第32話 Eternal Dreamer

「ごめんなさい、遅れました!」


 電車とバスを駆使して研修センターに到着し、駆け足で前回と同じ部屋に入る。


 今日はメガネをかけている風鳴かざなりさんと、先に来ていた羽亜乃さん、それにこの前と同じメンバーが、車座になって椅子に座っていた。


「大丈夫かな? 体調悪くて来れないかもって聞いてたけど。無理しないでね、体に負担かけてまでやるプログラムじゃないから」


 眉をハの字に下げていたわりの言葉をかける風鳴さん。演技じゃなく、本当に心配している彼に、朱莉はしっかりと頷いた。


「ええ、大丈夫。後半戦は決意表明よね」

「うん、ほとんど終わって、君の番を飛ばそうかと思ってたところだったよ」


 風鳴さんはメガネのブリッジを人差し指でクッと押した。


「決意表明の前に、前回ちゃんと返事をもらえてなかったから、もう一度訊くよ」

 椅子に座った朱莉に向かって、彼は身を乗り出して口を開いた。


「もし、今からでも、どんなことでも、始められるとしたら、そしたらもう、君にビジネスは要らないんじゃないかな?」



 彼女は、俺の彼女、高宮朱莉は、元気いっぱいに答えた。



「そんなことないわね!」



 他の参加者の視線が、一斉に朱莉に向く。まるで大演説をかますかのように、立ち上がって話を続けた。



「確かに、これから新しいことを始めてもいいかもしれない。誰にも追い付けなくても、自分が納得できるなら、好きなことを始めればいいと思う。でも、ワタシはビジネスはやめない。楽しんでやってるからね」


 参加者の顔を1人1人確認するように、ゆっくりと首を動かして見渡す。


「みんなはどう? 確かに、過去の辛いことがビジネスを始めた原因なら、その傷が癒えたならビジネスは必要ないかもしれない。でも、それとやめることは別よ。必要がなくなったって、今はうまくいってなくたって、楽しければ、夢があるなら、続ければいい」


 熱の入った大演説は止まらない。両手を広げて、ボリュームとトーンを上げる。その隣では羽亜乃さんが、ワクワクしたような目で彼女を見上げていた。



「みんなは何のためにビジネスを始めた? 辛いことから逃げることが原因なの? 本当にそれだけ? それだけで、他に色んな逃げ道があるのにビジネスを選んだの? 心のどこかで、お金を稼いでやりたいことを秘めていた。だから始めたんじゃない?」



 動揺していたみんなの目に、少しずつ光が戻る。

 いけいけ、もっと言ってやれ朱莉!



「ワタシも夢があるの。数えきれないくらい、語りきれないくらい。だから、ワタシはビジネスを続けるわ! 思い出して。今の学校生活を続けながら、自由な時間も残しながらさ、月に1~2万、ううん、うまくいけば3~4万、余分なお金が手に入ったらどう? 嬉しいよね?」





「…………嬉しい!」


 声をあげたのは、前回一番始めに話していた中学生だった。


「私、楽器買いたい! バンド組みたいんです、だから機材揃えたい!」




「俺も! 俺も欲しいものがある! 動画投稿したいから、撮影機器欲しい!」

「私、夏休みのうちに日本1周したいな」

「ドーム借り切って野球したい!」


 参加者が次々と夢を話す。さっきよりずっと楽しげで、ずっと活き活きとしていた。


「みんな! 夢のために、ビジネス続けようね!」

「おーっ!」


 最後は全員で腕を高く掲げ、朱莉と羽亜乃さんが拍手する。プログラムが台無しで、台無しすぎて、逆におかしくて笑ってしまった。




「どういうつもりかな、高宮さん」

 やや不機嫌そうに、風鳴さんが嘆息する。


LiSリスは無償でこのプログラムをやってるんだ。これでみんながビジネスをやめて、正しい明日を、Life is Sunshineって思える明日を見つけられる。僕達がせっかく正しい——」

「余計なお世話ですよ」


 彼女は、一刀両断した。


「正しい正しいって、その『自分達が愚かな人達を正しく導いてあげる』って感じ、やめてほしいですね」


「そんな。僕達は本当に純粋な想いで——」

「それがダメなのよ」

 今度は聞いていた羽亜乃さんが遮る。


「本当にピュアに『自分達が正しい』って思いこんでるのが逆に怖いのよ。こっちの考えをまるで受け入れる気がないってことだからね。それって、善意をまとった押し付けよ」

「押し付け……」


 そう言ったきり固まってしまった風鳴さん。朱莉が気合いを入れるようにうしろ髪をグッと持ち上げて払い、彼に2歩近づく。


「そうそう、もしこのプログラムを直す機会があるなら、ワタシ達がアドバイザーで入ってあげます! ビジネスやってる人の気持ちはアナタ達の500倍分かりますよ。その代わり、ワタシのオススメ商品の話も聞いてもらいますね! それに、将来的には多言語対応も考えた方がいいですよね? 聞いてるだけで英語が話せるようになる良い教材、エタドリで扱ってますからね!」


