3-18 勝てない闘い


     ◆


 金がないのは当たり前で、全てをミチが立て替えてくれた。

「何年かかけて返してくれ」

 そう言われたけど、そんな簡単な言葉で済ませられる金額ではない。

 大金を払って、どうにかこうにか小型の機動母艦と一機の機動戦闘艇を手に入れた。

 機動母艦にはキリンと名付けた。機動戦闘艇はフィーア。型式はアイアス二型である。

 最初の仕事は宇宙海賊に同行して、帝国軍機を引き寄せる戦い。もちろん、撃墜してもいい。

 しかし宇宙海賊どもはケチの上を行くどケチで、これは経費で落ちるだの落ちないだの、小うるさい。

 それでも任務は一度も失敗せずに、傭兵としては順調に滑りだした。

 帝国軍機に知り合いが乗っていたら、と思わないこともない。しかしそれはもう考えるのをやめた。

 ここは戦場で、俺たちは戦士なのだから。

 もう、袂を分かってしまったのだから。

 いつの間にやら俺は二十四歳になり、二十五歳になろうとしている。宇宙海賊の間で、俺のことを機体の名前、フィーアと呼ぶ奴が増えた。

 帝国内部の情報は繰り返しチェックした。俺のこともアイリスのことも、全くメディアには上がってこない。帝国軍ではどう処理したのだろう? 戦死だろうか? 戦闘中に行方不明になったとか?

 小型機動母艦キリンは、めったに帰ることがないので、人型端末でも導入しようかと思ったが、とんでもなく高価だ。中に入れる人工知能も、端末自体も。

 別に住処が片付いていようと掃き溜めだろうと、操縦技術には影響しない、とか、そういうことを考えて、雑然とした我が家には目をつむっていた。

 とても客を招き入れられないな、と思っていた時に、その客からの打診があった。

 裏で商売をしている食品の卸売業者らしい。

 何故か俺と直に会いたい、と言いだしたので、仕方なく仕事終わりに船の中を片付け、リビングだけはまともにした。

 やってきたのは若い男で、セールスマンにお決まりの背広姿だ。

「ケルシャー・キックスさんですね。私、マック・トロイと言います」

 名刺を受け取る。別段、特徴はない。

 ソファに座って、俺は既に用意されていたポットから、紅茶を注いで出してやる。

「男一人で、大したお茶も出せないんだ」

「私にも経験はあります」

 いただきます、と彼は紅茶を一口飲んで、そして、声を潜めた。

「実は今回は、特別なお話がありまして」

「食料品を格安で売ってくれるとか?」

 そんなわけないと思いつつ、余裕を見せるためのジョークだ。マックは穏やかに笑みを見せた。やや不快な笑みだった。

「私どもは、反乱軍にも食料品を販売しています」

 ほら、見た事か。こういうことなんだ。

「俺はテロリストにあまりいい思い出がないな」

「反乱軍も、ケルシャー・キックスという人物に、いい思い出はないでしょう」

「イーブンだと言いたいのか?」

 とんでもない、と真面目な顔でマックが応じる。

「過去を水に流して、協力したい。それが反乱軍の要請です。あなたと正式に契約を結びたい。まずはその交渉のテーブルについて欲しい。それを伝えるために、私はここに来ました」

「ご苦労さん、無駄骨だったな」

 スッと身を引いて、マックがこちらの瞳を見据える。

「ケルシャー・キックスの飛行を、私は何度か見たことがあります。素晴らしく洗練されているかと思えば、命知らずかと思えるほど野蛮にもなる。この任務を引き受けたのも、あなたと直に会いたかったからです」

「サインでもしてやろうか? 色紙はどこだ?」

「あなたの技量は本物だ。あなたに飛ぶ場所を提供したい。あなたがまた自由に空を飛ぶところが、見たい」

 俺は反射的にエネルギー銃を抜いていた。マックの胸に銃口を向ける。

「話はなしだ。俺はテロリストが大っ嫌いだ」

 テロリストさえいなければ、エンファはまだ飛べた、トンもスコットとかいう大間抜けに関わらなかっただろう。死ななくて済んだのだ。

 全てはテロリストが悪い。

「俺はテロリストを落とすことはあっても、テロリストを助けることはない」

 マックはソファに座ったまま動かない。震え出しもしない。

「さっさとそこを立ちな。ソファを汚したくない」

「あなたは、正義というものを知っていますか?」

「正義? そんなものは犬に喰わせろ」

「では、理念は?」

 ここに至って、観念について話し合いとは、肝が太い男だ。

「理念も犬の餌だ。俺が信じるのは自分の腕と、機体だ。他は全部おまけだよ」

「勝てない戦いはしたくない?」

「勝てない戦いでも勝ち抜くのが俺だ」

 エネルギー銃を向けられたまま、やはりマックは動かなかった。まともな精神力じゃない。

「私たちが支援している戦いこそ、勝てない戦いです」

 静かな声だ。

 結局はそこに戻るのか。

 帝国軍と戦うことは、確かに命知らずだし、勝敗はわかりきっている。

 それなら勝てない相手に勝ってみせろ、とこの男は俺を焚きつけている。

「俺は一人だよ。一人で何万人もを相手にはできん」

 やっとマックが小さく表情を変えた。嬉しそうな、弱い笑み。顔から、不快感は消えていた。

「この戦いは生存競争ではありません。なんといったらいいか……、単純な、極めて単純な、縄張り争いなのです」

「猫じゃあるまいし」

「ごもっとも。しかし、私たちや反乱軍は帝国軍を全て、一人残らず皆殺しにしたいわけじゃない。ただ、別種の思想の存在を認めてほしい、受け入れてほしい、それだけです」

 そういうことを言うから、戦争になるんだ。

 そう、戦争だ。

「俺に何を求めているんだ? まったくわからなくなったよ。俺一人で勝てるわけじゃないのに、なぜ俺を誘う?」

「誰もがあなたを認めているからです。尊敬し、共に戦いたい相手だと」

 ……やれやれ。くそったれどもめ。

 俺はエネルギー銃を乱暴にテーブルに置いて、カップの中の冷えたお茶を飲み干し、すぐに自分で注ぎ足した。それも飲み干す。熱い。

「契約書は用意しているか?」

 俺の一言で途端に嬉しそうな顔になり、彼はカバンを開けると端末を取り出し、こちらに差し出してくる。

 平凡な契約書だ。それでも念のために一から読んでいく。

 最後まで読んで、端末に指紋を読み込ませて、ペンを取り出して、その先でパットを撫でる。

 俺のサインが端末に読み取られ、契約は完了だ。

 これで俺も、テロリストだ。

「それでは、勧誘部門の担当者と顔合わせをしていただけますか?」

「交通費は出るのかな?」

 もちろんです、と頷かれた。テロリスト、いや、反乱軍も羽振りがいいことで、結構だ。

 マックは小型機動母艦キリンに賞味期限が半年以上ある保存食を大量に置いていき、水も補給してくれた。

 奴は勧誘部門などと表現したが、人事部を名乗る男から俺の元へ通信が来て、出向いてほしい先の座標が示された。

 向かう先は機動母艦エムケーとある。

 俺は支度をして、機動戦闘艇に乗り込み、我が家を離れた。

 もし俺が帰ってこなければ、せっかく手に入れたこの船も宇宙のゴミか。廃品回収業者か、宇宙海賊が拾うだろうか。

 考えても仕方ない。

 俺は計算が終わった亜空間航行を起動するべく、レバーを倒した。




(続く)

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