ダンジョンテルシオ

さっと/sat_Buttoimars

ダンジョンテルシオ

 斥候小隊前進。

 音が立たないよう、持久力が長く持つように我が小隊は軽い革の服で固めている。

 暗闇の中は小さな松明が頼りだ。日の光はここまで届かない。

 躓きそうになる岩の足場、突如現れる割れ目に底無しのような穴、砂地、汚物が腐り果てた土、地下水が染み出た水溜りを踏んで越える。

 ここは巨大な墓穴だ。そこら中に散らかって、時に山のように固まって過去の英雄達の死体が転がる。風化しかかった白骨に錆の塊になった武具、腐敗臭を発する肉がまだ残って、灯りに反射する銀に光る武具。それに混じって当然、悪魔共の死体も山となっている。

 英雄になった戦友達も見分けのつかない姿でここに倒れているのだろう。

「中尉、僕、ぼ、僕もう、あ……」

「静かに」

 服も真新しい怯えた新兵の首に左腕で抱きついて言い聞かせる。

「落ち着け兄弟、落ち着け」

 彼等がここまで道を拓いてくれたお陰でここまで大きな被害も無く進めているのだ。

 曲がり角の先からガチャガチャ鳴り、「クワっ、クワ」と鳴き声。それから小鬼と呼ばれる低級の悪魔が死体の武具を漁っている音だ。一匹か。

 手信号で偵察小隊を停止させる。

 火縄の先を千切り、松明で炙って先端に火を点け、曲がり角の先へ放る。

「クワっ?」

 反応した。石弓を構えて進む。

 放った火縄の灯りにぼんやりと、人の武具を見よう見真似で装備した子供のような背丈の、老人と鼠を合わせたような顔が浮かぶ。

 狙う、引金を絞る、矢が小鬼の頭に刺さり、勢いのまま向こう側に倒れる。カタンと音が狭い空間に響く。

 何か反応が無いか耳を澄ます。無い。

 倒れた小鬼が死んだか確かめてから偵察小隊を前進させる。

 この隧道、曲がりくねる緩やかな坂を下る。松明の持ち手は後方、戦闘に立つ自分が若干の先が見える程度に照らして進む。悪魔共は暗闇に住み、光には敏感だ。

 時折はぐれて行動している小鬼は見つけては静かに仕留めて進み、広めの空間だと感じる空間に到達する

 松明で周囲を照らさせて天井、壁、地面、我々に不利な何かが無いかを探る。大丈夫だ。広い空間の先の通路は程良く狭くなっている。これだ、これが望ましい。

 伝令の肩の手を乗せる。声を押し殺して喋る。

「本隊前進」

「本隊前進、了解」

 伝令が音を立てないように移動する。

 悪魔共がやってこないか耳を澄まして待つ。

 松明の灯りこそあるがこの暗い地獄に続く隧道ではまず耳が頼りだ。


 進む方角ではない後背の方から太鼓の連弾。擦れてガチャつく武具。歩調を合わせた足音。緊張から吐き出される荒い息。啜った鼻。

 地上での旗に替わる、竿先に下げた松明に照らされた方陣が安全を確保したこの広い空間、部屋まで前進して来た。

 先頭に要所に防具をつけた剣盾兵、中央に林のように長槍を立てる甲冑で固めた槍兵、それを囲む大きな帽子を被って火縄銃と又杖を担ぐ銃兵が姿を現す。

 太鼓が連弾を止めると方陣が停止する。悪魔共はただの音より人の声に良く反応する。号令はなく、太鼓の音だけで行動が制御されている。

 斥候小隊前進。

 通路を進むと罠も発見する。口が開いたままの虎挟みだ。

 悪魔も罠は設置するが、このような良く出来た細工の物は作らない。これは昔ここまで到達した英雄達が仕掛けたものだ。口を閉じて通路の隅に置く。

 次は悪魔の罠、落とし穴を発見する。穴と言っても膝下まで埋まる程度だが、その中には折れた刃が無造作に仕掛けられている。英雄達の死体から朽ちた服や武具を集めて穴に詰めて塞ぐ。

