12 祝えない誕生日

 二〇一八年一二月八日(土)。

 恒平は、横浜桜木町・ぴおシティの地下にあるキャッシュオンの立ち飲み屋に入ると、先客と入れ替わりに空いたテーブルに着いた。店の活気は、寒気をしのぐコートのように、恒平の今の悲しみに沈んだ心持ちを包んだ。

(楽しく飲めるわけはない。しかし、飲まなければやってられない)

 腹は減るから何も食べないわけにはいかなかったが、誰かと口を利く気にはなれなかった。今日一二月八日は、隆の誕生日だったが、もはやお祝いのメッセージを送ることはできない。三日前が隆の命日だった。仕事の都合で通夜に行けないのがもどかしかった。行っていれば、多少とも隆の死を受け入れられたのではないだろうか。同級生からLINEで送信されてきた隆の遺影だけでは、儀式の様子を伺い知ることもできなかった。

 死は避けられない。しかし、それは今のところは、身近なことではない。むしろ、途方もないことである。隆が生きていてもせいぜい年に一回くらいしか会えないだろうが、彼が占める割合は少なくないのではないか。めったに会えなくても、過去に共有した時間はあまりに大きい。彼がいなかったら、思春期の記憶はもっと味気ないものになっていただろう。しかし、いずれはそれらもフェードアウトするだろうか?


 立ち飲み屋の後にたどり着いたのは、またしてもスタバだった。恒平はムースフォームラテを持って、ソファ席に着いた。恒平がタブレット端末でDropbox Paperを開くと、「181202」というタイトルの見慣れないファイルがあった。「7 日前 編集しました」とあることから恒平が作成したとしか思えなかったが、それは誤って表示された何かのようにも思えた。

 恒平は恐る恐るそのファイルをクリックした。(了)

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