3-20 空へ


     ◆


 俺は帝国軍機と戦い続けた。

 連中のやり口はわかりすぎるほどにわかっている。何を教わっているか、どんな場面でどう対応するか、マニュアルを作る作業に参加したことさえあるのだ。

 トライアングルのような使い手はいないようだった。

 もしいれば、俺でも危なかっただろう。

 反乱軍の連中は帝国軍の輸送船を拿捕したり、たまに訓練飛行中で防御が手薄になっている艦船を狙う。それも拿捕して、どこかへ引っ張っていくのを何度か見た。

 乗り込んでいた帝国軍兵士は、適当なタイミングで解放されているようだ。そういうことは俺が帝国軍にいる間にも聞いたことがあったので、驚きもしない。

 反乱軍はとにかく、帝国軍兵士を傷つけることがない。どこかではあるのかもしれないが、大抵は無傷で解放する。 

 自分たちの理念の正しさを示すためだろうが、テロリストはテロリストだと俺は思う。

 理念が立派でも、結局は帝国軍兵士や、輸送船の民間人などに被害を与えている。

 必要な犠牲、必要悪、という考えだろうか。

 まぁ、俺が考えることではない。俺が考えるのは、金になるかどうかだ。

 戦闘の中に機体が故障した。どうにか苦労してその場を切り抜けたが、さすがにまずい。アイアス二型はもうスペアの部品も少ないと聞いている。買い換えるしかない、と覚悟した。

 海賊から反乱軍に建て替えられたローンが、まさに払い終わった直後だったので、幸運かもしれないが、またローンを払わなくちゃけない。

 覚悟はあっても、納得するのにだいぶ苦労した

 今度のローンは反乱軍が最初から組んでくれて、六年だ。その間は反乱軍と蜜月のままでいなくちゃいけないとは、我ながら、呆れる。

 機体を受け取りに反乱軍の名前も知らない機動母艦へ行った。

「アイアス四型です」

 格納庫で俺を出迎えた整備士は機体を示す。淡々と説明される間、俺はぐるぐると機体の周りを歩いていた。

「かなり改造してあります。旋回性能が高い方がいいというので、それも注文通りに」

 受け取ったスペックの表を眺める。

 アイアスの最新型は五型だから、比較的新しい。そして反乱軍の機動戦闘艇の改造技術はマニアックで、俺も好きになってきていた。

 いくつか追加注文を出し、その作業が終わるまで機動母艦の中をうろついた。

 白い髪の毛の男とすれ違った時、不意に気づいた。

 アイリス・ウジャドは何をしているんだろう?

 通りかかった兵士に場所を聞いて、データベースの端末を触らせてもらった。ログインする時にゲストを選んだため、ほとんどの情報には触れられないだろう。

 それでも、と俺は端末を操作した。

 意外なことに、アイリス・ウジャドの名前はすぐに出てきた。

 反乱軍の機動母艦ゲートシックス所属の機動戦闘艇部隊、小隊長。

 戦死している。

 半年前だ。俺が反乱軍と契約を結んだ頃だった。

 全く知らなかった。彼女は反乱軍に合流していたのか。

 本当に戦死かどうか、繰り返し確認した。読み間違い、見間違いではない。

 俺はその端末を離れ、部屋の管理をしている女性兵士に礼を言って、通路へ出た。

 どこをどう歩いたか、気づくと酒場にいて、机に突っ伏していた。

「もう閉めるよ」

 肌の黒い大柄の、エプロンの男が声をかけてくる。

「最後に一杯、もらえるかな」

 男はうんざりという表情を隠しもせず、雑にグラスに琥珀色の液体を注ぐと、俺の前に置いた。というか、叩きつけた。

 それを一息に飲んで、立ち上がる。

 立ち上がって、気を失った。後頭部に強烈な衝撃。

 次に意識がはっきりした時には、真っ白いベッドの中にいて、カーテンが開くと白衣の男が現れた。

「何をしているんだね、きみは」

 頭が割れるように痛いが、触っても包帯があるようでもない。

「ちゃんと治療しましたか?」

「したとも。二日酔い以外はね」

 よろよろとベッドを降りた俺に、医者が小さな錠剤を渡してくる。アルコール分解薬だ。

「飲みすぎに注意したほうがいい。怪我の元だ」

「酒は好きじゃないんですよ」

「きみは酒場で倒れたが? カフェもある、そこに行きなさい」

「酒場の空気が好きなんです」

 呆れて物も言えない、という意見を姿勢で表現した医者に頭を下げ、錠剤を噛み砕いて飲み込み、格納庫へ向かった。

 広い空間には様々な、まるで展示会のようにありとあらゆる機動戦闘艇が並んでいる。頭を打って変な幻を見ているのか疑いたいが、ここに来た時も同じ光景を見て、似たような感想だった。まるで博物館なのだ、それも夢の中の、理想の。

 俺の機体、アイアス四型の前に立ち、じっと見る。

 そうか、アイリスは、死んだか。

 最後の映像は俺の立場では閲覧できない。

 数に負けたのか。それとも機体の不調か。敵が強すぎたか。

 彼女が操縦を失敗したとは、なぜか、少しも思わなかった。現実感が伴わない可能性だ。

 彼女ほど完璧なパイロットを、俺は知らない。

 でももう彼女はいない。

 俺だけが生き残った。

「どうしたんです? 傭兵さん」

 整備士がやってきて、不思議そうにこちらを見る。

「泣いているんですか?」

「いや、どうだろう」

 俺はまだアイアス四型を見ていた。

 彼女の翼は、墜落していった。

 俺の翼はまだ、飛び続けている。

 新しい翼を、俺は長い間、そこに立って見ていた。


     ◆


 機動母艦ゲートシックス、その艦内にある墓所は小さな公園のようになっている。

 墓所といっても骨があるわけでもない。芝生の広場に大きな石が置かれ、そこに名前が彫られた小さな板がいくつも埋め込まれてる。

 俺は花も持たずに、その石の列の間をゆっくりと歩いた。

 やがて、その板が目に入った。

 アイリス・ウジャド。

 立ち尽くして、じっとそれを見つめ、指でなぞった。

 ライバルにして戦友、そして何より心が通じた相手だった。

 空調が調整され、かすかに風が吹いている。

 俺にまた舞い上がることを促すような、そんな風だ。

 行くよ、アイリス。

 お前のおかげで、俺は自由になれた。失いかけた空、忘れかけていた、本当の自由な空を、今、俺は飛んでいる。

 改めて板をなぞり、そうして俺は背を向けた。

 まだ俺は飛んでいるし、これからも飛び続ける。

 いつか落ちる日が来るとしても、俺は、飛ぶ。

 それだけが俺の生き方であり、俺が選んだ道だからだ。

 いろいろなことがあった。多くの人が去った。

 俺の目の前にはまだ、未来が開けていた。

 なら、進むだけだ。

 空へ。

 舞い上がろう。

 背後からの風が俺を、弱く、しかし確かに、後押しした。




(了)

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銀河に咲く花 和泉茉樹 @idumimaki

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