執事



「及第点と言った所でしょう。もし女性であれば上級侍女は無理でも戦闘メイドとしてなら問題ないでしょう。今回、ティオネル様の傍付き執事として求められるのは戦闘力、そして公爵からの信用です。そのどちらもレオはクリアしていますし、使用人として最低限のラインも抑えました。あとは実務経験を重ねていき、主人に合わせていくことになります。ご主人様のように傍に着かれるのを嫌う主人もいればその逆もしかり、お茶の好みや生活習慣も千差万別です。それらを合わせ主人に快適に過ごしてもらう。それが我々の生き方です」


「ありがとうございます、リチャード様」


この半年、レオに私の執事としての心得や技術は全て叩き込んだ。飲み込みの速さに何度も驚かされ、身分や役割のことさえなければ後継として育て上げたいとすら思ってしまった。もし、レオを、ご主人様を本気にさせるお相手がいれば、栄光と繁栄は約束されたも同然ですな。


ご主人様は世間では戦闘力だけの野蛮人などと呼ばれておりますが、代々王家の影としてその時々の重要な者や家の監視、場合によっては暗殺や王家に連なる者の処理を担ってきたハドソン家の資料の中でも逸材と断言できる。


容姿、家柄、戦力、資産、貴族外のコネクション、そして貴族の恥部をこれでもかと収めた閻魔帳。預けられたそれには我がハドソン家に関することも記されていた。何より付箋が貼られたページには私が隠している快楽殺人者のことがしっかりと書き記されていた。


その上で一言、露見するようなヘマは踏むなとスキル・スクロールと取るべきスキルの一覧を渡された。主としての器が違うと、自然と頭を垂れた。絶対に敵わないと、格付けが一瞬で終わった。そして本当にご主人様は何も言われない。殺す相手を厳選しているのもあるが、ヘマを踏んでいないのが大きい。


ナール子爵家の使用人は全員が脛に傷を抱えている。私のような快楽殺人者の家宰もいれば二重人格の料理長、耳が聞こえない元奴隷闘士のメイド、女と派手な関係から喉を潰された元吟遊詩人の庭師、騎士団で揉め事を起こし不名誉除隊させられた門番など様々だ。そしてご主人様に厳選され3割にまで減った。ナールの名を汚したとして秘密裏に処理された者も多い。私もそのお手伝いを少しばかりさせていただいた。


ナールという家名は、遠い海の向こうの国の言葉で愚者だと言う。この愚者を取り間違えたものが処理された。言葉ではなくタロットとしての愚者には様々な意味や象徴、属性が存在する。


正位置なら、自由、型にはまらない、無邪気、純粋、天真爛漫、可能性、発想力、天才。逆位置なら、軽率、わがまま、落ちこぼれ、ネガティブ、イライラ、焦り、意気消沈、注意欠陥多動性。


そういう者たちが集められ、許されたと勘違いした者は処理された。タロットの意味ではなく絵柄自体の旅人、その中で道も目的も分かっている者には紹介状が渡された。残されたのは道が分からない旅人と目的地が分からない旅人、ただ彷徨っている者がこの屋敷に残された。その彷徨う旅人が見失ったものを探し出すまでの仮の住処としてナール子爵家は存在している。むろん、主であるナール子爵も彷徨う旅人だ。


「では、これで研修は終了とします。ご主人様、ヨーツンヘイム公爵より今後の予定が届いております。また、傍付きのミーシャからも手紙が届いております」


執事としての凛々しい顔つきから、いつもの気の抜けた顔つきに戻るご主人様に内心で苦笑する。ご主人様は役者でも食べていけるだろうと思う。先に傍付きのミーシャの手紙に目を通す。


「目に見えて負担が大きくなってきたか。半年のサイクルと見て、いや、過剰供給分だと考えれば、試してみる必要があるな。ミーシャの意見も聞く必要があるか。ミスリル杭はラドの元から戻ってきていたな?」


「はい。それとは別に持ち帰られたアダマンタイトから改良した登攀用の杭も収められています。それと鍋もですね。扱いにくいようですが、煮込みに便利だとラッセルから報告が上がっています」


「ああ、最近スープが美味いと思えばその所為か。まあ売れないだろうな」


「フライパンなら下級魔法相手なら打ち散らせるそうです。小鍋をバックラー代わりにしますか?」


「周りからの非難が酷いだろうな。何時も通り外には出すな」


「もちろんです」


続いて公爵からの手紙に目を通す。


「ふむ、慣れるために入学前から傍に仕えて欲しいか。執事教育は問題ないのだな」


「はい。先ほど説明したとおり、後は経験が物をいう段階です。学院での事を考えますと遅いぐらいですが、基本のお世話はミーシャに任せる形で護衛に専念するなら許容範囲でしょう」