 尖らせた石で作った簡単な撒き菱が目立つようになってくる。掴んで地面に擦り付けて先端を折る。いよいよ悪魔共の群れが近い証拠だ。

 次の攻勢に移るまでの待機中、奴等はそのようにして罠を張る。我々人間の攻撃に対応するためか、下っ端の悪魔共を逃がさないようにする為か。

 先に進み、遂に見つけた。死体と石の山で作った防壁、そして一体何匹いるのか分からないざわめき。

 発見した。

 伝令の肩の手を乗せる。声を殺して囁く。

「本隊迎撃用意」

「本隊迎撃用意、了解」

 伝令が音を立てないように移動する。

 待つ。何時気紛れであの群れからはぐれてくる悪魔が出てこないか警戒しながら待つ。

 奴等は野生動物等ではない。地獄の魔王が派遣した軍隊だ。一定の規範に基づいて行動している事が長年の研究で分かっている。

 伝令が戻る。

「本隊迎撃準備完了」

「よし」

 投擲用の錘代わりの手榴弾がついた松明に火を灯す。同時に導火線に火が点く。

「走れ!」

 ここに来て初めて大声を出す。悪魔共のざわめきが一瞬止まる。

 偵察小隊は本隊、方陣に向かって駆け出す。

 隊長として、その松明手榴弾を悪魔共の群れに投げ込む。

 錘になった松明手榴弾が回転しながら宙を舞い、鱗の肌のようにも見える悪魔共の無数の頭を照らして地面に落ちて、悪魔共が騒ぎ出して爆発。一斉に上げる絶叫の中に意志ある雄叫びも混じる。

