3-17 宇宙海賊の戦い
◆
俺を捕まえた宇宙海賊は二人組で、女はミチと名乗り、男はヒトシと名乗った。
俺が機動戦闘艇パイロットだと告げても二人は信じようといない。こういう時、帝国軍の略章なり、パイロットスーツがあれば話も違うが、俺は、ボロボロで、悪臭を放つ作業着を着ているだけだ。
ただ、いきなり拘束されずに、彼らは俺を風呂に入れ、髪を切ってくれて、髭も剃ってくれた。服も新しいものをくれる。
「ケルシャー・キックスの噂は本当らしいね」
久しぶりにゼリーでもビスケットでもない食事をがっつく俺に、ミチが言う。
「脱走したという噂は、知らない奴はいないよ」
「その割には歓迎してくれるんだな」
「うちで働きな、ケルシャー。それが嫌なら、あんたを匿名で帝国軍に突き出す」
俺はエネルギー銃を没収されていたし、それは今も俺の後ろに立ち続けるヒトシの手にある。
ナイフとフォークを握ったまま、万歳してみせる。
「どのような仕事でも、喜んでやらせていただきます」
ふふっとミチが笑う。
「噂よりも気安い、面白い奴だ」
「昔はコメディアンを目指していた。あとサーカスも」
「操縦士になるのが正解さ」
奴らの小型機動母艦にはサクヤと名前が付けられていた。そして機動戦闘艇が一機、格納庫に置かれてる。狭いのでほぼ占領しているその機体も旧型なら、整備ロボットもボロボロだ。
「あんたがパイロット?」
格納庫で機体を確認しつつ訊ねると、ヒトシが小さく頷く。
「それほどうまくないがね」
「誰だってそんなもんだ。こいつに俺が乗るのか?」
「腕次第だ」
あんたよりはうまいと思うよ、とは流石に言えなかった。相手は銃を持っている。変に恨まれて後ろから撃たれたらたまらない。
数回の練習飛行で、機体のくせはおおよそは掴んだ。シミュレーターでは乗っていたし、素人向けのチューニングだ。
今まで自分がいかに極端な設定をしていたかが、よくわかった。しかも整備にも調整にも職人芸が必要とされる設定だ。
初仕事は帝国軍の輸送船を襲う計画だった。
輸送船は一隻、護衛は機動戦闘艇三機。
「小さい獲物だな」
俺がそういうと、ミチは口をへの字にする。
「獲物は獲物さ」
亜空間航行から離脱する前に、俺は機動戦闘艇に乗り込み、待機する。
画面の中で艦の周囲をチェックするように身構える。
亜空間航行から、離脱。
目の前に輸送船がいてびっくりした。衝突するぞ。
『ケルシャー、行きな!』
もっと丁寧な管制があるかと思ったが、そんなものはないようだ。
問答無用で、カタパルトで放り出される。
帝国軍機はいきなり超至近に艦が現れ、混乱している。そこを狙って、まず一機を撃墜。
二機が連携を取り始める。俺は思ったように飛べない。機体が重すぎる。スラスターも力不足だ。
どうしたら勝てるか、思考が一瞬の乱れの後、次の一瞬には先鋭化していた。
サスのことを考えた。
これくらいの不利は、小学生の時以来だろう。
そう、帝国軍の奴らと今の俺の関係は、経験十分の年上連中と、ガキに過ぎない俺、その関係に似ている。
なんにせよ、奴らだって無敵じゃない。
落とせば終わりになる。
宇宙海賊の機動母艦が輸送船を攻撃し始めた。推進器を狙っている。
機動戦闘艇の一隻が、機動母艦を狙い始める。よし、俺はこれで一対一だ。
激しい戦いの中で、俺の機体はスラスターをひとつやられたが、相手がミスをして、こちらの一撃が推進器を破壊した。
残った帝国軍機に襲いかかる前に、逃げようとする輸送船の推進器をしょぼいエネルギー魚雷で破壊してやる。
宇宙海賊の艦の方から、まずは俺を落とすと決めたらしく、こちらに機動戦闘艇が反転して向かってくる。
勇敢じゃないか。
襲いかかってくる帝国軍機は、かなりの使い手だった。しかし、もし俺が奴と同じ機体に乗っていれば、すんなり俺が奴を落とせただろう。
それなのに、こっちの機体は古すぎて、性能に差がありすぎた。
ほぼイーブンだ。
背後をずっと取られ続けて、振り解けない。防御フィールド、二割。ないも同然だ。
『ケルシャー、この座標に進みなさい』
通信で送られてきた座標をチェック。意図は不明だが、信じるしかない。
ぐるぐると逃げ回りつつ、座標に飛び込む。
強烈な光が俺を襲い、画面が一瞬、ホワイトアウトする。それも短い時間で、状況が見えた。
