選択を敷く草原の異世界 後編
一本の木の棒に、平べったい木の板が止められていました。表面には直接文字が彫られています。
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↑ はじまりの町
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「もうちょっと名前があるだろ」
安易なネーミングセンスに素早いツッコミが入りました。
学生時代、仲良くなるのはなぜかボケばかり。佐藤さんが日常的にツッコミを発動させ続けた結果、ボケを垂れ流しにできない性分になり「佐藤は些細な冗談でも全部拾うやつ」と認知されるようになりました。もはや
「日本語ってのも違和感あるな。ゲームをやってるときは何も感じなかったけど、生で見るとこう……コレジャナイって気がする」
ぶつくさ言いつつ指示に従って進みます。スライムは
誰かといるなら何かしゃべらないと。強迫観念にも似た焦りを感じてしまう佐藤さんは無言を避けるために、スライムの名前や普段の生活について質問します。
「ぼくは案内役のスライム。他に設定はないよ」
「設定って。どんどん異世界っていうよりゲームの世界なのか?」
オンラインゲームの中に閉じ込められたのかと勘繰りましたが、オフラインでしかゲームを遊ばないのできっかけになりません。佐藤さんはぼっちで楽しむプレイヤーです。
そんなこんなで十分くらい歩きましたが、一向に町は見えてきません。
「まだかよ……」両腕を天に伸ばすと、右肩からグギッと不安を煽る音が鳴ったので、聞こえなかったことにしました。
「あ、次の看板が見えてきましたよ」
スライムが先行して、緑の平地にぽつんと立つ看板の根元に駆け出します。
お金をもらっても走りたくない佐藤さんは、ゆっくりと看板に向かいました。
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← 距離は長いけれど安全な道
→ 距離は短いけれど険しい道
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「真っすぐじゃねえじゃん」
一向に代わり映えしない景色を左に向かいます。
明日の筋肉痛を心配していると、また看板が立っていました。
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自分が得意と思うのは?
← 近距離で戦う戦士系
→ 遠距離で戦う魔導士系
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「バイト情報誌の適正チャートか!」
青空に滑らかな大声が響きます。
防御より回避動作が得意な佐藤さんは、遠距離から攻撃するキャラクターを好んで使用します。某大作ゲームでもシリーズ通して弓一筋で狩りに行くくらいですから。
右へ進むとまた看板が。
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敵にやられてピンチ!回復手段は世界に
一つだけの完全回復薬(非売品)のみ
← 後のことは考えず使う!
→ もったいないので諦めてやられる
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「大事にとっておいて結局使わないんだよな……貧乏性なんだよ」
内容に疑問を抱くこともなくなり、右へ踏み出しました。
強力なボス戦が控えている可能性を危惧し続け、アイテム欄を圧迫したままクリアしてしまいます。クリアした後は使う機会がありません。
「ずっとこんな感じで進むの? 何この異世界?」
この後も『自分も敵もあと一撃で倒れる状態で優先するなら攻撃、回復?』『古い装備は売りますか、保管しておきますか?』『レアドロップを狙うならどれくらいの時間粘りますか?』など、ゲーマーへ向けたアンケートのような看板が続きました。
普段のゲームスタイルのままに道を選びますが、どこまで進んでも地形は変わらず、はじまりの町も見えてきません。
「もう一万歩くらい歩いたんじゃないか……体感だけど。次の看板で休憩するか」
もう何枚目でしょうか。珍しさはなくなりましたが、次の看板は今までと違いました。
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「何も書いてないぞ。バグか? もしかして裏に……うぉわっ!」
佐藤さんは慌てて身を引きます。
遠目には草が茂っていて分かりませんでしたが、看板のすぐ先は直角に切り立つ崖になっていました。
恐る恐る崖下を覗き込むと、青空と同じ風景が広がっています。見れば見るほど平衡感覚が奪われていくような景色に頭がクラクラしてきました。
「バッドエンドだよ」
スライムが今まで通りの口調で伝えます。
「ここでおしまい。どうすることもできないよ」
「そんなの戻ればいいだけだろ……ぐべっ」
来た道を辿ろうと三歩ほど歩いたところで、顔面に打ちつけるような衝撃が走りました。目の前には何もありませんが、手で触るとガラスのような壁があります。
「スクロールしたら戻れない仕様だよ」
「昔の理不尽なファミコンゲームか! セーブポイントからやり直す!」
「セーブなんてあるわけないよ。佐藤さんの世界と同じ設定」
スライムには表情がないので、どんな気持ちでしゃべっているのか分かりません。
「佐藤さんの人生は望めば前の選択肢まで戻れたの? 決めて行動したことを一切なかったことにして、都合のいい分かれ道からやり直せたの?」
「異世界のくせに現実世界みたいなことを……お前も案内役なら説明しろって」
「聞かれてないから話さないよ。佐藤さんの世界では誰かが分岐点や選択の結果を教えてくれたの? いつも選択を誰かに委ねていたの?」
佐藤さんはむしゃくしゃして看板を蹴りました。びくともしません。
「ああもう、右か左か選んでゲームオーバーとかクソゲーだろこんなの!」
「じゃあ選ばなきゃよかったんだよ。歩こうと思えばどの方向にも進めたでしょ」
「矢印が書いてあったらみんなそうする」
「みんなって誰? それに佐藤さんは疑問に持ってたよ『真っすぐじゃねえじゃん』って。真っすぐだと思ったら真っすぐ進めばよかったんだ」
差し出された二択にただ従って進んで、不幸な目にあったら誰かのせいにする。そっちのほうがよっぽど理不尽だよ。
淡々と語るスライムに、佐藤さんは苛立ちを隠せませんでした。
どうしてこんなファンタジー世界のザコ敵に説教されなければいけないのか。
最弱モンスターのくせに、特殊能力もないくせに、序盤しか出番のない癖に……。
「経験値が1のくせにぃぃぃ!」
佐藤さんは看板を引っこ抜き、スライムに向かって思いきり振り下ろしました。
手ごたえはまったくありません。
「液体生物に物理攻撃は効かないよ。ゲームのやりすぎ」
痛くもかゆくもないスライムは、自分の体を植物のツタのように伸ばし、佐藤さんの下半身を絡めとりました。両足から勢いよく引っ張られ綺麗にすっ転び、後頭部が地面に直撃。コント番組のワンシーンのようです。
「っ痛てぇ! この野郎……おいスーツ引きずるな、クリーニングに出してるからこれしかないんだよ!」
スライムの液体触手で佐藤さんの体はずるずると引きずられます。
崖に向かって。
「ピンチの時は諦めてやられるんだよね。コンティニューできるといいね」
「それはゲームのはな――」
ぽーん。
遊園地の回転系アトラクションに乗っているような感覚を味わった次の瞬間、佐藤さんは崖向こうに放り出されました。
あれ、空中? そう思った時にはすでに落下。
「なんだこの異世界ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁ……」
どこまでも、どこまでも落ちていきます。
「ああああ……あっ!?」
気がつくと佐藤さんは玄関先で、ひっくり返った亀のようにもがいていました。
「え……夢?」
混乱しつつポケットの腕時計を取り出すと、いつも乗っている電車の時間はとうに過ぎています。
「やべっ遅刻する! 先に電話入れるか? いや、途中で乗り換えて別の路線で行けばギリ間に合うかも――とりあえず検索そしてダッシュ!」
佐藤さんは駅に向かって全力疾走。
夜はいつもより多めにシップを貼って布団に入りましたとさ。
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