プロポーズは二度めですが。

銀 ぎん

第1話 『毒舌ビッチ』


 あおちゃん、大きくなったら結婚しようね。


 うんっ、大きくなったらね


 約束だよ!


 僕は、あの時の約束を覚えている。

 僕はあの子が好きだった。

いや、今もあおちゃんのことが好きだ。


 あおちゃんは僕の幼馴染で、小さい頃はいつも一緒だった。

 あれはきっと恋だったんだ。 まだ幼かったけれど、他の誰といる時よりも楽しかった。

 その気持ちだけは鮮明に覚えてる。


 だけど、僕は小学5年生のときに親の仕事の都合で県外へ引っ越した。

 それから、あおちゃんと会うことは無くなり、毎日が退屈だった。

 あおちゃんのことを1日たりとも、忘れることなんて無かった。


 僕はあおちゃんに会いたいがため、高校は地元の阿澄あすみ高校へ進学することに決めたんだ。


 決して、簡単な戦いではなかった。

 進学校であるからして、偏差値はなかなかのもの。

 頭の悪い僕は、一生分の気力を、使い果たしたんじゃないかってくらい勉強した。

 その結果、無事に阿澄高校へ入学することが決まった。


 そして今日が、その阿澄高校へ入学する日だ。

 すごく緊張している。 地元なだけあって地理は把握できているけど、やっぱり入学直前の、この差し迫る緊張感は小・中・高と変わらない。


 やがて目の先に正門が見えてくる。

 すると受験を勝ち抜いた同士が続々と敷地しきちまたいで行くのを見て、ワクワクと同時に不安が襲いかかってくる。

 一歩また一歩と、歩みを進めて行くたび、心拍数が上がり、鼓動が大きくなってゆくのを、肌の内側で感じる。


「はぁ……ここまできちゃったか」


 僕は覚悟を決め、学校の敷地をまたぎ、中へ中へと入っていった。


 そして昇降口しょうこうぐちをくぐり抜け、靴箱でトイレスリッパのような、ダサい上履きに履き替え、ここまで履いてきた新品のシューズは、自分の靴箱へと静かにしまった。

 中学は小学校同様、バレエタイプの上履きだったから、スリッパタイプは正直、違和感でいっぱいだった。

 だけど、少しだけ背が高くなった気分になれるから、違和感は気にしなかった。


 やばい、教室すぐそこだ……


今日からホームルームとなる一年四組の教室、一番後ろで窓際の席。

 教室に迫るほど、一歩、一歩と、まるで強烈な風が、体を押し返してくるかのように、足が重くなっていく。

 さらに緊張感が、僕の足に追い打ちをかけてくる。


「すぅ〜はぁ〜」


 体中の緊張を和らげるため、ひとつ大きく深呼吸をした。


 がらがら


 扉を開くと、すでに20人近い生徒が自席じせきで待機していた。 僕は皆みたいに、中学の友達はいない。

 少し心細いけど、青春あおはるな高校生活が始まると思えば、なんてことはなかった。


 それから10分ほどで教室の席はほぼ埋まり、教師らしき男性が扉を開き入ってきた。

 その教師はどうやら、体育館への移動指示を伝えるため来たらしい。 担任ではなさそうだ。


 あれ……ひと席空いてる


 入学式だというのに、隣の席の子はまだ来ていなかった。

 すると扉が開き、教師の目の前を、黒髪の女性が横切る。

 

 綺麗な黒髪に、シンプルな髪留め。 地面と平行に切り揃えた前髪。

 その黒髪で、よりいっそう際立つ、雪のように真っ白な肌、触れたその瞬間に溶けてしまいそうだった……


 ネイビーしょくのブレザーをまとい、互いに打ち消し合わないよう作られた、赤を基調とするチェック柄のスカート。

 それを着こなす彼女。

 美 とは、彼女のためにある言葉なのではないかと感じさせられた。

 周りの生徒は、それに気づいてなかったが、僕にとって彼女は、とても魅力的だった。


「遅れてごめんなさい」


 とだけ言うと、隣の席へ足を運びスッと腰を下ろす。 その一瞬、僕は彼女と目が合ったような気がした。


 いやいやいや、自意識過剰かっ!


ってあれ、どこかで……


 そう、僕は彼女とどこかで会っている。

昔、ずっと昔に彼女のことを……


 あっ


 あおちゃん!?


