第36話 勇者と魔王

「お前が魔王か」


 光り輝く、聖剣の類であろう剣の切っ先をこちらへ向け、勇者が問いを投げた。


「二代目ではあるが、たしかに俺は魔王だ。成り行きでやっているに過ぎないがな」


 真実と本音を返してやると、三人が怪訝な表情になった。(魔術師の女については、ローブについているフードで顔を隠しているため、判別出来ない)


「なら、この大陸を支配するだけでは飽き足らず、他の大陸を支配しようとしたのも成り行きだってのか?」


 女丈夫が、槍を弄びながら男口調で問いを重ねた。


「あれは、一部の魔族が趣味嗜好の範疇でやったことだ。容認こそしたが、俺にそんな野望はない。約束外の話だし、何よりも面倒だ」


 再びの真実と本音に、ますます怪訝な顔をする勇者一行。


「つまり、貴様は魔王ではあるが、支配や征服に興味はないと」


「これっぽっちもないな。この大陸の魔族が、悠々自適に暮らしていられればそれでいい」


「嘘だ!」


 女丈夫が、槍を振るって側の柱を叩き壊しながら叫んだ。褒めるべきは女の腕力か、あるいは槍の耐久性か。あの柱、石で作られていたはずなんだが。


「魔族ってのは、人間を襲って支配するのが本分だろう!」


「創作の世界では、それがスタンダードだな。ライトノベルや異世界モノでは、無条件で魔物=悪だとする世界観も多いことだし」


「・・・はい?」


 それまで黙っていた治癒術師の優男が、首をかしげた。


「失礼。貴方はどうして、ライトノベルなどという言葉を知っているのですか。あれは、私たちがかつていた世界の創作で・・・もしや!?」


 察したらしい優男に、その推理が正しいことを保証してやる。


「ああ。俺は日本の出身で、元はお前たちと同じ勇者だった者だ」


「そんな馬鹿な」


「嘘だ!あたしたちを動揺させようとする罠だ!きっと、他にもあいつに挑んだ勇者が返り討ちにあって、それで怪しい術な何かで情報を---」


「嘘ではありません。あの方の言っていることは、全て本当です」


 ここまで一言も話さず、リアクションもとらなかったフードの女が、ヒートアップして、それっぽい妄想を並べ立てる女丈夫に静かに言い放った。


「なんで、そんなことお前にわかるのさ」


 それは俺も聞きたい。読心術でも持っているなら、厄介な事この上ない。


 しかし、フードの女が口にした事実は、幸か不幸か懸念したそれではなかった。





「簡単です。私は、かつてのあの人を知っていますから。見て、聞いて、知っています、覚えています。勇者だったころのあの人の姿を。弱者に手を差し伸べ、自身の力のなさに涙したあの姿を」


