彼女が大型免許をとる理由

無月兄

第1話

「試験、無事合格しました!」

「おおっ、よくやったな。わざわざそれを報告しに来たのか」

「はい。これも、今までみっちり指導してくださったおかげです。大型免許、無事習得しました」


 得意気に鞄から取り出した免許証。その機種の欄には『大型』の文字が記載され、隣には私の写真が貼ってある。

 これを習得するため通い続けた自動車学校。中でも私の担当となったこの先生には、特にお世話になった。


「初日に君の運転を見た時は、こりゃ苦労するぞと思ったぞ。実際、かなり苦労したしな」

「だって、こっちはマニュアル車自体ほとんど動かした事なかったんですよ」


 以前から持っていた普通免許では一応マニュアル車も運転できることになっていたけど、ほとんどオートマしか運転する機会がなくて、おかげで練習したての頃は何度もエンストを起こしてしまった。


「でも、仕事でどうしてもトラックを運転する必要があるんで頑張りました」

「確かに、よく頑張った。そのトラックを使う君の仕事ってどんなものなんだい?」

「うーん。簡単に言うと、広い土地の管理を任されていて、そこに必要なものを運ぶには、どうしてもトラックを動かさなきゃならなかったんです」


 こんな説明でどこまで分かってくれたかはしらないけど、先生はなるほどと頷くと、それから少し真面目な顔になる。


「トラックは重量がある分、ぶつかった時の衝撃も大きく、簡単に人の命を奪う凶器にもなりかねない。分かっていると思うが、運転には十分注意するんだぞ」

「はい。心得ました」


 先生からの最後の言葉を胸に、私はお世話になった自動車学校を後にした。


 そして、職場へと向かう。













「ついに免許を取られたのですね。おめでとうございます、


 仕事場である神殿に入るなり、既に報告を受けていた部下が、早速祝いの言葉をかけてくれる。ここは、さっきまでいた自動車学校のある世界の比較的近くに位置する、次元の壁を隔てたところにある世界、いわゆる異世界と言うやつだ。そして私は、そこを管理する女神だった。


「ありがとう。それで、対象のリサーチはもう終わってる?」

「はい。市内に通う男子高校生で、勉強、運動、顔、共に平凡。学園カースト底辺。性格は、若干空気の読めず、他人が自分に寄せる好意に気づきにくい傾向が見られます。体はおおむね健康ですが、聴力検査の結果、やや難聴ぎみと診断されました」

「完璧ね」


 彼のような人こそ、私の管理する世界に必要不可欠な人材だ。世界をより良い方向に導くため、何としてもこちらの世界に送り込む必要がある。もちろん、本当の意思と関係なく。

 もちろん最初は戸惑うだろうけど、チートスキルやら美少女やらをつけてやれば、なんだかんだで最終的には喜んでくれるのだ。


 ただ問題は、こちらの世界に送り込むにはそれ相応の道具と、それを扱う資格が必要だと言うこと。無免許運転はダメ、ゼッタイ。

 だけどその最後のピースも、たった今手に入れる事ができた。


「さあ、行くわよ」


 神殿を出たところには、既に購入済みのトラックが用意されている。なかなか免許がとれず、長い間ただのデカイ置物と化していてごめんね。だけど、ついにあなたの真価を発揮する時が来た。


 颯爽と運転席に乗った私は、さっき部下から手渡された、高校生の資料にもう一度目を通す。この時間帯なら、ちょうど彼は一人で学校から帰っている最中だ。


 必死に学んだ運転技術で見事トラックを動かし、見事先回り完了。間も無く、目標の姿を確認する。

 エンジンを全開にふかし、あとはこのまま彼に向かって全速力で突っ込むだけだ。


 免許取り立てで早速事故っちゃうけど、これも世界を救うためだから仕方ないよね。いくら警察が捜査しても、異世界に逃げ込めば捕まる心配もないので問題なし。


「さあ、異世界にいらっしゃーい!」





 注意:これは、女神である彼女だからこそ許される行為です。これを読んでくれた皆さまは、くれぐれも事故のないよう安全運転を心がけましょう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女が大型免許をとる理由 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