 地鳴りのように悪魔共が動き出す。

 誘き出しは成功だ。本隊まで走る。地鳴りが追って来る。

 走る。緩やかなだが上り坂が脚に負担をかける。重装備で偵察などやってはいられない。


 走って合流する。竿に吊るされた松明の下、方陣が戦闘体勢で構える。

 隊列を整えた銃兵の前でしゃがみ、拳銃と短剣を用意する。先に戻った偵察小隊もそのようにしており、剣盾兵も同様。

 地鳴りが更に近づく。

 銃兵は又杖で重たい小銃の銃身を支え、火縄の火種に息を吹きかけて赤く光らせる。

「構え!」

 指揮官が号令。

 悪魔共の殺気だった叫びが重なって隧道を震わす。

 悪魔共が通路から絞り出されるように殺到して現れた。雑兵の小鬼、戦士の豚鬼、騎士の馬鬼までいる。

「狙え!」

 銃兵が銃口の位置を微調整。優先的に狙うのはまず馬鬼だ。馬面で肉食の牙、背の高い大人程の人型で地獄の鉄の槍と甲冑で武装している。

「撃て!」

 銃兵一斉射撃。ズドンと銃声、ヒュンと銃弾の風切り音が重なって悪魔の甲冑にカンっと響かせて悪魔共の前列が倒れこむ。銃煙が舞う。

 悪魔共が大音響に驚き、耳を押さえて混乱状態に陥る。奴等は暗がりの住人。目よりも耳や鼻を頼る。

「交代!」

 銃兵が列を交代。

「構え!」

 前列の銃兵が後ろへ、第二列の銃兵が前へ出て小銃を又杖で支えて構える。

「狙え!」

 優先目標は馬鬼、次いで豚鬼。豚鬼は太った大人程の人型。骨に黒曜石の刃をつけた剣や、骨に石を腱で巻きつけた棍棒を持つ。

「撃て!」

 混乱状態の悪魔共に更なる一斉射撃。この混乱状態、優勢が続いている内に馬鬼と豚鬼をいかに減らせるかで次の戦いが違ってくる。

 悪魔共が混乱から復帰してくる。正確には銃声で耳をやられていない後続の悪魔共が味方を踏み潰し、乗り越えてやってくる。

 列交代射撃で乗り越えてやってきた悪魔共をまた混乱させ、銃弾でしぶとい馬鬼や豚鬼も一撃で葬り去っていくが段々と奴等は耳が慣れてきて怯まなくなってくる。

 奴等は慣れる。慣れるがこの火薬武器を過去の英雄に紹介したならばどれ程驚くだろう。

「銃兵隊後退! 槍兵隊構え!」

 銃兵が交代する。槍兵は前列がしゃがみ、その後ろ二列目三列目と長槍を突き出して槍の壁を作る。

 我々偵察兵、そして剣盾兵がその槍の壁の下で拳銃を構える。

 怯まなくなった悪魔共が殺到する。

 槍兵が突きまくって悪魔共を止める。

 自分が号令を出す。

「拳銃構え! 豚鬼を狙って撃て!」

 槍を構え、小鬼の頭を蹄で踏み割りながら跳んで来た馬鬼を狙いそうになりながらも真正面から棍棒を振り上げて迫る豚鬼を撃って倒す。

 馬鬼の甲冑には拳銃程度の威力では足りない。怪我は負わせられるが一撃では絶対に倒せない。無駄撃ちする余裕は無い。

 長槍の壁の下、穂先を避けて潜り込んでくる小鬼を短剣で刺して抉って倒す。剣盾兵が盾で殴ってから剣で小鬼を刺す。這い回って我々は戦う。

 槍で突いて悪魔共を防ぎ、剣や短剣で刺して潜らせない。槍兵の隙間から銃兵が援護射撃で馬鬼を優先的に狙って倒す。

 悪魔共の勢いは正面への攻撃に留まらない。あふれ出すように側面、そして後背にまで回る。だが我々は方陣だ。どこからでも掛かってきても戦える。

 馬鬼は強烈だ。思ってもみない跳躍力で飛びかかってくる。槍兵が槍の壁に潜り込ませないように長槍で弾く。数本同時で弾かないと柄が折れる体重だ。あの怪力と地獄の槍で突かれると甲冑を纏った重装備の槍兵でも一撃で倒れる。踏みつけられても骨が砕けて戦えなくなる。

 豚鬼は正面から愚直に恐れず向かってくる。槍の一刺し、二刺し程度では止らない。そして怪力で槍を掴んで素手で圧し折り、棍棒で叩き折る事もしてくるし、その威力ならば盾で防がなければ一撃で人間は倒れる。槍を折る素振りを見せた豚鬼は優先して偵察兵、剣盾兵の我々が接近して刺し殺し、撃ち殺す必要がある。

 小鬼は冷静に対処すれば弱い。ほとんどが素手で、時々英雄達の武器を持って技術も無く振り回してくるだけだ。ただ数が多く、殺到されて殴り倒され噛み付かれては殺されてしまう。

 方陣は包囲されながら長槍で悪魔共を押し留める。槍の壁の下で這い回って剣に短剣で殺し、拳銃も使う。槍兵に混じった銃兵は強力な一撃を放つ小銃で馬鬼、豚鬼を殺す。

 勿論悪魔共も必死、我々の側で倒れる兵士はいくらでも出てくる。倒れたならば後ろの者が一歩前に出て役割を交代する。

 悪魔共は野生動物ではないが、操り人形というわけでもない。攻めあぐね、仲間の死体で身動きも取れず、まごついている内に後続に踏み潰されるようになると怯え出し、小鬼から身を引き出し、豚鬼が次いで様子を伺い始め、馬鬼がそれら消極的な奴等を叩き殺して突撃を促す。

 そんな悪魔共を督戦する馬鬼を小銃で撃ち減らしていくと次第に悪魔共は好き勝手に逃げ始める。

 流石に不利を感じ始めると馬鬼はこちらを知恵ある目で睨みつけ、一鳴きして撤退する。

「勝利だ!」

 指揮官が叫ぶ。

 我々は喚声を上げた。

 息を切らす我々は死体に囲まれて休憩をする。


 地上ならば死体を片付けてからになるが、ここでそんな余裕は無い。今日この場で英雄になった者達に寄り添い、悪魔共の死体と死に損ないに囲まれて座るのだ。

 死ぬか最終的勝利を獲得するまで我々に平穏など有り得ない。

 ここは地面の下、地獄に繋がる隧道。地上に這い上がろうとしてくる悪魔の前哨基地の一つ。人の領域ではない。

 死に損なっている悪魔への止めを刺しに回るのは疲労が少ない、方陣中央で乗り込んで来た悪魔に対応するために待機していた斧槍兵の役目だ。死んだ振りをしている悪魔相手に長槍は長過ぎて、剣や短剣は短過ぎる。安全な距離から叩き潰す武器が有用だ。

 このような状態、凄まじい訓練を耐え抜き、いくら名声や莫大な報奨金に遺族手当てが約束され、逃げる事を許さない程の人々の期待に後押しされようとも耐えられなくなる者は出てくる。

 急に叫びだし、逃げ出そうとする仲間が出た。直ぐに取り押さえられ、説得な不可能であると判断されたならばその場で首を掻き切られて処刑だ。裁判なんて温情を向ける余裕はここには無い。

 最後かもしれないパンと塩水。このとんでもない血と内臓の臭いは圧迫感するが戦訓がある。こんな状態でも食えるよう訓練されている。

 激励に声を掛けて回っている指揮官が震えている。無理してるが頑張ってる感は出ているが、震えているのは皆同じなのでそこまで気にするところではない。自分も上手く物が食えなくて手こずっている。