「荒っぽいよなぁ」
俺は機体を飛ばしつつ、周囲に散らばる機動戦闘艇だったものを眺めた。
機動母艦からの砲撃だ。大口径粒子ビームは、機動戦闘艇を一撃で粉微塵に破壊していた。
ミチが輸送船の乗組員に救命ポッドで脱出しないと撃墜する、と告げ、これは俺が航行不能にした機動戦闘艇のパイロットにも伝えられた。
こうして俺の初仕事は成功で終わった。
「悪い」格納庫に戻ると、もうヒトシが待っていた。「ちょっと壊した」
「いや、すごかった」
感心したように、彼は俺を見ている。
「あんなに綺麗な操縦、見たことがない」
「よく言われるよ」
いや、初めてだけどな。
この時に、中破しているのを拿捕された帝国軍の機動戦闘艇が、数ヶ月後には俺の機体になっていた。
マチたちが俺のために部品を調達し、交換し、調整し、乗れるようにしてくれた。推進器は特に高価だっただろう。もちろん整備は俺も十分に手伝った。ヒトシも素人ではないようだが、専門家でもない。マチはマニュアルを知っている程度だ。
マチたちの仕事は順調に進み、帝国軍の輸送船を次々と拿捕し、積荷を奪い、手に入れた船は闇業者に売り払った。時にはテロリストさえ襲う。
俺の知識では、輸送部隊や物資基地を襲撃するのはテロリストの専売特許、という変な先入観があり、宇宙海賊がここまで派手に働いているとは思わなかった。
テロリストは実はもっと激しくやっているのかもしれない。
宇宙はあまりに広すぎて、誰にも全てを把握できないのだ。
ミチとヒトシと組んで、一年が過ぎた。
「そろそろ一人でやってみるかい?」
仕事を終えて、金をたんまりと手に入れた後だった。ミチもヒトシも何かあるとすぐ祝杯をあげるので、この時も二人の手には酒が注がれたグラスがあった。
俺はお茶だ。
「一人って、宇宙海賊をか? 人手が足りないよ」
「あんたはどうも、宇宙海賊には向かないね」
グラスを傾けつつ、ミチが言う。
「もっと別の働き方があると、私は思っている」
「俺のどこが宇宙海賊に向かないのか、教えてくれ」
「それは簡単。あんたは駆け引きが苦手だ。手に入れたものをさばくのが、得意じゃない。たぶん、取引しているうちに足元を見られて、かといってそれを改善するというか、相場で買い取ってもらおうにも交渉とか、うまく処理できないと思う」
うんうん、などとヒトシが頷いている。いつの間にか、気のおけない仲になっているのだ。
「複雑なのは似合わないよ、あんたには」
ヒトシのその一言には、考えさせられるものがあった。
複雑なものが似合わない。俺にとっては帝国軍も、複雑なものだったかもしれない。
サスで遊んでいる頃こそ、シンプルで、何の負担もなかった。
ただ、俺はもう子供じゃない。
「良いよ、提案を聞こう。教えてくれ」
俺が身を乗り出すと、ミチが嬉しそうに笑う。
「傭兵だよ、金をもらって戦うんだ」
「傭兵?」
銀河帝国の統治は完璧だが、テロリストや宇宙海賊は存在する。だがそんな連中を抑え込むのは帝国軍の役目で、帝国軍が傭兵を雇うことなど、基本的にありえない。
治安維持こそ、帝国軍の存在理由であり、傭兵を使っては威信に関わる。
そうなると、傭兵の出番は限られる。
「非合法な連中に傭われろ、ってことか?」
「そうだよ」あっさりとミチが認める。「嫌かい? やりたくない?」
どうだろう、と時間稼ぎをして、お茶を飲み干し、自分で次にジュースを注いで、それも飲む。
帝国軍の連中には知り合いも多い。それを俺が撃墜するのは、裏切りではないか。いや、すでに海賊業でだいぶ撃墜したが。
いやいや、しかしだな、友人知人を、好んで殺すのは、人のやることではない。人にできることでもない。
それは今の状態でも、俺の心の一部を、強く圧迫しているのだ。
もう十分に、仲間を殺してきた。
「考えておきな。援助はしてやるよ。あんたのお陰で私たちはだいぶいい思いをした」
それから数週間、考え続け、俺は傭兵になると決めた。
俺の人生は戦い抜きでは語れないところまできているようだ。
そして、俺にできることは、戦い以外になかった。
(続く)
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