出会いと別れ

 数カ月の月日が過ぎた。ガリア城に美しい女子が誕生した。

「殿下さえ良ければ」ニコルはその小さな命にミズカと名を付けることを提案した。コンラッドは驚いたが、もちろんすぐに承諾した。

「姉上が居なければこの子は居なかったんだ。姉上のような思いやりにあふれた優しい子であって欲しい。」

 それから二カ月程、新生児ミズカはメイドたちにより手厚く大切に育てられた。ニコルは体の回復を待ちながらミズカと共に過ごした。


 ある日コンラッドが視察から戻ると、アリアが廊下で待ち伏せしている。

「な、なんだ、びっくりするじゃないか。」神妙な顔で仁王立ちしているアリアを見て、コンラッドは困惑する。

「話があるわ。」

「珍しいな。どうしたんだ。」

「ニコル様に知られないように、西のテラスまで来て欲しいの。」

「・・・分かったよ。」

 言われた通りにコンラッドが西のテラスへ到着すると、アリアが城下を眺めている。コンラッドに気付くと顔だけを向け、

「殿下、ニコル様とミズカ様をきちんと支えてくださいますか。」今までのアリアからは考えられないほど丁寧な口調でそう尋ねた。

 コンラッドは一瞬戸惑ったが、「当たり前だ。俺の妻と娘なのだから。」気を取り直してはっきりと宣言する。

「良かった。」アリアは寂しそうに微笑む。

「どうしたんだよそんな顔をして・・・お前も一緒に居るじゃないか。」

 アリアはしばらくうつむいていたが、やがて意を決して話始めた。

「私は歌も歌うし、踊りも踊ったけれど、結局のところはあなたの言った通り娼婦だったの。あれはもう六年も前になるかしら。ニコル様とミズカ様がゲルグ人集落の視察にいらっしゃった時だった。」


 歓迎パーティの席にて、十六歳のアリアは踊り子として舞台に立つ。あまりの美しさにニコルは心打たれ、アリアを自分の席呼び寄せる。

 ニコルが女性しか愛せないことは、既にリューデン王国中の周知の事実となっていた。

 当時のゲルグ人の長老が罠を仕掛けたのだ。リューデン城内にゲルグ人であるアリアを忍ばせ、ゲルグ人解放を早めることが目的だ。ゲルグ人の中でも抜群に美しいアリアがその役を任された。

「長老様はリューデン王を完全に信用していなかったのかもしれない。とにかく、ニコル様はすぐに私を気に入ってくれた。」

 アリアには家族も親戚も居ない。反対する者は誰も居なかったし、アリアも仲間のために役立てるならばと、任務を喜んで引き受けた。

「コンラッド、あなたの言う通りよ。私はゲルグ人解放のためにニコル様に近づいたの。ニコル様のこととても尊敬しているけれど、特別な愛情は持っていない。ニコル様のこと騙していたの。今思えば、本当に酷いことをしていたと思っている。役目とはいえ・・・反省してる。」

「なぜ」コンラッドは尋ねた。「なぜ今そんなこと言うんだ?」

「ニコル様にはもう私は要らないから。」アリアは小さな声で言った。

「待ってくれ。」コンラッドは慌てる。「ニコルはお前のことを心から思っているんだぞ。きっと落胆する。出産したばかりで負担を掛けたくないんだ。お前が必要だよ。」

「いいえ、今だからよ。」アリアはコンラッドをしっかりと見据える。「消えるなら今が一番良い頃合なの。ニコル様は新しい姫様のことで頭がいっぱいのはず。それにリューデン王ももうすぐお目覚めになる。そしてあなたが居るわ。」

「しかし」コンラッドは狼狽える。「前にも言ったが、俺はミズカ以外愛することが出来ない。」そう言って俯く。

「バカな殿下。」アリアは笑った。「良いのよ、それでも。あなたは次期皇帝でしょう。皇后さまと姫様を守るのよ。出来るでしょう。」

「・・・妙な関係だ。」

「自分の役割をしっかり果たすの。私も今日まで・・・ニコル様を騙してしまったけれど、自分の役割をやり遂げたと思う」アリアは遠くを見つめた。「居るべきところに、帰らなければ。」

「そうか・・・」コンラッドはもう止めても無駄だと悟る。アリアは言った。

「ニコル様に伝えて。私、ニコル様と一緒に居られて幸せだった。」

「ひどい役回りだな。別れの言葉を伝えなえればならないとは。」コンラッドはため息をつく。

「あなたの役目よ、殿下。」

 アリアはそう言うとテラスに設置された階段を降り始める。荷物も何も持たず、体一つでその場から離れていく。

 コンラッドはその姿を茫然と見つめる。辺りには空虚ばかりが残った。


 ニコルは赤ん坊のミズカを抱いたまま、アリアの姿を探していた。コンラッドは深呼吸をしてニコルの前に姿を現す。

「あっ、殿下。アリアを知らないか? 今ミズカが笑ったように見えたんだ。アリアに見せたくて・・・」ニコルは困ったようにミズカの顔を見つめている。

「ニコル様・・・アリアは・・・」コンラッドにとってこれまでの人生の中で最も告げにくい事実だ。しかしきちんと話さなくてはならない。自分の役目なのだから。

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