 従軍司祭が戦死者を並べ、死後の安寧、地獄に囚われずに天へ昇るようにと祈る。死者はその場に放置する。回収したり埋める余裕等無いのだ。


 休憩が終り、斥候小隊前進。

 ここで寝る程の休憩など不可能だ。早々に出発する。

 悪魔が作ったとは思えない橋が現れる。とても壊れそうに見えない丸太造りだ。底無しのように見える割れ目を塞いでいる。

 英雄達への感謝は耐えない。この長く深い隧道、ここまで切り開いて、そして維持出来るよう悪魔達の数を常に減らし続けた彼等に。

 地獄門がいる門前広場に到達する。

 地獄門も悪魔の一種。地獄に直通すると云われる特に巨大な通路を塞ぐ為、天井から地面までぶら下がる巨大な芋虫の群れだ。芋虫のようだが外殻が固く、そして小銃で殺せるものでもない。例え殺せても死体がぶら下がったままならば意味が無い。

 悪魔の姿は他に無い。撃退した悪魔共の群れに驚いてどこぞに逃げ込んだようだ。

 この広場から我々が来た道以外に繋がる通路が六つ程ある。何処に繋がっているのか、地上なのか更なる地下なのか。

 伝令の肩の手を乗せる。押さえたつもりの声は少し弾んだ。

「地獄門発見、本隊前進」

「地獄門発見、本隊前進、了解」

 伝令が音を立てないように移動する。

 これからが少し長い。偵察小隊は交代で休み、地獄門のキチキチという鳴き声を聞きながら待つ。


 本隊である方陣そして砲兵、大砲、弾薬を積んだ荷車が到着する。

 大砲はとてつもなく重く、人の手で引くには道も悪くて困難が過ぎる。だから地上と同じく馬で引くのだが、馬はこの暗い隧道で悪魔に遭遇すると混乱して暴れて逃げ出す。だからここまで道が確保され、初めて持ち込まれる。

 それからこの門前広場程の広さが無いと砲声で我々が全滅してしまうので使うに使えない。

 地獄門に向けて、方陣とは距離は離して大砲が並ぶ。篝火も並ぶ。

 地獄門前にて方陣全方位防御の体勢。竿に吊るされた松明が我々を照らす。

 方形に槍兵が並び、構えた長槍の下に剣盾兵がしゃがむ。門側の槍の下には精鋭である斥候兵が加わる。銃兵は方形中央で射撃待機。斧槍兵も中央待機。

 従軍司祭が唱える。

「神よ守りたまえ」

 開門の準備が整う。

「砲撃用意!」

 指揮官が号令。

 砲兵が大砲へ火薬袋、砲弾を詰め、火孔に錐を刺して袋に穴を空け、点火薬を盛る。

「総員、耳を塞いで口を開けろ!」

 指揮官が耳を塞ぎながら、

「撃て!」

 号令。

 耳を塞ぐ専用の帽子を被った砲兵が導火竿で点火。

 大砲が火と煙と砲弾を吐き、反動で車輪が回って後退。砲声で身が潰れる思いをする。

 目の前では地獄門が何匹も砲弾に引き千切られて半身を落とし、尾も頭ものた打ち回る。

 砲兵は大砲を押して前に出し、火薬袋、砲弾を詰め、火孔に錐を刺して袋に穴を空け、点火薬を盛って導火竿で点火、発射。

 次々と地獄門が千切れて落ちて、門が開く。

 開いた門から空を飛ぶ、腕も翼もある小人のような鴉鬼が地獄の鉄の鎌を持って真っ先に飛び出す。小鬼、豚鬼、馬鬼に、将軍格の牛鬼も混ざって突っ込んで来る。

「一斉空砲用意!」

 指揮官が号令。

 砲兵が今まで通りに砲撃の用意を整え、全門が揃うまで撃たない。砲弾の装填が省かれているので少し早い。

「総員、耳を塞いで口を開けろ!」

 指揮官が耳を塞ぎながら、

「撃て!」

 号令。

 大砲が一斉に空砲を放つ。火と煙だけではない、一斉に巨大な音を発射した。

 門からでた悪魔共が全てが落ちる、倒れる、叫んでのた打ち回る。悪魔共は暗がりで、目より耳と鼻を頼って生きる。

 悪魔共の動きは一旦止まるがその後続が踏み潰しながら前進を始める。鴉鬼がまた飛び出てくる。

 大砲はまた砲弾を込めての砲撃を開始する。悪魔共は砲弾に潰れて千切れる。砲声に頭をおかしくして落ちて倒れる。

 しかし地獄門が死体で埋まる前に悪魔が砲声に慣れ初めて前進を始める。

 砲兵は残る火薬を一つにまとめ、導火線に火を点けて方陣の中に逃げ込んでくる。

 また皆で耳を塞いで口を開ける。悪魔共が大砲の列を乗り越えてきて、爆発。

 悪魔共の血肉が相当な勢いで降り注ぐ。思わず腰を抜かす仲間も出てくる。

 悪魔共が大きく吹っ飛んでバラバラになった。吹き飛んでも山になった死体と死に損ないが重なるが、それも乗り越えて更なる後続が突き進んでくる。鴉鬼より大きい鷲鬼も出てきた。