「なるほど。では、私はレオナルド・シュピーゲルとして屋敷を空ける。たまには戻るが、基本の管理は任せる」


「お任せを」


「任せる。いつも言っているが、羽目を外すのは良いがヘマをするなよ。私は道具の準備をしてくる」










「本当に面倒な事になりました、ね!!」


落ちていた拳大の石を握りつぶして作った礫を指弾で飛ばしワイバーンの目を潰して落としていく。技神の塔から暫くの間、ティオネル様の不運がちょっとしたことだけでヨーツンヘイム公爵は油断していた。そろそろ不味いからティオネル様を連れ出すのは止めて欲しいと進言はしたのだが、押し切られた結果、夜会に向かう途中、活動時間的にギリギリにも関わらずワイバーンの群れに襲われている。


街道のど真ん中で襲われてしまったために馬車が逃げる場所がない。そもそも馬車を曳く馬が興奮しているため走らせるのも危険だ。ワイバーンの群れがこれ以上増えないのならどうとでも出来るのだけれど、予想が正しいなら絶対に増えるはず。


とりあえず早急に片付けて流れを見るしかない。足元に落ちている石を使い切ればストーンアローを出してそれを砕いて弾を補充する。第1陣を全て叩き落とした頃にはお代わりが見えてきた。


同じ規模の群れが3方向から向かってきている。一度に捌けるのは2つの群れまでだ。広域殲滅が必要になるとは考えていませんでしたから手がないんですねよ。最悪、使用人たちに結構な被害が出るのを覚悟するしかないかと考えた所で、群れの1つの1頭が翼をもがれて地面へと落ちていく。更に次々と落とされていき、その実行犯が遠目に見えてきた。


馬が魔獣化したバトルホース系、その中でも最上位級のスタリオンに騎乗した見覚えがないけれどその正体が丸わかりな青年が私と同じように指弾で撃ち落としたようだ。そのままもう1つの群れへとスタリオンを向けたことで意図は伝わる。残った1つの群れを機械的に処理する。


あっと言う間にワイバーンの群れは無力化され、スタリオンに騎乗した青年がこちらの馬車に向かってくる。ヨーツンヘイム家の馬達は完全に平伏してしまっている。格の差が違いすぎるから仕方ないとしか言えない。


その青年がスタリオンから降り、敵意がないと見せるために両手を上げて近づいてくる。使用人や護衛達が武器を構えているけど、二重の意味で無駄だから降ろさせる。私は正体に気づいているけど、周りにも分からせるために場を仕切る。


「救援いただきありがとうございます。私はヨーツンヘイム公爵家に仕える戦闘メイド、ミーシャと申します。お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


改めて装備を確認してみれば、ミスリル糸を使用した服にドラゴン系の皮に金属パーツで補強したブーツ、腰にはポーチ型のマジックバッグと旅装に扮した戦闘用の装備だった。


「ご無事だったようでほっとしました。僕はレオナルド・シュピーゲルと言います。ナール子爵様よりヨーツンヘイム公爵家令嬢、ティオネル様にお仕えするようにと派遣されました。推薦状を預かってきています。ご確認いただけますでしょうか」


腰のマジックバッグから羊皮紙を取り出して、一番近くの使用人に手渡す。受け取った使用人が馬車に近づいてくる。馬車に籠もっているヨーツンヘイム公爵に渡す前にキュア・ポイズンを使用してから窓を少しだけ開いて手渡す。しばらくした後、公爵が馬車から降りてくる。


「私がヨーツンヘイム公爵家当主デニスだ。ナール子爵とは事前に話は付いているが、変更はないのだね」


「お初にお目にかかりますヨーツンヘイム公爵様。シュピーゲル騎士爵家長子、レオナルドと申します。ナール子爵様より、基本業務内容を、ティオネル様の護衛兼執事を大幅に離れないのであれば全てヨーツンヘイム公爵様に従うようにと指示されています。事前にお話が付いているようにヨーツンヘイム公爵様がナール子爵様に報酬を支払い、ナール子爵様より報酬を頂く形で間違いありません」


まあ、ナール子爵本人ですものね。それにしてもすごい変装技術だ。どこかの銀河にいる同盟軍のやる気のない状態の非常勤参謀みたいな見た目から獅子皇帝の半身の赤毛のノッポみたいな好青年に変わっている。


「そうか。ティオ、降りてきなさい」


公爵のエスコートでティオネル様がゆっくりと馬車から降りてくる。まだ周りを警戒しているのは久しぶりの不運のせいだろう。


「ティオ、紹介しよう。彼はレオナルド・シュピーゲル。ナール子爵の元で鍛え上げられた執事だ」


「お初にお目にかかりますティオネル様。シュピーゲル騎士爵家長子、レオナルドと申します。これより学院を卒業するまでお傍にお仕えさせていただきます。よろしくおねがいします」


う〜ん、執事としては及第点っぽい。お辞儀なんかがぎこちない。付け焼き刃ならこんなものかもしれない。傍付きとしては私が先輩になるからみっちり鍛え上げなければ。



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