3-19 反乱軍


     ◆


 機動母艦エムケーにたどり着いて、やっぱりこれだな、と感じた。

 反乱軍がよくやるキメラだ。機動母艦エムケーは小型機動母艦が四隻、くっつけられたような形状をしている。いかにも反乱軍らしい。

 管制官から通信が入り、それに従って格納庫に滑り込んだ。

 荷物を手に降り立つ。しっかり見るのは初めての反乱軍の制服の男が五人ほどを引き連れてこちらへやってくる。待ち構えると、先頭の男が俺の前で敬礼する。

「ケルシャー・キックス殿ですね?」

「他の誰に見える?」

 男の襟章は、大尉らしい。

 その男が仲間に目配せする。嫌な予感がした。

 いきなり俺は四人がかりで押さえつけられ、口を塞がれ、手足をばたつかせても全く相手はひるまず、どこかへ運ばれていく。

 何が何だかわからないうちに狭い部屋に連れ込まれ、椅子に四肢も胴体も固定された。

 口に詰め込まれていた布を取られたので、即座に叫んだが、すぐに轡をかまされる。

 兵士たちが素早く俺の頭にヘルメットをつける。

 精神スキャンじゃないか!

 抵抗したが、無駄だった。俺がばたついているのに構わず、兵士が装置のスイッチを入れるのがよく見えた。

 頭に衝撃が走った。

 嘔吐感が沸き起こるが、何も吐けない。叫びたいが、肺が空気を出し切っている。

 唐突に衝撃が消え、体に力が戻った。轡に構わず今度こそ嘔吐し、兵士が轡を外し、吐瀉物を口からかき出してくれる。そんな親切いるか。

「て、てめぇ……」思わず兵士を睨みつけた。「ふざけやがって」

「少佐の指示です」

 どこの少佐か知りたかったが、当人が部屋にやってきた。五十代だろう男で、やけに細身だ。制服をカチッと着ていて、姿勢もまっすぐだ。

 そいつをじっと睨みつけ、俺はヘルメットが外され、椅子から解放されると即座に立ち上がり、組みついた。

 視界が一瞬で滲んだ。

 投げ飛ばされたと気付く前に、床に背中から叩きつけられ、痛みに呻きつつ、それでも起き上がった。

 もう一度、掴みかかろうとしたが、俺は肩を蹴りつけられ、今度は自分の吐瀉物の上に転倒した。

「英雄と聞いていたが、狂犬か?」

「精神スキャンされてみろ」俺は頭を押さえる。まだ少し違和感がある。「されたこと、あるか?」

「ないな。実行する側だ。精神が崩壊しない程度にした。きみを殺すつもりはない」

 くそったれなテロリストめ。

 立ち上がり、男を睨みつける。

「それで、精神スキャンで俺はどう判定されるのかな?」

「事前調査では何の問題もない。今回の精神スキャンは、我々が今後の作戦を有利に進めるためだ。もうきみには二度と精神スキャンはしない」

 どうだかな。何をするかわからない奴らだ。

「シャワーを浴びて着替えてこい。服も用意してある」

 そう言いおいて少佐は出て行ってしまった。

 兵士に連れ添われてシャワーを浴び、平凡な服に着替え、待っていた兵士の案内でどこかへ連れて行かれる。

 特徴のないドアの前で止まり、兵士がノックし、中に入るのに俺も続いていく。

「君がケルシャー・キックス?」

 デスクの向こうにいるのは、初老の男だ。当然、反乱軍の制服。襟章は、准将か? その男の傍に例の少佐が控えている。

「そちらへ」

 用意されていた椅子に、俺はどっかりと腰を下ろし、脚を組んで見せる。老人は席を動かない。

「爺さんの名前は?」

「エルータ・ツルギ。階級は准将」

「よろしく、ツルギ准将」

 他に言うこともない。黙る俺に、何が可笑しいのか知らないが、ツルギ准将は笑っている。

「契約書はこちらだ」

 准将が手渡した端末を、少佐がこちらへ持ってくる。俺がサインした契約書に、ツルギ准将と他に数名の署名がある。

「そこで一つ、提案があるんだが、いいかね?」

「何なりと」

 俺はもうなんでも受け入れるつもりになっていた。