 銃兵が対空射撃を開始する。銃声が鳴って煙が上がって空飛ぶ悪魔共が落ち始める。

 悪魔共は折り重なりながら、それでも肉の足場を乗り越えてくる。

 牛鬼が混ざった悪魔共の狂った攻撃性は英雄達が教えてくれているが、ここまでとなると違和感がある。

 悪魔共の中でも貴族と呼ばれる猿鬼がいるか? 地上ではあれが一匹いるだけで被害が馬鹿に大きくなる。

 長槍の壁が改めて揃えられる。

 小鬼に混じる豚鬼を狙って拳銃を撃つ。一体どれだけ撃てば終わるのか。

 まずは方陣正面に悪魔共が殺到する。長槍で突いて押さえる。その下で我々が短剣と拳銃で槍の下に潜らせない。対空射撃を行っていた銃兵の一部が馬鬼への射撃に移る。

 正面から側面に背面にまで悪魔共が溢れるが方陣は持ち応える。

 鴉鬼、鷲鬼が銃撃を掻い潜って降下してくる。鴉鬼の鎌で首や頭を引っ掻き切られ、鷲鬼の大鎌で纏めて両断される仲間が出てくる。

 松明を吊るした竿を持つ旗手が倒れる。隣の者が直ぐに旗手になって竿を掲げる。

 後列の槍兵、中央の斧槍兵がその空飛ぶ悪魔を刺し、引っ掻き倒す。銃弾や槍に傷ついて落下した奴等をそれぞれの兵士が踏みつけて蹴っ飛ばして斧槍で短剣で殺す。

 牛鬼が巨体で迫り、大斧でまとめて長槍を圧し折る。だがそれは英雄が教えてくれた。すぐに予備の槍に持ち替えて槍の壁を復活させて牛鬼を止め、銃兵が集中射撃で撃ち殺す。

 我々は、過去の英雄達ならば既に絶望していたような戦況でも戦い続けている。

 昔とは違う。我々は悪魔共の根城に突入して勝てるまでになったのだ! 豊かな土地を諦め、後退し、国家財政が傾く程の長城や隧道包囲城を築いて怯える時代は終わった!

 倒れる仲間はいる。だがそれ以上に悪魔共は死んでいく。

 何度同じ事を繰り返したか。周囲が死体の壁となり、足元が血で浸される程になって、それでも悪魔共が迫る。死体の壁が悪魔共の脚を鈍らせている。

 指揮官が叫ぶ。

「勝てるぞ!」

 雄叫びで仲間達が返す。

 最初は違和感、そしてこの激しい戦闘でも掻き消えない地響き、振動が始まる。

 そして急に戦意を無くしたような悪魔共。狂ったように攻撃を加える奴等の喧騒が終わって嘘のように静寂になった。

 今、短剣で殺そうとした小鬼がきょとんとした顔になっている。目が合っている。振動が強くなる。巨大な太鼓?

 目の前に見たことが無い悪魔、宝石で飾った猿が壁の上から跳んで現れた。猿鬼?

 しかしその悪魔は人の面ではないが明らかに狼狽して見せ、奇声を上げて這うように槍の下を走って逃げ出した。

 そいつは悪魔なのに敵意も感じられなかった。手を出す価値すら感じなかった。おそらくはこの狂気的な攻撃をさせた悪魔だと、何となく分かりそうなのに自分も手を出す気にもならなかった。

 咆哮。生き物が咆えたとは認識できるが、大砲のようにこの隧道に響いた。悪魔共が、今から短剣で殺そうとした小鬼も悲鳴を上げて逃げ出す。そして逃げる方向は地獄の方向ではない通路だ。

 何が起こった?

 何かが地獄から這い上がって来て、悪魔共の死体を踏み潰して現れた。

 松明程度では全身を照らせぬ巨体の、蜥蜴の頭、冠のような角、猛禽の爪、蝙蝠の翼、赤い鱗。瞳孔が縦に割れた黄金の瞳と目が合った。心臓の音しか聞えない気がした。

 仲間達は皆、指揮官も、何をどうして反応して良いか全く分からなかった。

 蜥蜴の巨大な口が開き、鋭い歯が並んで、長い舌があって、喉の奥が見えた。

 光った?

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