第3話
余命宣告された人間が、子供を育てるなんて無謀かも知れない。しかし、生きている乳飲み子を放置するなんてできない。
そんな気持ちで職を求めた。
翌日、助けてくれた、内田晴子と名乗る中年女に、女も、田村美紀と、自分の名前を教え、事情を話した。
「三十代の若さで末期癌とわね。わしなんか六十過ぎてるってぇのに、このとおりピンピンだ。神様は意地悪だよな、ったく」
「…………」
「でも、この子が、死なないでって言いたくて、ビニール袋から現れたんだよ。きっと」
「……内田さん」
晴子の言葉が嬉しくて、美紀は目頭を押さえた。
「意地悪だが、少しばっか優しい神様の贈り物かも知れないね」
「……ええ」
「二人で育てよう。な?」
「……内田さん」
「今日から私達は家族だ。娘と孫だ。イヒヒ。嬉しいね、家族が増えて」
「……内田さん」
「内田さんはないだろ? 親子なんだから、母さんだろ? はい、練習。母さんて」
「……お母……さん」
「ハ~イ」
互いは目を合わせて笑った。
晴子と美紀から一字ずつ取って、子供の名前を“晴紀”にした。
晴子もまた、自分の身の上を話した。
旅館の仲居をしていた時に、屋台を
子を授かったが、一歳の誕生日を迎える前に病気で亡くした。
二年前に亭主が他界してからは、一人で屋台を続けていた。
晴子もまた美紀と同じく、
肉親に縁の薄い二人、
「若い時分に産んだ娘が、亭主と別れて里帰りさ。わがままで困っちまうよ。ま、可愛い孫が一緒だから、許してやるか。ゲヘッ」
作り話で近所に
それから五年余りが過ぎたが、美紀は命を繋いでいた。
逝く前に神が恵んでくれた“
「おかあちゃん、おなかすいたぁ」
「ちょっと待ちなさい、おばあちゃんが帰るまで」
夜間の商売を辞め、昼間だけにした晴子がそろそろ帰る時刻だった。
儲けは少なくなったが、晴子は何よりも家族との時間を大切にした。
美紀が夕飯を作り終えた頃、晴子が帰ってきた。
「ハルキっ、ただいま~」
晴子は玄関を開けるなり、その手に晴紀を抱いた。
「おばあちゃん、おかえり~」
「お母さん、お帰りなさい」
「はい、ただいま。おぅ、キムチ鍋か。うまそう」
「体が温まると思って」
「なーに、うちに帰りゃ、体も心もポッカポカだわい。可愛い晴紀に、気立てのいい娘が待ってんだから」
そう言いながら
「……お母さん」
晴子の何気ない言葉が、美紀は嬉しかった。
「おぅ、ハルキは焼き飯か」
「ううん、チャーハン」
「焼き飯じゃなくて、チャーハンか。ナウいね」
「クスクス」
晴紀が小さく笑った。
日増しに痩せ衰える美紀を目の当たりにしながらも、晴子はただ見守ることしかできなかった。
これまでに何度となく再検査を促したが、美紀は言うことを聞かなかった。
「女の恥ずかしいところを人前に
それが、美紀の願いだった。
そして
雪が降る夜に……
晴紀は、美紀の細い指を握っていた。
「おかあちゃん、はやくおうちにかえろう。おこたはいって、みかんたべよう。ねぇねぇ、おかあちゃん」
「……ハルキ、……おばあちゃんの言うことを聞いて、……いい子にしないと、お母ちゃん、おうちに帰らないからね。……分かった?」
「うん、わかった。ぼく、いいこにするよ。おかあちゃん、はやくかえってきてね」
「……帰るからね……ハルキと……お母さんの…………も……と……に」
か細い声で言った後、美紀は静かに目を閉じた。
「ミキーーーっ!」
晴子の大きな声が院内に響き渡った。
「ウェーンウェーン」
晴紀も泣いた。
「おかあちゃん、おかあちゃん」
晴紀が握っていた美紀の指は、もう二度と動くことはなかった。
――美紀が逝って間もなく、タンスの引き出しから、“お母さんへ”と書かれた美紀の手紙が出てきた。
〈お母さん、お母さんに会えて良かった。そして、晴紀に会えたことも。
晴紀のお陰で、生きる希望が湧いた。
晴紀のお陰で、母親の真似事ができた。
そして、お母さんのお陰で、家族の温もりを知った。
お母さんのお陰で、人の優しさを知った。
世界で一番幸せな家族でした。
お母さんと晴紀に会わせてくれた神様に感謝しています。
お母さん、私の分まで長生きしてね。
それから、晴紀のことをよろしくお願いします。
お母さんのハートとパワーで、素直で元気な子供にしてやってくださいね。
お母さんのこと、大好きでした。
田村美紀〉
「ミキーーーっ!」
晴子は誰に
窓に積もる雪は、まるで天国の美紀が落とす涙のように、優しくて温かい、愛の結晶だった。
終
神様の贈り物 紫 李鳥 @shiritori
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