 その言葉に、走馬灯の如く過去の光景がいくつもフラッシュバックする。同時に、彼女の存在に一つの心当たりを見つけた。


「もしかして、お前は・・・?」


「ええ。おそらく、ご想像通りです」


 そう言って、彼女はゆっくりとフードを下ろした。


 五年が経過して成長した上、グラデーションのようだった髪が天色あまいろ一色になり、印象は変わってしまったていたが、確かにあの幼かったころの面影が残っていた。


「やっぱり、チュアナか」


「ええ、ツボミ様。かつてジュデン様に拾われ、今こうしてあなたと対峙する私は、正真正銘チュアナです」


 思いがけない再会だった。そして、予想外だった。まさか、あの子が勇者のパーティに加わって、俺と対峙することになるなんて。


 いや、勇者のパーティにいること自体は不思議でもないか。かつて、彼女はそれを望んでいたのだから。


 むしろ、彼女からすれば、今の俺の状況の方が意外に違いない。


「ツボミ様。私は、貴方を打倒するために、こうして参りました。ですが、その前にお伺いしたいことがあります」


「答えよう。天に登った、かつての勇者仲間との友誼に賭けて、嘘は言わない」


 後ろに控えるペソリカや勇者たちが話についていけず、呆然とする様を横目に、そう約束する。





「では。どうして、勇者であったはずの貴方が、魔王に?」


「少し長い話になるが、構わないな」


 そう前置きをして、この世界でのことを話した。


「・・・お話はわかりました。貴方が、自身の信念に従い、為すべきだと思ったことを成した結果が、今のその姿なのですね」


「そうだ。できれば、このまま干渉せずに勇者ともども退いてもらいたいのだが」


「それはできない!」


 チュアナではなく、勇者が食い気味に返答を叩き付けた。


「お前の配下の魔族は、他の大陸でも罪のない人を殺戮している。それを容認するというのなら、野放しにするわけにはいかない」


「なるほど。では、他の大陸に手を出させないのは確約してもいい。俺は魔王としての権能を先代から受け継いでいる。魔族を従わせることは可能だ」


「あんたなら、その約束は守るだろうな。だが、お前の次の魔王はどうだ?お前は不死ではないのだろう?」


「その通りだ。人間より長生きとはいえ、不死ではない」


「ならば、次の代の魔王も、人間に危害を加えないとは限らない。なら、その芽は今のうちに摘んでおくべきだと俺は考える」


「その考えは、火事が起こると困るからという理由で、木造住宅を破壊する行為に等しい。今魔族と俺を討伐する理由にはならない」


「いや、限りなく実現する可能性の高い予測だ。この世界の魔族の中にも、闘争を好むものは多い。ましてや、知性のある魔族の中には、経験や伝承から人間に恨みを持つ者がほとんどだと聞く。となれば、次の真っ当な魔族が魔王の座を継いだ時に、人間を借りと支配の対象とするのは必然。その未来を阻止するのは、勇者である俺の役目だ」


 なるほど、言い分には最低限の筋は通っている。コロネのような直情馬鹿ではないらしい。


 だからといって、唯々諾々とこの場で滅ぼされてやるわけにはいかない。先代との約束もあるし、俺もまだ死ぬつもりはない。





「ツボミ様。もし、魔王をお辞めになるのであれば、またかつてのように勇者として私たちと肩を並べるというのであれば、貴方まで討伐は致しません」


 チュアナが、そんな選択肢をくれた。その提案に、どれほどの誠意と真心の限りが詰まっているのかは、目を見ればわかった。だが、受け入れることはできない。


「・・・心遣いには感謝するが、もう手遅れだな。俺には、魔族を守るという、先代であり友でもあった魔王との約束がある。それに、こうして魔族の嫁を迎えてしまってもいるしな」


 そう言って、傍らのペソリカの髪を梳いてやる。


「それに、もうかつてのような心意気を持つこともできない。俺は、この世界を筆頭に様々な場所で、人間の低俗さを見てきた。あのような屑どもに、守ってやる価値はない」


「それは違う!」


 再び、勇者が割り込んだ。


「その考え方は極端だ!お前は、人間の悪いところばかりを強調して、それ以外を見ていない!色眼鏡を外してみれば、決して人類は低俗なだけの種ではないと気づけるはずだ」


「しかし、結局のところ人間は己の欲望のままに生きている。かつてのハスィンの有様は、その象徴だ。人類存亡の危機にあっても、他の人間と手を取りあうこともせず自分が生き残ることだけを考える愚劣さ。それが、人間の本質というものだろう!」


「それも極端な考え方だ!俺は、危難を前にすれば人類は団結できると信じている!俺たちが元いた世界の歴史にも、そういった例は多かったじゃないか!」


「それはごく一部に過ぎない。そもそも、それらだって自分が助かるためには、他人と協力する方が合理的だと考えたから、そうしたに過ぎないかもしれない」


「ボランティアで海外支援などをしている人達だって、たくさんいるじゃないか!人間の本質は善であるはずだ。愚劣などとは言わせやしない」


「奉仕活動というのは、自分がやりたいからやるのだろう?達成感や充足感を得るために、あるいは単に誰かの役に立ちたいと思う為に」


「それがなんだというんだ」


「結局はそれだって、自分の欲望に端を発した行動だろう。なら、それは偽善と言えるのではないか?」


「それは歪んだモノの見方だ!誰かのために働きたいと思う、その心こそが善だ。」


 こちらの主張に一歩も引くことなく、人という種を信じて反論を展開し続ける姿が眩しく思えた。


 それは、かつて自分がこうありたいと思った勇者像と、目の前の勇者の姿が重なったからだろうか。


 人の可能性を信じ、人を守るために戦うことが、勇者の正しい行いだと信じていたかつての自分が思い出される。無邪気な子供の姿を見て、かつて童心を思い出す大人の心情に近いかもしれない。


