石像の大地

ほのなえ

序章 目覚めの森

「…ん………」

 真っ黒い闇が広がる無音の空間……だったはずのその場所に、急にかすかな光を感じた気がして青年は重い重い瞼を開く。長い間閉じていたのか、瞼はずっしりと重く、ゆっくりと時間をかけてなんとか目を開けると、すぐ傍らにみどり色に光る球体を発見する。その球体に手を伸ばし、つるつるとした表面に触れる。球体の発する光を頼りに球体の周りを見ると、どうやら球体は木製の杖のようなものの一部として付いているようである。

(…なんだ?これは…。というか、ここは一体どこなんだ?)

 青年は杖を手に取って球体のぼんやりとした翠色の光をかざし、光を頼りに辺りを観察する。青年の上下左右に石壁が見える。どうやら狭い石の洞窟のような場所の中にいるようだ。

(見覚えのない場所だ…というか、全く何も覚えてない。そもそも自分は…一体何者なんだ?それすら思い出せない…)

 青年は必死に記憶を辿ろうとするが、頭の中にある記憶の保管庫はなぜだか空っぽのようで、何一つ思い出すことができなかった。

(…とりあえず、ここから出てみよう)

 青年はそう思い、石壁の中から出られそうな場所を探すと、石壁の一部が分厚く、周りの壁と比べると違和感のある亀裂のある場所を見つける。その場所の石壁を探ると、力を入れると右にゆっくり動かすことができる場所を発見する。

「…ぐっ……」

 青年はありったけの力を振り絞り、壁の一部の扉のようになっている岩を動かす。岩は少しずつではあるが右に動き出し、一筋の眩しい白い光が石の洞窟内を照らす。

(!…眩しいな。洞窟の外は明るいのか…)

 青年は眩しさに目を細めながら、なんとか外に出ることができる位置まで岩を動かす。今まで闇の中にいたせいか、あまりの眩しさに目をぎゅっと瞑っていたが、ようやく目が慣れてきた青年は恐る恐る目を開く。

(外は…森かな、ここは…)

 石の洞窟から外へ出た青年は周りを見渡す。先ほどまで青年が眠っていた石の洞窟は、どうやら洞窟と呼べるほど大きくはなく、長方形に岩が重なり形作られた、大きめの石の棺のようなものであった。そしてその周りには少し距離をあけて、前後左右にぐるりと木々が囲んでいる。上を見上げると、木々に囲まれた真ん中には青空と太陽が見える。

 足元を見ると、茶色い土の上にたくさんの落ち葉が敷き詰められた地面が見える。地面は雨でも降ったのかじっとり濡れていて、すぐそばには大きな水たまりができていた。

(…そうだ)

 青年は何か思いついた様子で水たまりのある場所まで行き、しゃがんで水たまりを覗き込む。そこには、少し赤みがかった茶色い髪に青い瞳の青年がこちらを覗き込む様子が見えたが、それすら自分の全く知らない顔であった。

(…なんてこった、自分の顔ですら見覚えがないなんて)

 青年はため息をつき(水たまりの中に映った青年の姿もため息をついた)、立ち上がって再び辺りを見渡す。

(結局この場所も森に囲まれてて、ここ以外の場所の様子がどうなっているのかよくわからないな。まずは森を出ないと)

 青年はそう思ったところで立ち上がりかけるが、ふと何かを思い出したようにしゃがみ、先ほどまでいた石の棺の中を覗き込む。

(そうだ、さっきの杖も持っていこう……あれ?)

 青年が石の棺の中を覗き込むと、中は真っ暗で…入り口付近に先ほど持っていた杖…先端が二つに分かれてその少し下の位置に翠色の球がついている木製の杖が落ちてはいたものの、その杖にある光る球体は…今は光が失われ、ただの翠色の球になっていた。

(なんでだろう、さっきまで光ってた球が光らなくなった…。でもまあいいか、とりあえず持っていこう。長時間眠っていたのか、まだ体があちこち痛くてふらふらするし、とりあえず歩くときに体を支える杖代わりには使えそうだ)

 青年はそう思って杖を手にし、森の出口を探して歩くことに決める。


 森は木々がうっそうと生い茂ってはいたが、そんなに広い森ではないようで、少しの間歩くと、向こうの方に森の出口と思われる光が見えてきた。青年はその光を目指して杖で体を支えつつ歩みを進める。

 やがて森の出口にたどり着くと、そこで見た光景に青年は息をのむ。

「……!これは……!?」

 森の外に出るとそこは崖の上の高台のような場所で、景色を見下ろすと広大な草原がどこまでも広がっていて、遠くには大きな火山やでこぼことした岩山の他、大河や湖も見られる。そのような雄大な自然とともにどこまでも遠くまで広がるような果てしない世界…しかし青年が目にして驚いたのはそれだけではなかった。この世界にはそのような自然の地形とともに、石でできた塔のようなものがぽつぽつとあちらこちらに立っていた。

(なんだ、あの塔…みたいなものは。遠めでよくは見えないけど、自然にできたものとは考えにくいよな…他の自然の地形と比べて不自然すぎる。というか、それ以外に人工的に作られたようなものも見当たらない…ってことは、あそこに行けば誰かしら、人に会うことができるんだろうか…)

 青年はそう思ったところでふと誰かに見つめられているような気配を感じて後ろを向く。

「…!?」

 青年の真後ろには、先程見たものと同じような石の塔が少し離れた位置に立っており、その塔の先端には巨大な人型の石像があり、青年を見下ろしていた。そしてその石像は…先端が二つに分かれた杖のようなものを持ち…杖を手にしている青年自身の姿にそっくりであった。

 


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石像の大地 ほのなえ @honokanaeko

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