それぞれの道へ-完結

 ニコルはコンラッドの話を黙って聞いていた。その間表情は変わらない。ずっとミズカを見つめたまま、頷きもせずに聞いた。

 最後にコンラッドはこう言った。「アリアはあなたを欺いたことを反省していた。」

「アリアが?」ニコルはゆっくりと顔を上げる。

「ああ。」コンラッドが答える。

「殿下、聞いてくれ」ニコルが首を振る。

「それは大きな間違いだ。私がゲルグ人を利用した。私は酷い人間だ。」

 ニコルは自分を責めるように言った。

 今度はコンラッドがニコルの話を聞いた。

「アリアが私を愛していないことなど、最初から知っていたよ。」ニコルが言った。

コンラッドは無言だ。

「私はアリアを側に置きたい、彼女を抱きたいがばかりに、父上と姉上が熱心だったゲルグ人解放活動に乗っかったようなものだ。私はゲルグ人のことなど興味が無かった。しかしそうすれば彼女が私の側に居てくれると思ったのだ。だから私は・・・そんな風にして、彼女を何年も・・・拘束したんだ。結果的に。」

 コンラッドにとって意外な懺悔だった。二人は心から信じあい、愛し合っているように見えたのだ。アリアだけではなく、ニコルまでも、アリアの真意を知った上で、演技をしていたとは。

 コンラッドはアリアが去り際に言った言葉をしっかりと伝える。

「アリアは、ニコル様と居られて幸せだったと言っていた。」

 ニコルは驚く。「本当に!」

「俺たちの元を去る時に、そんな嘘はつかないだろう。」

「・・・いずれにしても、アリアは私を恨んではいないのだな。」ニコルは目を細める。

「恨むはずがないよ。彼女は居るべきところへ帰ると言っていた。きっと仲間たちのところだ。」

「そうか」ニコルは寂しそうにではあるが微笑んで言った。「良かった。」

 その時、腕の中のミズカが声を出す。

二人だけで会話をするコンラッドとニコルに、自分の存在を知らせるかのようだ。

「そういえば」ニコルが腕の中のミズカをコンラッドに見せる。「今、ミズカが笑ったんだ。見てくれ。」

「もちろん。」コンラッドはミズカをのぞき込む。

「殿下に最初に見せなければならなかったな。私ときたらアリアのことばかりが頭にあったようだ。」

「君たちの関係を考えれば仕方がないよ。でもこれからは俺だって家族の一員だ。」

「家族」ニコルは復唱する。そして、「コンラッドと呼んでも良いか。」そう尋ねた。

 コンラッドは自分が満たされていくのを感じた。失敗も多かった。無くしたものも沢山ある。苦痛だったそれらはじわじわと形を変え、温かさとして彼の中へ折り重なっていく。

「もちろんだよニコル。」

 二人は微笑み合った。


 ほどなくリューデン王は会話が出来るほどに回復したという。

 リューデン王は病で臥せっている間も全てを聞いていたと語った。体こそ動かなかったが、目も耳も全て機能していたのだ。それは耐えがたい苦痛であった。特にニコルの多くの苦労を労わった。ニコルは言った。

「死のうと思ったこともありました。皆のおかげで耐えられた。父上とこのように会話出来ることが夢のようです。」

 リューデン王はこのままセレーナの元でゲルグ人たちとひっそりと暮らすこととなる。

 ガリア皇帝が気付いていたかどうかは定かではない。

 ガリア皇帝はエレネ川流域に住んでいた自分の妾の無事が確認出来て舞い上がっていたし、早くもニコルに第二子はまだなのかと度々打診するのに忙しい。それはいつもニコルをげんなりさせた。


 ヘラとエルザからは「アメリカで元気に過ごしている、探す必要はない」と一通の手紙が届いた。


 アリアの居所は分からないままだが、ニコルは探すことはしなかった。

 ある日コンラッドがゲルグ人集落の資料を確認していると、まったく意図せずアリアの名を見つける。彼女は区長に就任しているようだ。立派に活躍していることが分かり、コンラッドもニコルも微笑ましく思った。

 すっかり母となったニコルは体の調子が戻り、既に訓練に復帰している。ガリア軍人と共に剣を振っている。

「それにしても」ニコルはここ数日つまらなそうにしている。「城のメイドに女を好きな者は居ないだろうか。」

 コンラッドはぎょっとする。「・・・難しい質問だな。」本当に何も知らなかった。

「恋人が居ないと、どうも毎日張り合いが無いんだよ。居たら紹介してくれ。美人が良い。」ニコルは悪びれもせずに言う。


 ミズカは寝転がったままニコルの隣で剣の玩具を振っている。

「探しておくよ。」コンラッドは呆れたが諦めてそう言う。ニコルは恋多き女性だ。あまり城外で悪い噂が立っても困る。城のメイドに手を出す方がマシだろう。

「さあミズカ」ニコルはミズカを座らせる。「右と言ったら右手を上げよ! 右! 左!右!」

「ダア、ダア、ダッ!」ミズカは両手をぶんぶんと振りまわした。

さっそく戦士として成長中だ。


「殿下! 皇帝陛下よりお知らせです!」部下が慌ただしく扉をたたく。

「なんだ?」コンラッドが答える。

「クレム帝国より再び宣戦布告です! 体制を立て直し、再度攻めて来る模様です!」

「懲りないな。」コンラッドはため息をつく。

「行くぞコンラッド」ニコルは立ち上がる。「メイドを呼ぼう。ミズカ、メイドたちときちんとお留守番出来るか。」

「ダアダっ!」ミズカの返事はいつも勇ましい。

「すぐに戻るよ。」コンラッドがミズカの頭を優しくなでる。

「いってらっしゃいませ、殿下、妃殿下。」メイドたちが二人を見送る。

「「行ってくる!」」

 コンラッドとニコルは並んで走り出した。

 ガリアのため、家族のため、愛する者たちのために。

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ガリア戦記 大和みどり @yamatomidori327

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