 ジュデンも、最期の瞬間まで、そんな理想を信じて戦っていたのだろうか。





 ・・・だが、その純粋な生き様に感銘こそ受けても、今のこちらにだって譲れないものがある。


 議論は平行線。互いに折れることはなく、退くこともない。


 となれば、激突は必至。





「・・・どうやら、互いの溝は埋まらないらしいな」


「ああ、そのようだ」


「なら、実力を持って決着をつけるしかないだろう。それが、魔王と勇者のあり方としてもふさわしい」


「望むところだ」


 そう言って、勇者が剣を構える。続いて、他の三人も戦闘態勢をとる。


「ツボミ様。私に躊躇いはありません。ジュデン様の残した意志を貫くためにも、今ここであなたを討ちます!」


「それでいいチュアナ。もとより、俺たちは友人ですらない顔見知りだ。こちらも手加減はなしだ」


 そう返しつつ、影術で数十本もの影の剣を具現化して滞空させる。


 傍らを見ると、ペソリカも戦闘態勢をとっていた。俺の視線に気づくと、まったくいつも通りの茶目っ気のある笑みを返してきた。俺も、微笑みとともに頷き、再び勇者と対峙する。





「勇者よ、一つ頼まれてくれないか」


「そこにいるお前の恋人だか嫁だかを見逃せと言うのなら、できない相談だ」


「俺はエゴイストだが、そんな誰の得にもならないエゴを押し付けたりはしない」


 彼女だけが生き残ったって、ペソリカは納得しないだろう。二人とも死ぬか、二人で生き残るかの二択のみ。他の選択肢は要らないし、邪道だ。


「俺の寝室に、今までの俺の足跡をつづった本がある。万が一そちらが生き残った場合、残ったメンバー全員で読んで貰いたい。特に、チュアナにはな」


「・・・わかった」


「感謝する、宿敵よ。・・・そうだな、名を聞いておこうか」


「俺の名はザーク。お前を打倒する勇者だ」


「俺が勝ったら、その名はきっと覚えておこう」





 これで、心残りはない。あとは、互いの信念を力と変えてぶつかるのみ。


 名を聞いたのは、これから死闘を繰り広げる相手だからという理由ではない。演出のためだ。


 せめてこういう場面でくらいは、魔王らしく振舞おうというきまぐれのためだ。


 せっかくの舞台、かつての世界のテンプレートを再現するべく、俺は高らかに声を上げた。





「来い、勇者ザークよ!見事私を打倒して見せよ!!」


「魔王ツボミ!人の未来のために、今ここでお前を討ち果たす!!」
























































「・・・やれやれ、どこまでも役立たずな男だったなお前は」


 かつて勇者だった魔王とどこぞの勇者が対峙する様を、宙に浮かべた映像で見ながら、化身は溜息をついた。


 本来の姿であれば、呆れ顔をしていたに違いない。


「こちらが呼び戻そうとしても、散々無視しやがって。魔族から信仰や名声を得る事自体は、たしかに問題なかったが、それを他の勇者の山車だしにされてりゃ世話ねえだろうが」


 またも溜息を一つ。


「・・・ま、俺の元となった概念を考えれば、こうなるのも必然だったのかもしれねえな」


 誰もいない空間で、ポツリと内心を零す。


「そういや、お前は最初に出会った時、なんで何の才もない俺を選んだのかって聞いたよな。今となっては興味ないかもしれないし、そもそも聞こえやしないだろうが、答えておいてやるよ」


 映像が、白一色に染まる。勇者の発した閃光だ。しかし、すぐさま半分が黒へと変じる。こちらは魔王の影術の応用か。








「ツボミって名前が、俺の元となった概念にぴったりだったからだよ。いずれ、一花を咲かせる蕾って名前がな」








 その一言を最後に、化身は二人の戦いを無言で見守りつづけた・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たらいまわしの勇者様(笑) PKT @pekathin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