 ま、まさかな…… どこの高校に進学するか、どこに住んでるのかすら知らないのにそんなわけ、あはは。


「バカ……」


 どうしよう、どうしようと考えている時、彼女の方から、僕に言ってきたのだ。


「バッ……」


 バカ、懐かしい響きだ。

 僕の名前は大羽 快斗おおば かいとっていって

 小学生の頃、この名前から付けられたあだ名は、バカ、大バカだった。正直すごく嫌だったよ。

 久々で懐かしい気分になるけど、今ここで言われると凹んじゃうなぁ……


「ねぇっ」


 彼女に話しかけようとすると、割り込んでくるように、ひとりの女子生徒が、彼女に話しかけた。


「あれぇ、阿っ中の毒舌ビッチ如月きさらぎじゃね〜?」


 どっどく、ビ、ビッチ!?

 なんだそのAVのタイトルみたいなあだ名!?


 ヤンキーでギャルな見た目の女子生徒がそのあだ名を出すと、クラス中の生徒がざわめき始めた。

 何も知らない僕が、あおちゃんに毒舌ビッチというあだ名が付いていることを知った時、頭を鈍器で殴られたようなショックが、全身を貫いた。

 毒舌なのはまだいいとして、ビッチ……って、高校生になったばかりだというのに、正直それはないだろと思った。



「静かにしなさい。 もうすぐ式が始まります。 体育館へ移動し待機」


「は〜い」


 とても気力なさげな返事が飛ぶ中、彼女だけ、走って教室を出て行った。


「あーあ、如月っチどっか行っちゃったよ」


彼女は自分の発言が、どれほど人の心を傷つけているのか、自覚してないのだろうか……?

 僕は出て行った彼女を追いかけるようにして、教室を出て行った。

 教師の男性は大きな声で 「どこへ行く気だ、戻ってきなさい」 と叫ぶが、全て無視して、そのまま彼女のもとへ走った。

 まだ名前を聞いていない、小学校が一緒だった人かもしれないし、もしかしたらあおちゃんかもしれない、そんな事ばかりが頭を駆け巡る。


「待って!」


 ようやく追いつき、彼女の手を取ると、彼女は涙を流していた。

 女の子の泣く姿を見るのは初めてで、どうしたらいいのかわからなかった。

 とりあえず、僕は近くの階段に腰をかけ、彼女のスカートが汚れないよう、綺麗なハンカチをいた。


「えっと……あおちゃん、だよね?」


 その時、問いかけには答えなかったが、しばらく時間が経つと、彼女は首を縦に振りうなずいた。


「やっぱり。 でもあおちゃん、ビッチってどういう事?」


「そのまんまの意味よ」


「ッ……」


 –––– 嘘だ、嘘だっ!!

あんな純粋じゅんすいで可愛かったあおちゃんが、他の男にけがされたなんて……


「どうせ カイくん も、私の体目当てなんでしょ?」


「えっ、いや……」


 あおちゃんは僕の体を押し倒し、腰の上にまたがった。

 あおちゃんの太ももが、僕の腰に優しく触れ、太ももから生暖なまあたたかい体温を感じた。

 でも、彼女の体は、少しだけ震えているように見えたんだ。

 そして、声を震わせながらこう言った。


「いいよ、ヤらせてあげる」


 彼女はおもむろに、ブレザーのボタンをはずしだす。

 だが、その瞳には、先ほどまでの輝きは見られず、まるで死んでいるような目をしていた。

幸い、人目のつかない屋内倉庫前おくないそうこまえの階段だったからよかったものの、違う場所だったらと思うと、ヒヤヒヤするよ。


「ま、待ってあおちゃん! 違うよ!」


 違うよ! 僕はただ、もう一度あおちゃんに会いたかっただけなんだ!

 いや……それは嘘だ。

 僕はあおちゃんの事が好きなんだ。

 でもそんな事は望んでない。 確かに、あおちゃんでそういう事をした経験はあるけど……

 でもそんなんじゃない!


「今はただ、あおちゃんと話がしたいだけなんだ」


「今は……?」


「あっ、いや……そのっ違くて……えっと」


「ふふっ」


 あっ、笑った。


 やっぱりあおちゃんは、笑ってる方が可愛いよ。 正直泣いてる時の顔も可愛いけど、あおちゃんには、笑顔がすごく似合ってる。


 多分僕の顔は、他の人に見せられないくらい、とろけたような表情をしていたんだと思う。


「ふふふ、な〜に?その顔」


「えっ、変な顔してた?」


「とっても」


 あぁ


 やっぱり僕は、あおちゃんが好きだ。

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