 朱莉に被せるように、羽亜乃さんがヒョコッと顔を出した。

「助成金だけじゃ資金に困るなら、バイナリオプションがあるからね。私がしっかり教えてあげるから心配しないで」


 その言葉を聞いた風鳴さんはメガネを外し、「参ったな」とクシャッと顔を綻ばせた。


「敵わないや。うちのプログラムもまだまだだね」


 さすが、匂坂さきさか高校が誇るビジネス研究部の部長。教室の空気は、もうすっかり別の物だ。



「じゃあさ、せっかくだから、それぞれどんなビジネスやってるか情報共有しない? あ、ワタシ、エターナルドリーマーやってる、高宮朱莉です!」

「やりましょう、高宮さん! 自己紹介しつつビジネス紹介ってことで!」

「ついでに、説明するときの話し方のクセとか指摘してほしいです!」

「いいわね、それ! ほら、チョイも入って。風鳴さんも今度の参考に聞いておくといいですよ!」



 こうして、プログラムは内容を変えて続けられた。話す内容も場の空気も全然違うものになったけど、「Life is Sunshine」というスローガンは、そのままだったに違いない。



 ***



「いやあ、良い交流会になりましたね!」

「ホントに良かった。私もバイナリやってる子と友達になれたし」


 電車で最寄り駅まで着き、歩いて帰路につく。



 話が盛り上がったせいで、教室退出時間になった後も、ファミレスで2次会をやった。「ロールプレイングやろう!」という朱莉の一言で、全員が順番に勧誘トークの練習をしだしたので、周りの客はさぞ不思議に不審に思っただろう。



 濃紺混じりの黒い空。靴屋もクリーニング店もシャッターを下ろし始め、夏の大三角が綺麗に見える。


「さて、帰って受験勉強しなきゃ」

「そっか、はーの先輩、3年生ですもんね!」

「そうね。でもせっかくの夏休みだから、勉強だけの生活にはしないつもりよ。ビジネスもプライベートも頑張らなきゃ」


 プライベート、のところで目が合う。黒い空に星を映したような、吸い込まれそうに大きな瞳に、体温が一気に気温を追い抜いた。くうう、やっぱり可愛いぜ、羽亜乃さん……!


「じゃあね」

「羽亜乃さん、また!」

「部室で会いましょう!」


 手を振りながら道を曲がる彼女に別れを告げ、朱莉と2人で歩き始める。手を繋ごうかとも思ったけど、今はこのまま歩きたい気分。


 星キレイだねー、なんて言いながら、お別れの交差点にどんどん近づいていく。


「いやあ、ロールプレイング、面白かったー!」

「だな。良かったよ、最後楽しい雰囲気で終わって」


 そこで朱莉が、足を止めた。


「ありがとね、今日。チョイのおかげで助かった」

「いいっての。彼女が困ってたら助けるもんだ」


 その言葉に彼女は、むふふっと笑う。


「そうだ、お礼! コンプリートパウダー、1袋あげるよ。どんな味かだけでも試してみなよ。ちょっと吸ってみて」

「そんな『一口飲んでみて』みたいなニュアンスで言われても」

 歩きながら粉を鼻から吸うって危険すぎるでしょ。



「吸わずに飲むこともできるのかなあ?」


 朱莉はパウダーの小瓶を開け、口に持っていってトントンと底を叩いた。


「…………ぶはっ! ごほっ! げほっ!」

「バカじゃないの!」

 そりゃ咽るだろ! 口から粉を吹くな、新手の怪獣か。



「あーあ、これダメね、パウダーが舌に張り付いちゃう」

 再び立ち止まり、真っ白な舌を見せる朱莉。なんかもう妖怪みたいだな。



「ったく、しっかり飲み込めよ。また咽るぞ」


「……ふふっ、ねえ、チョイ」

「んあ?」

「お礼ね」



 トンッと距離を詰めた彼女が、俺の唇に唇を重ねる。



「んっ……!」



 驚いたのも一瞬、あとは目を瞑って、周りも気にせず、パウダーを味見した。



「…………うははっ」

「…………えへへっ」


 口を離し、一緒になって照れる。




 あの日、君が俺を選んで勧誘してくれて、本当に良かった。


 あれから変な人達ばっかり寄ってきて、変なことばっかり起こってるけど、君とならそれも楽しみで、もっとずっと、楽しんでいたい。


 それが俺の夢。お金も必要ない、見果てぬ夢。俺もきっと、エターナルドリーマーだな。




「……あっ、しまった! これからエタドリに興味ある子と会うのにパンフレット部室に置いてきちゃった! チョイ、一緒に取りに行くわよ!」

「なんで俺も行くんだよ」


「いいからいいから。あ、良かったら一緒に話聞かない? どんな病気でも治るサプリ紹介するわよ」

「どっかで聞いた商品だなそれ!」



 2人で叫んで笑いながら、学校に向かって全速力で走り出した。



 <完>

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