めでたい知らせ

 ところが、三日経ち四日経ち、七日経ってもまだニコルの吐き気は収まらない。何をする気にもなれず、ただ横たわるばかりだ。

 帰って来たアリアは宮廷医師に喚き散らしている。

「どういうことですか? もう七日もこんな状態で! 何か薬は無いのですか?」

 宮廷医師は困った顔でニコルに尋ねる。「妃殿下、症状は少しも改善されませんか? 逆に悪化などは?」

「改善も悪化もしていない。ずっと同じ調子だ。寝ても覚めてもこのような状態で参ってしまうよ。」顔色は真っ青だ。

「影響を受けやすいご体質なのかもしれません。もう少し様子を見ましょう。」

 

しかし、さらに三日経ってもニコルの調子は良くならない。アリアはもう我慢ならないと言った様子で部屋の中を行ったり来たりしている。「あの医者、処刑しましょう!」大声がニコルの脳に突き刺さる。

「そう苛立たないでくれアリア」ニコルは眉間に皺を寄せる。「お前の声は高いから響くんだ。」

「・・・ごめんなさい。」アリアはうなだれた。

「だがお前の言う通り、このままではどうしようもないな。少しなら動けそうだ。父上の様子を見に行くついでにシーケルに相談しよう。まだ他に苦しんでいるガリア国民がどれくらい居るかも気になる。シーケルに会えば帝国病院の様子も分かるだろう。私と同じように苦しんでいる者たちを励まさなくては。」

 やっとのことでニコルは起き上がり、訪問着に着替えてアリアと共に城を出た。馬車の揺れは耐えがたく、額を押さえて上を向いていた。


「えっ! まだ吐き気が収まらないんですか?」

 シーケルの答えは意外なものだった。同様の症状で帝国病院に来る国民は、戦闘から一週間程で既に居なくなっていたというのだ。

「とにかく体が重く、頭痛や吐き気がするんだ。」

「先日お会いした際にはお元気そうでしたが・・・」

「ああ。帰った後にどうも調子が悪くなってしまってな。」

 シーケルは怪訝な顔をした。

「それは妙ですね。こちらでお会いした時は、既にあの戦闘から二週は経っていました。その後症状が出るというのはあり得ないことですよ。」

「なんでもいいんだ。とにかく少しでも改善しないだろうか。今のままでは筋力が落ちてしまう。早く訓練に参加したいのだ。クレムもまたいつ攻めて来るか分からぬ。」

 シーケルはしばらく考え込み、そしてある答えを出した。

「妃殿下。何か別の病気かもしれません。」

 ニコルとアリアは顔を見合わせる。アリアはひどく動揺し始めた。

「ななな、なんの病気だとおっしゃるんです、ドクター!」

「まあ落ち着いてください」シーケルはアリアをたしなめる。「考えてみましょう。そのほかにお変わりはありませんか?」

 ニコルは心当たりがあることに気付いた。少々気にはなっていたが、特に困ることも無いので忘れていたのだ。

「そういえば月経が無いな。」

 今度はアリアとシーケルが顔を見合わせた。沈黙が支配する。

「どうしたんだ。」

「ニコル様、それって・・・」アリアが口をぱくぱくさせている。

「アリアさん、まだ結論を出せません。帝国病院へ連絡を。」

「なんだ? 何か大きな病気なのか?」二人のただならぬ様子に、ニコルは背筋が寒くなる。重大な病気かもしれないと思った。

「あのー、ニコル様、本気で言ってます?」

「どうしたというのだ? シーケル、一体何なんだ。」

「今は何も言えません。妃殿下、とにかく病院へ行くご準備をお願いします。」

 

 ニコルの体はアリアとシーケルの想像した通りだった。つまり妊娠していた。

 ニコル懐妊の噂は瞬く間にガリア全土に広まった。連日祭りが催された。正式な発表では無かったが、帝国病院やガリア城の者が黙っておくことなど出来なかったのだ。

 国中が沸く中、ニコルは洗面台とベッドを行ったり来たりしている。アリアがニコルの背中をさする。

「ニコル様がこんなに苦しんでいるっていうのによくも浮かれていられるわね、ガリア国民は! 無事お生まれになってからにしてほしいわ!」

 コンラッドもニコルの様子を見に部屋を訪ねている。「国民に罪は無いよ。皆嬉しいんだ。」

「・・・すまないな殿下。早く正式な発表をしなければならないのに。」ニコルはふらふらとベッドに倒れ込む。

「気にするな。元気な姿を見せるのが一番だよ。」そう言ってコンラッドは微笑む。

 アリアはニコルの手を握って言った。「どうか安静にしてくださいニコル様。くれぐれも戦闘のことなどお考えにならないでくださいね。」

「・・・難しいことを言わないでくれ。」

 体調が優れない時も妊娠が分かった時も、ニコルは戦闘のことを忘れたことは一度も無い。まだ現実を受け入れることが出来ていないのだ。訓練に明け暮れ、数々の戦闘をこなしてきた自分が、母になるから安静にしなければならないという。日常が反転したかのような気分だった。

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