第6話
卒業式は淡々と行われた。
そりゃあそうだ。ここにいるほとんどの人間はすぐ隣の中学校に行くのだ。卒業したって、何も変わりやしない。何人かは受験で別の学校に行くと聞いたけど、それでも同じ町内に住んでいるのだから、いつでも会える。そんな状態でお涙頂戴の儀式を行うなんて、きっと嘘だ。
僕は式の最中、何度も立花さんの方を見た。
彼女はわき目も振らず、まっすぐ壇上を見つめていた。僕はそんな彼女がまぶしくて、なぜだか、少しだけ泣きそうになってしまった。だけど、こらえた。僕は泣かなかった。
良太は言った。
「告らなくていいのか?」
僕は黙って、首を振った。
良太もいつもみたいな下卑た笑みを浮かべてはいなかったから、僕は奴の頭をはたかなかった。
そして、立花さんはこの町を出て行った。
お別れの挨拶はしなかった。だって、僕と彼女はただ、同じ国に産まれ、同じ町に住み、同じ学校の同じクラスにいて、ただ、隣同士になっただけの関係だったから。
一度だけ、彼女が住んでいた家の前を通った。そこにはもう、立花という表札は残ってはいなかった。
そして、春が始まる。
「新しく隣になるのは誰なんだろうな」
良太はまるで新作のゲームソフトを遊ぶ直前のような表情でそう言った。こいつは、どんなことにも前向きだ。僕はこいつのこういうところが苦手だが、同時に嫌いになれないところだった。
中学校には別の二つ小学校の出身の生徒も居る。だから、おおよそ三分の二が初めて接する相手だ。見知った顔も多いとはいえ、さすがに良太ほど気楽にはなれない。
前を通り過ぎるばかりでくぐったことがなかった校門をくぐる。真新しい制服に身を包んだ生徒たち。よく知った人間が中学校の制服に身を包んでいることには、本当に違和感しかない。僕たちは本当に中学生になれているのだろうか。
「おい、あれ、クラス!」
校門の先にクラス表が張り出されていた。
結果から言えば、僕と良太のクラスは分かれた。
「あとで、隣の女がどんな奴だったか報告な」
良太はにたりと笑って、そう言って、僕の背中をはたいて、自分のクラスへと走って行った。僕は直感する。良太とは、あまり会わなくなるかもしれない。理由は解らないけど、そう感じた。
僕は恐る恐る教室の扉をくぐる。知らない顔がいくつもある。だけれど、知っている顔もある。何人か喋ることができる相手を見つけて、ほっと息をつく。目が合った瞬間、きっと相手も同じことを考えた。
ともあれ、僕はまずカバンを下ろそうと指定された自分の席へと向かう。
隣の席は――?
良太があんなことを言うものだから、否が応でも意識してしまう。そこに座っているのは――
知らない顔だった。
少なくとも同じ学校の出身ではない。
だけれど、きっと良太が見たら小躍りして喜ぶだろう。中学一年生とは思えないほどスタイルはいいし、顔も大人びていてすごく綺麗だ。この子は間違いなくモテる。
だけれど――
僕は思い返す。
一学期は胸の大きな鈴木さんを好きになった。
二学期は顔がかわいい高原さん。
そして、三学期は――
僕は悟る。
僕は、この子を好きにならない。巨乳だとか、美人だとか、きっと、そんなことは関係ない。彼女が悪いわけではないのだ。
ただ、ただ、僕の隣に居るのがあの子じゃないから。
本当にたったそれだけの――
きっとこれから先、僕は新しい恋をする。だけれど、少なくとも、隣の席に座っただけの子を好きになるような恋は、二度としないだろう。いや、できないだろう。
小さく下唇を噛む。
過ぎ去った奇跡の時間を振り返って、僕はそっと俯いた。
〈了〉
隣の席の子を好きになる 雪瀬ひうろ @hiuro
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