシャを上回る。ミーシャが上回っているのも私に関しての物だけだ。お茶やお菓子の好み、生活習慣やちょっとした癖、そういうことでしか上回れない。そしてそれは今後上回られる可能性が高い。
その不安がにじみ出ている。本人は隠しきれていると思っているようだけど、他にも気付いている者は少なからずいる。父もそうだろうけど、家宰のロイドにメイド長のポーラ、そしてレオナルドも気付いている。だからレオナルドは私に近づかない。おそらくだけど、お茶なんかも私の好みから一歩外れたものしか出さないはずだ。
他人の一番を奪うつもりはない。逆に言えば、一番に手を出せば許さないということでもある。何が一番なのかは分からないけど、間違いないだろう。
「ミーシャにも可愛い部分があったのね」
必死に縄張りを守ろうとする子犬のように見える。ミーシャが傍付きになってから初めて見る弱い部分だった。それを嬉しく思うのと同時に心苦しかった。それだけ私のことを思ってくれているのが分かるのと同時に、やはり何も返せるものがないことが心苦しい。そんなことを考えているとミーシャがお茶を持って戻ってきた。
「……」
一口飲んで、いつもよりぬるいことに気づく。動揺した訳ではないと思う。なら、迷ったのだと思う。変わる切っ掛けは既にナール子爵に頂いた。変わる時が来たと言うのだろう。学院に通うその前の練習だと思って、一歩踏み出してみよう。
「ミーシャ、貴女が私に仕えてくれるようになってもうすぐ5年になるわね」
「はい。そうですね」
「私が、今のように過ごせているのは貴女のおかげよ。でも」
緊張するけど、それでも一歩を踏み出さなければならない。
「私は貴女に何を返せばいいの!!」
勢いをつけすぎて叫んでしまったけど、ここまでやってしまえば踏ん切りが着く。
「ティオネル様」
「私は貴女に色々なものをもらっただけど何も返すことが出来ていないそれがずっと苦しいの御礼の言葉だけじゃ足りない私が渡せるものならなんだって渡したいだけど貴女は何かを欲しがることもない教えて私は貴女に何を返せばいいの!!」
一気に捲し立てた所為で苦しい。けれど私の本気具合も分かったはずだ。
「……ティオネル様、貴女が知らないだけで私は多くの物を貰い、守ってもらいました。むしろ私の方が貰い過ぎなのです。それをお返しするためにお仕えしているのです」
「でもそれを私は知らない。知らないことで恩を受けたと言われても」
「なら、1つだけお願いが」
「私に出来ることなら」
「貴女は貴女のままで居て下さい」
何を言われたのかよく分からなかった。
「どういう意味?」
「そのままの意味です。学院に入学すれば、今までよりも辛い目に会うと思います。いえ、会います。それらによって心を歪めないで下さい。学院での過ごし方が、そのまま人生の過ごし方に繋がると言っても過言ではありません。学院で得た友はそのまま生涯の友になります。それだけ学院での生活は大きいのです。それは良い面もあれば悪い面もあります」
「それが心を歪める」
「影響力が大きいだけでなく、人生において一番多感な時期でもあります。親友ができるのも恋に落ちるのも悪に染まるのもこの時期が一番多いのです」
ミーシャはそう言うけど、あまり想像できない。親友と呼べる人と笑い合うことも、素敵な男性に恋い焦がれることも、悪に染まり好き勝手にすることも、それら全てを不運が押し流す。
「私は絶対に何があろうとティオネル様の味方です。変わって欲しいとは思いません。ですが、そのために閉じ込めるつもりもありません。ティオネル様には自由で居て貰いたい。貴女が示す心のままに。私はそれに救われ、守られたのですから。だから、貴女が貴女でいられるように私を好きにお使いください。それが私の望みです」
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