第8話 場を去るユスティナ(完)

 ――二人。それとも三人。


 去り際。足を早めながら、ユスティナは思う。

 ともあれ二人からが失われる所だった。

 たった一度に過ぎない、ユスティナの激昂で。

 手応えは覚えていない。

 外したのはだから、ただの偶然でしかない。


 今さらの寒気。

 怯えではない、ワルシャワの冬夜のせいだ。

 いっそ、そう片付けてしまいたかった。


「マーシャちゃんがいないのに生きてても、な」


 仮に、そうなっていたならば。

 右腰にしまい直された銃は、もう一度引かれていたはずだ。


「――良かった。本当に」


 素直に思う。だが悔いはにじむ。

 真正面から訊き切れなかったとの思いが。

 あるいは、またしても敗れたのだろうか。

 予測のつかない、あの幼馴染に。


「どこまで、本当だったのかな」


 内なる赤子。そんな推理を述べた。

 だが明確な肯定も否定も、相手はしていない。

 その場の沈黙を、ユスティナは肯定同然と取った。

 こちらの早とちり。そんな言い訳は、後でいくらでも利く。


「マーシャちゃん、妙な所で律儀だからな」


 確証はない。可能性があると言うだけだ。

 けれども。それが正しいとしたら。

 あれ以上を問わせないために、こちらを挑発したとしたら。

 恐ろしく危険な賭け、そう言う他にない。

 そんな無謀に自分は、あのとき敗れたのだろうか。


 立ち止まり、冬の空を見上げる。

 夕暮れの赤は消えかけ、夜闇はすぐそこにある。

 後ろを振り向かないまま、わずかに祈る。

 あの幼馴染がせめて、きちんと暖をとっていることを。

 程なく氷点下になる。手負いの身への寒気は、あまりいいとは言えない。


 ふたたび、ユスティナは歩き出す。


 やがて表通りに出た。

 教会に程なく人が来る。そんな言い回しだったはずだ。

 路地裏、すれ違う者はいなかった。

 あれはやはり、出任せだったたのだろうか。

 いや、そうとも限るまい。


「脇道からかも知れないし、な」


 またしても、確証には至らない。


 表通りには相次ぎ、街灯がともって行く。

 今さら、だ。今さら、救急車を呼ぶ必要もない。

 きっと今は、手当てを受けていることだろう。

 そう言うことだと、ユスティナは決めた。


「――たぶん、負けたんだ」


 いつも通り、あの幼馴染に。

 ならば、だ。その直感に従うとしよう。

 今はただ、戻るべき場所に戻るのみだ。


「さて、部下たちに何と言おう」


 失った一発は補填するとして。

 どんな話がいいだろう。


 ――幼馴染との再会。

 ――繊細な時期ゆえの、とっさの逃亡。


 そんな平凡な話を、してやろうと思う。   (了)

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ポーランド戒厳令 祭谷 一斗 @maturiyaitto

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