「君の船と機体のローンは、我々が宇宙海賊から引き受ける。金利はだいぶマシになるはずだ。嫌か?」

「金がないんで、ありがたいですよ。ミチとヒトシも喜ぶ」

「よろしい。どれくらいの額かな?」

 俺が口にすると、准将は引き出しから何かを取り出すと、さらさらっとペンを走らせ、少佐を使って俺に手渡す。

 それは帝国中央銀行の小切手だった。とんでもない額だ。そもそも反乱軍が帝国中央銀行と関係を持っているとは。

「君のローンの半額は今、我々が支払おう。友好の印だよ」

「どういう意図か、詳しく知りたいですね」

 そう言いつつも、小切手はもう俺のポケットの中だ。

 准将はニコニコしている。

「だいぶ古い機体に乗っていると聞いている。すぐに新しい機体に買い換えるだろうから、その時は我々に相談してくれ。ローンを組むのもお手の物だと、その小切手でわかっただろう?」

 反乱軍も、侮れないものだ。

「こうなれば、さっさと新しい機体を買いたいですね」

「二重債務に気をつけなさい」

 嫌な言葉だな、二重債務って。

「彼女もきみに渡そう。入りなさい」

 ドアがノックされ、入ってきたのは女性に見えたが、しかし、顔の作りがどこか人形めいている。そして表情がない。

 人型端末か。

「まだ名前もない人工知能が入っている。きみの生活の補助をする」

「必要ないですよ。俺は一人が好きなんで」

「船の中はひどいものだったと聞いている」

 あの商人はどこまでこいつらに報告しているんだ?

「少しの間、一緒に過ごしてみたまえ。話は以上だ。ここへの滞在を二日間、認めよう。好きに過ごしていい。退室してよろしい」

 乱暴に椅子から立ち上がり、敬礼も挨拶もなく、俺は外へ出た。後ろから小走りに人型端末が追いかけてくる。呼びかけたいが、名前を知らない。

「名前は?」

 振り向かずに訊ねると、人工知能から返事が来る。

「ありません」

「不便だな」

 名前か。何がいいだろう。一号とか二号というわけにもいかない。

「また考えるよ、この船を案内してくれ。まずは飯だ」

 さっき、散々に吐いてしまったので、空腹感が強い。最近、少し腹が減ると海賊に確保される寸前までの、布を噛んでいた時のことを思い出し、憂鬱になる。

 二日間、きっちりとそこに滞在し、俺は機動戦闘艇で家へ戻ることになる。

 人工知能には、ジゼル、と名前をつけた。理由はない。気分だ。

 彼女は輸送船で俺の後をついてきて、小型機動母艦キリンへやってきた。輸送船は彼女を下ろして、人型端末のメンテナンスに必要な機器を残して去って行った。

 彼女はピクリとも表情を変えず、しかし身支度を整え、腕まくりをして、片付けを始めた。俺も色々と指示されたが、平板な声なのに変な威圧感があって、従わないのは不可能だった。

 大掃除が三日に渡って行われ、やっと我が家は人間が住む空間に再定義されたことになる。

 いやはや、ものすごい偉業だ。

 機動母艦エムケーにいる間に、俺のアイアス二型は改良が施され、性能は向上しているが、やはり型遅れはどうしようもない。

 暇な時は機動戦闘艇のカタログを見るようになった。軍にいる時は、時とともにあまりそんなことはしなくなった。するとしても試作機のスペックを見比べる程度だ。

 今は性能、大きさ、値段、メーカー、製造年、型式、考えるべきことは多い。

 そんなところへ反乱軍から仕事の依頼が来た。

 パイロットスーツに着替え、機動戦闘艇に通じるチューブを通る時、ちゃんとジゼルが見送りに来た。

 これはちょっと嬉しいかもしれない。

「行ってくるよ」

「お気をつけて」

 手を振って、機動戦闘艇に乗り込み、ハッチを閉めた。

 さて、仕事だ、仕事。

 稼いでやろうじゃないか。




(続く)

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